『退屈な幕開け』
絵本の最後はこう締めくくられる。
『また会おう。この身が朽ちても。この身に流れている血がいずれ、またおまえの前に立つことを望む』
そう言って、おまえは重たい鎧から解放されて眠りについた。
永い長い醒めない眠りに。
ならば、その夢も醒めなければ良い。
『約束』などいらない。
『約束』など、したくない。
それは『呪い』としか思えない私には。辛過ぎるものだから。
白騎士は、双剣を地に突き立てて、天を仰ぐ。
無音の咆哮を上げて、空に悲しみを響かせた。
長く。長く。
黄昏が地に堕ちるまで。───という、悲しい終わり。王の最後で物語は終わる。
◆
ここは、とても静かだった。
それ以上も以下も、なにもないほどに。
「───『退屈は人を殺す』というがまさか、まことにそうだとは、な」
男はひび割れた手のひらを、つまらなそうに見て、つまらなそうに言った。
男は、天蓋付きの大きな寝台に横たわっていた。
金色の長髪が純白のシーツの上に広がっている。
掲げていた手を下ろし、男は遠くに問い掛けた。
「それで、俺はいつまでこうしていればいい?」
寝台の横に置いた古い絵本はもう何度読み返したかわからない。
ページは端がかけてしまっている。
子供の頃から読んできて、飽きたことなどなかったはずが。
ここにきて読み飽きてしまった。
「御身の病が治るまででございます」
つまらない返答だった。
「それはいつだ? お前達はいつまで、俺にこうして大人しくしていろと?」
扉の側にいる守衛は、答えに渋る。
「……いまだ、『ひび割れ』なるものはお見えになりますか?」
「そうだったな。お前達には視えないのだったな」
他者にはこれが。この身体に入った『ひび割れ』が視えない。
己にしか、自身の手や足、胸に入った亀裂を認識できないのだ。
そして───。
それが視えている自分の方が、おかしくなったのだと。
気でも触れた、と。
周りの者は言い掛かりをつけ、こうして、守衛をつけて自分を隔離した。
そして、来る日も来る日も、医者や魔導師の治療を施される退屈な日常に追いやられたのだ。
「いささか。飽きた」
男はむくり、と起き上がった。長い金髪が垂れ下がる。
同時に、守衛たちが腰の帯剣に手をかけた。
「動かれるな。いざとなれば力づくで止めよ、そう命を受けております」
「それは退屈しのぎにちょうどいいかもしれん」
寝台から足を下ろし、手足の具合を確かめる。
問題ない。まだ動く。
男は、守衛たちをつまらなそうに見た。
「まずい薬も、役に立たん治療も、もういらん。──退屈すぎる」
このままでは、退屈に殺される。
この訳のわからない病ではなく。
守衛たちは、すでに剣を抜き放っていた。
男のヒビの入った素足が、豪奢な刺繍が施された絨毯を踏む。
剣を持った守衛たちが迫ってくると、その瞳にわずかな羨望が宿った。
「俺の前で堂々と剣を振るとは……いい度胸だ」
羨望はすぐに冷めた瞳の中に消えて、胸の中に燻りを残した。