『古傷』
レイゼンが王剣として剣選にのぞもうとしていた──その前日。
「レイゼン、すまない。私は今からとてつもなく酷い事をお願いする」
王太子は告げた。
春の陽光と冬の風雪を合わせたような眼差しだった。
「何でしょう?」
「負けてくれ」
「なん、と?」
「適当なところで、降参してくれ」
「なぜですか」
「私よりも、兄の方が王に相応しいからだよ」
「そんな事は」
「いいや、私では駄目だ。同じ血を持つ双子でもね」
「私は負けない! 負けませぬ! 貴方の剣こそ最強だと、貴方自身が仰ってくださったのは嘘ですか!!」
「だから言ったろう。酷い主ですまないね」
レイゼンは食い下がる。
「剣選で、王剣が敗北することが! その主の王位継承権、もてる権威を失うことになると存知でのことですか!!」
「知っているとも。それでもだ、第二位継承者として主として、レイゼン・オルグ・ルディラスに命じる。──必ず、負けよ」
主の言葉は、残酷だった。
そして、眼を伏せて一言「ごめんよ」と、謝罪した。
◆◆
目の前の光景にレイゼンは愕然としていた。
「弟殿下……」
手を伸ばすが、幻は消えて、闇を掴んだ。
今のは過去だ。
忘れようとも忘れられないかつての光景。
「──なぜ、戦わせてくれなかったのですか」
二十年以上前だ。
王選が行われたその決議の場で、弟殿下は兄殿下に『剣選』を挑まれた。
剣に選ばれたのは、レイゼンだった。
負ける気などまったくなかった。
……だが、主は戦わせてくれなかった。
剣選当日。
主に誓いを立てたこの身は、『必ず負けろ』という命令に縛られ、十分な力を発揮できなかった。
そして、レイゼンは敗北した。
途中で、自ら剣を手放した──剣を捨てた。
それは、主の剣威を放棄するに等しい行為だった。
人々は渾名した『失格騎士』と。
それから、今日までその不名誉な呼び名を背負ってきた。
◆◆
「なぜですか! なぜ戦わせてくれなかった!!」
闇の中で叫んでいた。そこには恨みがあった。
剣選の二年後。
主は行方をくらませた。
レイゼンも手を尽くし、王も捜索されたが、やがて亡くなったものとされた。
早過ぎる死に嘆き悲んだ。そして、もうあの時の答えを得られないことに失望した。
闇の中を落ちていくレイゼンの側で、パキリと何かが割れる音がした。
見れば、魔剣の表面に細かなひびが入り、欠片が剥がれた。
光る欠片をつまむ。
そこから聞こえたのは主の声だった。
レイゼンは薄い欠片を覗き込んだ。




