『バスタイム』
「では、ごゆっくり」と執事は去っていった。
服を脱ぎ、籠に放りこむ。
浴室に足を踏み入れたダーイングの瞳がゆっくりと内装を確めた。
内部の壁は白い石材で造られ、広々としていた。
壁には大きな鏡。
床は大小の石が組み合わさり模様になっている。
この家、いや店はなかなか凝った造りをしているようだ。
だが。
ダーイングの目線の先には湯が張られた白い浴槽。
それは、『魔導具式』だった。
湯を沸かすための『火の魔石』を動力にした魔導具が取り付けられている。
魔力がないなど、と言っていたが。
そんなはずはない。魔導具を動かすには魔力がいる。
魔導具は、それに取り付けられている魔石に魔力を流して動かすものだ。
そしてこの程度なら、簡単に動く。
シャワーのノズルに手を伸ばす。つかみ、ハンドルを回す。
熱せられた湯が流れ出した。
頭から浴びると、ややくすみを帯びた金の髪が濡れて重くなる。
鏡を見ると、つまらなそうに湯を浴びているひび割れた自分がいた。
胸。腹から足先。肩、腕から手指まで割れている。そして、ひびは新たに顔。左の頬に刻まれていた。
「また、広がったか」
あの女は、一応これが視えているらしい。
これを本当に治せるのか。
それとも退屈なまま、砕けてしまうのだろうか。
鏡から目を逸らし、浴槽を見た。
たっぷりと湯が張られている。
しかし、ゆっくりと浸かる気などなかった。
そもそも浴槽はダーイングが普段使っているような大きいものではない。
あの女にはちょうどいいだろうが、身長一九〇センチ以上のダーイングには小さい。
ダーイングはこのままシャワーで、手早く体の汚れを流し落とすことにした。




