『老騎士の来店』
翌日、レイゼンは貴族の装いではなく、鎧を身につけて『石の家』の扉をくぐった。
ダーイングの前で騎士の礼を取るその姿は、前日よりも大きく見えた。
「レイゼン・オルグ・ルディラス。参りました」
「決めたか。レイゼンよ」
「はい」
「──では、ルディラス様もこちらにご署名をいただけますか?」
エルクリッドが、ペンと請求書を差し出す。
請求は『王』。
レイゼンはペンを握ると一度、深く息を吸った。
『レイゼン・オルグ・ルディラス』としっかりと署名する。
「当店のご利用ありがとうございます。前侯爵」
請求書を受け取ったのはルシアスだった。
◆◆
揺れる馬車の中で、レイゼンは物思いに耽っていた。
「前侯爵。──貴方様の前回の剣選でのことは存じ上げております」
「そうか。子爵も存じておるか」
「ええ」
「仕方ないことか」
不名誉な事実を知られていることにレイゼンは腹が立った。
『失格騎士』──前回の剣選でレイゼンに。そしてルディラス侯爵家に関わる者らにまでつけられてしまった汚名だ。
「失礼を承知で申し上げます。レイゼン様」
名前で呼ばれたが、無礼とは思わなかった。
その目は『氷結子爵』の呼び名とは裏腹に熱いものを持っていた。
「王剣としてお立ちになってください」
「立ったところでこの老骨に何ができる」
「立つことに意味があります。いえ、立たねばなりません」
子爵の目はレイゼンと同時に、別のものを見ているようだった。
ルディラス侯爵家の屋敷の前で去り際にルシアスは言った。
「明日、また迎えに参ります。もし王剣として立つのであれば騎士の姿でお越しください」と。
そして、レイゼンは一夜迷った末。
朝、身支度を整える際に『鎧』を選んだ。
◆◆
「子爵は宣伝がうまいのう。うまく乗せられたわ」
「お褒めに預かり光栄です」
ルシアスは大仰に一礼してみせる。
まったくこの男は。
冷たいのか熱いのかよくわからん。
「お客様」
「おお、ダーイング様に剣を作ってくださった。ライア殿だったか。先日は礼も申し上げずに誠に失礼をした」
「いいえ、私のおしごとをしただけです」
「輝石師なる職業であったか。儂も初めて耳にしたが魔導具師ではないのかの?」
輝石師のことは、ルシアスから少しばかり聞いた。
『石』を扱うものであると。
「レイゼンよ。魔導具師とこいつは別物だ」
「お嬢様をこいつ呼ばわりは無礼ではないですか? エルディング大公閣下?」
ウィスタードが眼鏡を光らせながら注意した。
「そうだな、執事。今のは俺が無礼だった」
ダーイングはライアに目をやる。
「許せ。女王」
「お気になさらず」
女王?
なぜ『女王』と呼ぶのか?
レイゼンにはわからなかった。
◆◆
「では、ルディラス様──」
「レイゼンでよい」
「わかりました。レイゼン様、これより当店は貴方様にも商品をご提供させていただきます」
「商品? いや、儂にはこれらがある」
レイゼンは魔剣と鎧を示して見せるが、エルクリッドは首を振る。
「確かにお持ちのものも十分ご立派ですが……」
ライアが続ける。
「もっと立派に仕上げて見せます。それも私のおしごとです」
「ふむ……しかしのう」
これらは、前の主より賜った品々だ。あまりいじられたくはない。
「レイゼン、任せろ。女王の仕事の腕は確かだ」
今の主に言われた以上、従うしかなかった。
「わかった。ひとつ頼む」
「お引き受けします」
ライアはスカートをつまみ、頭を下げた。




