『ごく平凡な幕開け』
今日も、変わらない日々の一幕だった。
◇
「出ていけ」
それは先生が、交際を申し込んできた相手に発した間髪ない台詞だった。
ああ。やっぱり。
ライアは、黙ってソファに座ったまま、ことの成り行きを見守っていた。
拒絶の意志、純度百パーセントの先生に相手は驚いて固まっている。
その名前を思い出そうとしている間に。
相手がようやく声を絞り出した。
「で、出ていけってなんだ!!? いきなり一言目がそれってどうなんだよ!!」
「なら、追い出す。去れ。失せろ」
二言目。また先生の決まりの文句が炸裂した。
ようやく名前を思い出した。
エビンさんだ。……たぶん。
「ライア、君もこの失礼な人に何か言ってくれ! 俺と付き合ってくれるんだろう?」
スプルスと向き合っていたエビンは、のんびりとソファに座っているライアに助けを求めた。
しかし、ライアは。
「すいません。わたし、お付き合いしたくありません」
「は??? え、じゃあ、なんで呼び出したんだ?」
「ええと、だから。交際をお断りするためにです」
「なんで!」
エビンの怒りのこもった大声に、静かな怒りの声がスプルスの口から放たれる。
「五月蝿い。黙れ。喋るな。口を閉じろ」
「──お前が黙ってろ!!」
ああ。先生の眉間のシワがどんどん深くなっています。
エビンさん。それ以上、先生を怒らせない方が身のためです。
交際はすっぱりと諦めて、お帰りください。
ライアが、内心そう思っていることも知らず、エビンはいままさに、スプルスの胸ぐらにつかみかからんとしていた。
「あ」
ライアの口がポカリと開く。
……そして、スプルスは逆にエビンの胸ぐらを掴んで、彼を床に叩きつけた。
石材が軋み鈍い音をたて、エビンの口から苦鳴がこぼれる。
ライアが見たところ、エビンは二十代の青年。
──対してスプルスは三倍程の年齢、つまりは六十代に見える。
「老人と思って油断でもしてたか、若造」
スプルスは、眉間のシワをより一層不愉快そうに深めると、片手で白髪をかきあげて、足元に伏せているエビンを睨みつけた。
そう。
こうやって、ライアに交際を申し込んできた相手は、スプルスに叩きのめされる。
それは、ライアにとってごくごく普通の先生の姿であり。
交際を申し込んできた相手の末路であり。
至極平凡な日常の行いであった。