『魔力なし』
冷めてしまった紅茶をウィスタードが下げ、新しく淹れ直していた。
もわり、と湯気が立ち、茶葉と花の香りが鼻をくすぐる。
「私は、とある『石』を扱うお仕事をしています。ですが、その石は剣王国の魔導具に使われている『魔石』とは違う石です」
「……この店は、魔石を扱わないと言っていたな。改めて聞く、なぜだ」
一拍置いて、ライアはあり得ないことを明かした。
「なぜなら、魔力値が0だからです。魔石は、私の専門外です」
ダーイングは、ライアの発言に耳を疑う。
「魔力がないだと?」
「はい。一欠片もありません」
「そんな人間がいるのか」
ダーイングの問いかけに、「目の前に」とうなずいたライアはメガネがずれ落ちそうになり、慌ててそれを押さえた。
『魔力のない人間』。
……なんだそれは。
この世界にいるものは、なんであれ、誰であれ魔力を持っている。
多かれ少なかれ差はあるが、必ず持つもの。それが摂理だ。
ダーイングが不審な目をライアに向ける。
しかし、ライアはウィスタードが淹れた紅茶を静かに飲んでいた。
『輝石師』『魔力値0』。
わからないことばかりだ、この『ひび割れ』を含め。
右手を見る。
亀裂は──指まで広がっていた。力を込めれば、ボロボロと崩れ落ちそうなほどだ。
まだ。『掴めていない』というのに。
捨てきれない想いが後押しして、胸の中に焦りを生んでいた。
「おまえにこれが、どうにかできるのか」
「治すためのお手伝いはできます」
「なら、治せ」
ライアに向けて、ダーイングは手を伸ばす。
「待て」
「お支払いはどうされますか?」
スプルスとウィスタードに言葉で遮られた手が止まった。
「後で望むだけ支払ってやる」と返答するも、二人はダーイングを値踏みするような目を向けている。
「少しお時間をいただけますか?」
「待つ気はない」
「ならば、お受けできません。このお話は無かったことに」
ウィスタードが一礼し、扉を示した。
『お引き取りください』という意思が込められているのが、はっきりとわかった。
待たねばならんらしい。
ダーイングは伸ばしていた手をおろす。
「ダーイング様、お待ちの間にお風呂に入られませんか?」
「風呂?」
「まだ足が汚れています」
店に入る前に渡された替わりの靴を履いているが、素足は汚れたままだ。
ダーイングは気にしていなかったが、ここは従うことにする。
ただ待たされるよりはマシだった。
◆◆
それからウィスタードは入浴の準備をした。
ダーイングを浴室まで案内して、再び『石の家』の一階、応接間に戻る。
ライアはスプルスに言われて、自室に戻っていた。
「では、この件を『男爵』にお伝えしてきます」
スプルスがうなずくと、ウィスタードは背を向け、つかつかと、踵を鳴らして出ていく。
やがて物音が消え、カップを置く音が室内によく響くようになると、スプルスは口を開いた。
「『剣なし大公』が、よりにもよって『あの顔』とは、な」
氷もなにも入れていないのに紅茶の杯は冷え切って、そこに映る瞳の瞳孔は針のように細まっていた。




