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我が為ノ夢物語  作者: 好き書き帳
TRY ANGLE
12/76

『Welcome to my home』

 ダーイングは『石の家』の中にいた。

 座っているのは、大きな革張りの長椅子ソファ

 長身の自分が座っても何一つ問題ない大きさのそれがテーブルを囲んで四脚あった。


 中央のテーブルに置かれているのは青に金のフチ模様の高級な白磁のカップとソーサー。

 杯の中身は、香り高い紅茶。

 ミルクの小瓶と角砂糖に蜂蜜も添えられている。


 向かいに座るのは、白い長袖のシャツにベージュのズボンを着こなし、眉間に深いシワを刻んだ白髪の男。

『スプルス・ユーラー』。

 ライアの養父とのことだった。


 紅茶の湯気がたよりなくゆれる。


「ライアを助けたことには礼を言う」

 スプルスは目を伏せてあごを引き、感謝の意を示した。

 しかし、次にはその淡紫色の目に敵意を宿し「飲んだら帰れ」と言った。

 もてなす気は全く存在しない。


 大公を相手にしてこれか。

 不敬罪に問われても文句は言えない態度だった。

 だが、そう悪い気はしない。


「ここは石を扱う店だそうだが、何も置いていないな」

 

 ダーイングは、片づけられた清潔な室内を見回した。

 置かれているのは家具や日用品ばかり。

 そして、それらの調度品は安物ではなかった。

 普通に見えて、細やかなところでそれらが高級なものであることがうかがい知れた。

 だが『商品』らしきものはひとつも見当たらなかった。それこそ『石』など、どこにもない。

 まるで、貴族の屋敷の応接間。

 そんな印象だった。


「早く飲め」

 一向に紅茶に手をつけないダーイングに、スプルスは短く言った。

 直訳するなら。

 『さっさとお帰りください』だろう。

 店の説明もするつもりが微塵みじんも感じられない。


 そこへ。

「お待たせしました。お客様」

 部屋の奥から食事を持ってライアが現れた。


 銀盆には、串を外し温めなおした肉と切り分けたパン。

 レタスとセロリにドレッシングをかけたサラダの皿が乗っていた。

 ライアは、それをダーイングの前におくと「どうぞ、お召し上がりください」とにこやかに笑った。


 ちろり、と目をやる。

 ──この女が毒を入れるようには思えんが。

 

 貴族は毒を盛られる可能性がある以上、出されたものを容易に口にすべきではない。

 そう、教育されて育つ。ダーイングも例外ではなかった。

 耐性を得るべく、幼少から少しずつ毒を摂取してはきたが……万が一の事を考えて、カルカッザ公国の毒消しを持ち歩くのが常だ。

 しかし、今はそれがない。


「毒味が必要でしたら、わたくしが」

 

 ほんの一瞬の迷いに気づかれたらしく、ライアの背後に控えていた『ウィスタード・クラック』が前へ出てきた。

 農茶の髪をオールバックにした細身の男。

 白銀色の細工でできたつる(テンプル)の縁なし眼鏡の執事の手には同じ銀盆と料理。

 鷹のような瞳がダーイングを見ている。

 

「不要だ。下がれ、執事」

「かしこまりました」


 ウィスタードは一礼して一歩後ろへ。

 しかし、それ以上は、下がろうとしない。


「なんだ?」

「お嬢様もお食事を希望しておられます。同席することを許していたがけますでしょうか?」

「……かまわん。許す」

「ありがとうございます」


 執事は、ライアの分の食事を乗せた銀盆を、開いているソファの前に静かに置いた。

 ライアは、長椅子にちょこり、と腰掛けると祈りの形に手を合わせる。

「いただきます」

 まず肉にフォークを刺し、一口で頬張ると幸せそうに顔を緩めた。

「おいしいです」

「お喜びいただけて何よりです」


 食事を作ったのは、この男らしい。


 ライアは次にパンを丁寧に小さくちぎって口に入れる。ゆっくりと味わって、ウィスタードが用意した紅茶を飲む。

 ほう。と息を吐いて満足そうだ。


 そういえば、今日はまだ何も食べていなかった、と思い出したダーイングは、パンをつかむとそのままかじりとる。

 ボロボロと、ハードパンの硬い皮が割れ落ちた。

 咀嚼そしゃくしていると視線を感じて顔を上げる。

 ウィスタードの冷たい視線がダーイングを刺していた。


「なんだ」

「いいえ。何もございません」


 執事は、眼鏡のブリッジを人差し指で持ち上げる。

 スプルスは、音を立てずに紅茶を飲みながら「食べたら帰れ」。

 または、『すみやかにご退店ください』という意味を込めているだろう視線をダーイングに送っていた。

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