『Fragment』
まぶたを開いたダーイングは闇の中に沈んでいた。
目だけ動かし、あたりを見回すが何もない。
ここはなんだ?
そして──。
あれは、何だ?
遥か遠くに輝く石塊。
眩いそれは、闇の中でその存在を示していた。
どこまで沈んでいくのか。
そう思った時。
光るものが、ダーイングの顔の横を掠った。
素早く掴み取る。
「欠片?」
それは、割れた透明な欠片だった。
石塊の光を反射しなければ、この闇の中では見えなかっただろう。
指で転がしていると、何かが映った。
何だ?
光にかざし、目を凝らして覗き込む──。
そして一度目を閉じて、開けば……。
代わりにダーイングがいたのは。
「どうなっている」
そこは、エルディング公爵家の屋敷だった。
手にしていた欠片は消えていた。
そして、目の前には幼い頃のダーイングがいた。
◆◆
なんだ。何を見ている?
「さあ、ダーイング様。こちらを」
聞き慣れた声に振り返ればそこには、今より若いレイゼンがいた。
手には青い鞘に収まった細身の『魔剣』。
──思い出した。
これは、あの日だ。
自分がはじめて『魔剣』を手にした時だ。
公爵家の大広間で十の生誕の日を迎えた自分が、レイゼンの元へ歩み寄る。
──よせ。
跪いたレイゼンが捧げ持つ魔剣に、幼いダーイングが手を伸ばす。
「──抜くな」
だが、魔剣は鞘から抜かれ、幼いダーイングはそれを天に掲げようと持ち上げ──……バキリ、と嫌な音がした。
そのまま、魔剣は半ばから折れて、刃が絨毯の上に突き立った。
大広間でダーイングが魔剣を手にするのを見届けていた者たちは騒然とした。
「魔剣が!!」「折れるなど」「なんて事だ」と口々に騒ぎ立てた。
「静まれ!!」
レイゼンが周囲を鎮めようと声を張り上げる。しかし、誰もそれを聞く者はいない。
幼いダーイングは折れた魔剣を手に、絨毯に突き立った刃を見ていた。
「なぜだ」
ビシリッ、さらに嫌な音が、幼いダーイングの手元から発せられる。
持っていた魔剣の柄が砕けた。
ガシャガシャと、魔剣の残骸が絨毯に血と共に散らばった。
「ダーイング様!!」
レイゼンが砕けた魔剣と両手を血塗れにした幼いダーイングを見て、顔を蒼白にした。そして、ダーイングを即座に抱え上げ、広間から連れ出した。
大広間では、さらに騒ぎが大きくなっていった。
騒動の中で、ダーイングは砕けた魔剣の残骸を見下ろしていた。
そして、顔を上げると。
また、ダーイングは闇の中にいた。
◆◆
「……懐かしいものを見せられたな」
あの後、レイゼンはいくつも剣を用意した。しかし、どれも駄目だった。結果は同じ。最初の魔剣と同じ末路を辿った。
──それから少しして、『剣』を持てないことから、自分に継承権はないものとされた。
しかし、亡き王弟の一人息子であることから爵位が剥奪されることまではなかった。
ダーイングは、目を凝らす。
よくよく見れば、闇の中にはまだ欠片が散らばっていた。
先ほどの小さな欠片から、姿見ほどの大きなものまで。
形もさまざま。
そこには、色々な光景が映っていた。
あらゆる『剣』を試す日々。
その間、木剣による指南を受け続けた。だが、木ではダーイングの身体強化についてこれない。やはり、これも駄目だった。
退屈を紛らわせる為、魔物狩りを始めた。
最初はなかなかに充実していた。しかし、次第に飽きてしまった。
そして。
身体に『ひび』が入った。
◆◆
欠片が漂う闇の中。
ダーイングはそれらを眺めていた。
ふと、遠くを見れば。
その中に光を浴びて、強く輝き返している一欠片があることに気づいた。
見つめていると欠片はすい、とダーイングに寄ってきた。
さて。これは何を見せる?
手のひらに余る欠片を握り、覗き込むと。
また、ダーイングは公爵家の屋敷の中にいた。
◆◆
これは。




