『夕暮れの武闘』
伯爵が名を呼ぶと、従者は二階の廊下の影から姿を表した。
「ライア嬢をお部屋までご案内するように」
「かしこまりました。アルフレド様」
明るい金髪に青空のような澄んだ瞳。
真昼の太陽を思わせるような従者の姿。
レニスが階下まで降りてくると、ライアは顔を綻ばせた。
「レニスさん、お久しぶりです」
「こちらこそ、お久しぶりですライアさん」
「しばらくお世話になります」
ライアが深々とお辞儀をすると、レニスも深々と頭を下げた。
伯爵はそっとレニスの横に立つ。
「紹介しておこう私の従者でレニスという、害はないので手は出さないでくれたまえ……出した場合は丸焼きにするぞ?」
後半だけ声を小さくし、従者やライアには聞こえないようにしていた。
ダーイングは男性陣を見ると、全員が「手を出すなよ」と視線で訴えていた。
手など出さん。
視線で返答しておいた。
◆◆
逗留する間に使用する部屋で高級チョコレートを齧っていたダモスは窓の外を見た。
中庭でダーイングが剣を型通りに振っていた。
「へえ。次はまともに相手してやらねえと怪我するかもな」
かきり。
半分に噛み割ったチョコレートは苦味のある甘さだった。
「爺様はどう思う?」
「剣の使い方をわかっていない」
「なら、これまでの剣を使い潰す戦法を一から叩き直す。あと、避けちゃいたが守りが下手だからそこも鍛えるってところか」
スプルスはうなずく。
ダモスは半分になったチョコレートをさらに噛み割った。
「これ、うまいな。エルシアが好きそうだ」
あとで、どこの店のものか聞いて土産にしよう。
のこりをひょいと口に放り込むと、ダモスは窓を開けて、中庭へと飛び降りた。
◆◆
芝生を踏む音を耳にし、ダーイングは振り返る。
「続きか?」
嬉々として問うと。
「おまえ、叩きのめされたことってあるか?」
ダモスに問い返された。
記憶をたぐるが、レイゼンに厳しい指導を受けたことはあるが、叩きのめされたかといえば──否だ。
首を横に振る。
「そうかい──なら、一度味わっときな」
風がざわめく。
ダモスは胸元の石に手を伸ばした。
「──」
夕焼けの光に、より鮮やかな色味が混ざる。
黒の館の庭を光が染めた。
◆◆
中庭の様子を伺っていたファリスタは伯爵に問う。
「……『アレ』は何だ?」
「クク、決まっているじゃないか。『騎士』だよ」
アルフレドはワイングラスを傾けた。
「酒の肴に丁度いい」と、呟いて。
◆◆
別の部屋でも中庭を見下ろしていた。
窓際のテーブルには、チョコレートと紅茶。
「ちょっとうるさくなりそうだから防音しますよ」
ルシアスが部屋に魔法をかける。
◆◆
空がすっかり、暗くなって、春の陽気も夜気に飲まれて冷めている。
口元に青あざを作ったダーイングは中庭に仰向けに倒れていた。
「……あの男」
「大丈夫か? 大公さんよ」
ザイルが見下ろしながら、ポーションの瓶を振った。緑の液体がパシャパシャとうるさい。
ダーイングはむくりと起き上がり、瓶をひったくった。
歯で栓を抜き、一気にあおる。
甘い果実の味が口に広がった。
口の中の傷は、痛みの残滓を残してふさがった。
ニマニマと笑みを浮かべているザイル。
「叩きのめされたご気分はどーよ?」
「次はこうはいかん」
「そうかよ。ガ、ン、バ、レ♪」
ザイルはケラケラ笑いながら、中庭の荒れた芝生を蹴り、赤髪を揺らして二階の窓に消えた。
その隣の窓からライアの姿が見えた。
見られていたか……。
ダーイングは目を逸らした。
そして、腰に下げた黒い鞘に触れた。
◆◆
「どういうことか、聞きたいんだが?」
ファリスタは目を細めて伯爵を睨んだ。
伯爵は。
「先ほども言っただろう?」と。
今はそれ以上、話す気はないという態度の伯爵にファリスタは口を開く気になるまで待つ事に決めた。




