『魔狩りの剣』
『療養していたエルディング大公が、守衛を倒して逃げ出した』。
これはすぐに王城内で騒ぎになった。
やってきた文官は、こめかみを揉みながら、眉をしかめている。
「……『王選』で忙しい現状で、大公閣下はいったいどういうおつもりなのか」
はあ、とため息をつく文官。実に面倒そうだった。
「ご病状が進み、乱心されたのかもしれん。せいぜい頑張って閣下をお探ししろ、道楽騎士たち」
文官は最後にそう言い残して、詰め所を後にする。
たっぷり待って、高級感ある三揃えの服を着こなした文官の気配が完全に消えたところで、その場にいた全員の顔から笑みが消えた。
それまでは何とか表情を固め、あるいは笑みをかたどっていたが。
いま浮かび上っているのは怒りと屈辱の表情。
「何が道楽騎士だ!」
「我々がダーイング大公の御趣味に付き合わされていたのは事実ですが!!」
「それでいったいどれだけ魔物の被害者が減ったと思っているっ!」
青年が、拳を握りしめながら壁を蹴り付けたいのを堪えていた。
王城騎士の一員とはいえ、庶民である青年がそれをやるわけにはいかない。
かわりに扉を視線でこわさんばかりに睨みつけた。
そして、形は違えどほかの者も同じ態度だった。
ここにいるもの達はダーイングによって集められた騎士達だった。
貴族出身の騎士、そして平民出身の騎士と、身分の違いはあったが、共に命懸けの任務にあたる彼らの結束は固い。
その部隊名は『魔狩りの剣』。
魔物から人々を守りたいと集った彼らはダーイングを信奉していた。
「落ち着け。大公閣下の行動は、ほかの高位貴族や王族には理解できないだろう」
発言したのは、隊長の『ウルガ・ラガナ・ウラガン侯爵』。
魔物の大量発生や通常よりも強力な魔物の個体の出現時には、必ずと言っていい。
ダーイングは隊に同行して、これらの討伐に参加していた。
任務ではなく、『趣味』だったが。
そう、魔物を狩ることが、ダーイングの愉しみ。
特に強敵。それを必ず仕留める。
これまでダーイングに『獲物』とみなされ、生き残った魔物は一匹もいない。
「けれど、趣味であれなんであれ、国民のためになる行動でした。隊長以外のほかの魔剣持ちの貴族や、王族の方々は我々に同行したりしないでしょう」
「なんのための魔剣なのか。もはや、わかりませんな」
貴族や王族の耳に入ったら、不敬罪に問われかねない発言だったが、隊員たちは黙っていた。
隊員の腰に下がっている、紛い物の魔剣。ただの鉄の剣に魔法を施した偽物。
ダーイングにこそ。
本物の『剣』が、あれば───。
「いま、どこにおられるのか……」
「レイゼン様」
応接室のソファで、沈痛な面持ちの人物に、ウルガは言葉をかけた。
しかし、レイゼン━━━ルディラス侯爵家前当主には届かない。
声には出さず、老騎士は行方知れずの主の無事を願っていた。




