『王弟の選択』
王城の一室。
「剣選の前に呼び出してなんのつもりだ。ヴェイン」
『ファルグ・ツァイン・ディオム』。
レイゼンの主の双子の兄にして現国王の若かりし頃だった。
兄に対して、ヘラりと笑っているのは双子の弟。
『ヴェイング・ツァイト・エルディング』。
壁に立てかけた魔剣を背に椅子に座っている。
テーブルに肘をついてだらけた姿勢で、兄と向かい合っている。
手をひらひらと振って挨拶する。
「やあ。兄さん、ひと月ぶりだね」
「相変わらずだな。剣選を挑んできた時もそうだったがもう少ししゃんとしたらどうだ」
「これでいいんだよ」
肩をすくめるヴェイング。
それを見ているレイゼンもファルグと同意見だった。
兄殿下の言う通りじゃ、だらしがない。
昔からそうだった。何度、忠告しても聞いてはもらえなかった。
のらり、くらりとかわされた。
ファルグは腕を組み、これから剣を交える弟と向き合う。
「何がいいという」
「わからないかい? 私はちゃんとしたらいけないんだよ。なぜなら私たちのどちらが『王』に選ばれても、この国は割れるからだ」
ファルグが目を見開いた。
レイゼンも固まった。
そこにいる主、ヴェイングはレイゼンの知らない顔をしていた。
口元は変わらず柔和な笑みをかたどっているが、目には深い思慮が見えた。
「君についている諸侯と私についている諸侯、どちらも自分達が仰ぐ方を王にしようと躍起だ。それこそ、反乱でも起こしかねないほどに。いや、やるだろうね。まともに剣選を行い、勝っても負けても」
「剣選で選ばれた王に対し、そのようなことは……」
「いいや。やるよ──だから、私は派手に負けてやることにした」
「派手に負ける?」
弟の確固たる確信を込めた言葉に、兄は気圧されていた。
「レイゼンを負けさせる」
ヴェイングは笑みを消していた。
「わざと負けさせると言うのか! おまえは己の剣に!!」
「そうだとも。私はどれだけ恨まれようと憎まれようが、その道を選択する」
そして、再びあのヘらりとした笑みを浮かべた。
素顔を隠す仮面を被るように。
「ファルグ、これだけは間違えないでおいてほしい。この国で最も強いのは私の『剣』だよ」
ヴェイングは自慢げだ。
「私の『剣』は必ず勝つだろう」
それが当然だと。
「それでも、私は『剣』を裏切ってでも『国と民』を選ぶ」
その瞳は遥か遠くを見ていた。
「王族として、継承権を持つ者として、私は責務を果たす。その為なら全てを捨ててやろう。権威も、信頼も」
柔和な笑みの下には、冷徹な意志があった。
「おまえは……」
「だから、ファルグ。『王』としての務めを果たせ。それが私たちの責務だ」
レイゼンは立ち尽くしていた。
知らない。
こんな主の姿は、こんな主をレイゼンは知らない。
いつも、穏やかに笑い、だらしがない王族らしくない主ではなかった。
そこにいたのは国の未来を見据えた立派な王族だった。
ヴェイングはちらりと後ろを見る。
そこにはレイゼンが剣選の前に、贈られた魔剣。
大剣使いだったレイゼンに主が用意した最後の下賜品だった。
「おまえにも悪いことをするね。恨んでいいよ」
そう、主は『剣』に告げた。
◆◆
「裏切られたのではなかった……」
涙があふれていた。
ヴェイングは、主はなすべきことを成したのだ。
剣よりも、自分よりも、己よりも、国を選んでいたのだ。
いつからだろうか。
おそらく、ずっとだろう。
レイゼンと出会った頃から。きっと──……。
「やあ、君が僕の『剣』になってくれるレイゼンかい? うん。君なら頼りになりそうだ。よろしくね」
初めて対面した時も、へらへらと笑って手を振っていた。
「魔剣よ。これはおまえが見たものか……」
魔剣は答えることなどない。
だが。
「それでも。──存分に戦いたかったのう」
涙が零れ落ちると。
レイゼンの足元が、灼熱の赤に染まった。
何かとみれば、赤々と煮えたぎる泡を弾けさせる海のような泥。
それは、一気に湧き上がった。




