ある野営の魔獣討伐
がりっパキッ
「あっ噛んで折っちゃった!」
アメリアがそう言って、テヘッとそれを俺に差し出した。
「お姉ちゃん、また折っちゃったの?ノアに謝りなさい」
「いいよ、沢山あるから気にしないでいい。ほら、新しいやつだ」
「ごめーん、ノア。ありがとう」
そう言って、ノアが差し出した新しいフォークと彼女がおずおずと差し出した先の折れたフォークとを交換した。
一応は国や領主から指名依頼を請けるくらいは名の知れた冒険者パーティなのだが、そんな貫禄を微塵も感じさせない様子を露呈し、周囲に笑いを提供してしまった。
今回はパーティ四人だけではないからちょっと恥ずかしい。
我々は某国の領主の依頼で現在は山林地区に来ている。
領の南端に位置するこの山林は未開拓地まで目と鼻の先だが、二週間ほど前に希少な野生動物が目撃されたとの報告があり、領のアカデミーに所属している学者が生態調査を行うことになった。
彼らのチームに護衛として帯同して今夜で三晩目である。
で、今は日が暮れる前に夕食をとっているところだ。しかしレストランはおろか宿も無い。つまり野営だ。
誰でも駆け出しのころは野営に抵抗があるもの。それでも冒険を続けていれば否応も無く慣れていくというものだ。
あとはパーティの中に何か役立つ技能や魔道具を持つ者が何人かいれば快適さが増すというもの。
一番引っ張りだこなのは収納だろう。一般には魔道具のアイテムボックスを指すが技能≒魔法として習得している者もいる。
俺も収納魔法を持っているがアンドレスのアイテムボックスが大容量のため、自分しか使わないようなものを入れるに留めている。
これらの収納空間では状態保全が効くため鮮度が損なわれない。つまり食材を新鮮な状態で持ち運び出来るわけだ。
ちなみにアンドレスのアイテムボックスにはパーティ全員分の寝具一式と仮設ログハウスまで入っているが人に羨まれるので今回お披露目はしていない。
小型の天幕を幾つか出したら学者たちにも喜んで貰っている。これが見せられるギリギリだ。普通なら寝袋だけだ。
同じくらい人気なのは料理だろう。食材と道具があっても料理人がいなければ宝の持ち腐れだがうちのパーティにはカミーユがいる。
彼女が所属する教会では生活困窮者を招いて炊き出しをしていたらしい。野外での活動もあったようで、食べられる野草や香草なんかの知識もこの時に身に付けたらしい。
ちなみにアンドレスのアイテムボックスには生鮮食品は勿論のこと調理器具や火を起こす魔道具まで入っている。というか仮設ログハウスにはキッチンも完備しているが人に羨まれるので今回お披露目はしていない。俺が魔法で水を出して火を起こして、アメリアが仕留めた野獣をカミーユが教会仕込みの腕で捌いている。
何気にメンバー二人の紹介というか自慢をしたが、残るアメリアと俺の技能も紹介しよう。
アメリアは…いや先に俺のことを話そう。俺はDIYにハマっている。
え?この世界は英語圏なのかって?そうじゃないけど解りやすいよね?
それは置いておいて。
俺ことノアは、木を切ったり削ったりして主にカトラリーを作るのが趣味且つ副業である。スプーンやフォーク、皿等だ。
パーティが野営で使うものも全て俺製で、有り難いことに街ではお得意さんも増えてきている。
道具は基本ナイフだが、大雑把に削ぎ落とすときは風魔法も使う。薄く圧縮した空気の扱いも我ながら上手くなった。
森と共に生きるエルフなのに木を?と言われそうだが、生木をこのために切り倒すなんてことはしない。枯木のほか、間引いて伐採した木材を譲り受けて使っている。
次にアメリアだが…
えーと…
そろそろ日が暮れそうだ。
アンドレスが、俺が起こした火を使って焚火の用意をしてくれている。夜は冷えるからな。獣は火を怖がらないものもいるので暖を取ることが主要目的だ。野党相手だとこちらの存在を示すようなものだが気付かれたとて相手に遅れを取るようなことにはならない。
え?アメリアの技能?
まぁ、誰にでも不得意なことはある。うん、彼女も頑張ってるんだ。そう、晩ごはんの野獣も仕留めてくれたし、それでいいじゃないか。
狩りや闘い以外はからっきし不器用だなんて言ってやらないでくれたまえ。
さぁさぁ俺は先に休むから。
アンドレス、いつも見張りの一番手を引き受けてくれて有難う。頼んだよ。クールガイだ。
ごそごそと寝袋に潜り込むノア。焚火を挟んだ向こう側でもアメリアとカミーユも自分たちの寝袋に入っている。
天幕は学者たちに使わせて我々は地面の上に寝袋だが、ここぞという時に能力を発揮出来るよう疲れを残さないために、何処でも眠れるのが冒険者である。やがて二人とも寝付いたようだ。そんな彼女らの寝息につられてか関係なくか、ほどなくノアも徐々に意識が遠のいていくのを感じていた。
木々の葉が擦れ合う音が心地よい。
既に日は落ちて辺りは僅かな月明かりの下で静寂に包まれつつあり、川のせせらぎが遠くから微かだが耳に届いている。
魚や小動物も俺たちと同じように休んでいる頃だろうか。
そんな想いが暗い空へ舞い上がり、木のてっぺんから草原を見下ろし、さらに上昇して空から山々を見下ろし、さらに上昇して雲を突き抜けて大陸の全貌を見渡し、もっと上昇して暗い漆黒の空間に飛び出して眼前いっぱいに翠玉色の星がその厳かな存在感を示し。
そして、何か大きな存在と繋がるような、包み込まれるような、安心とも畏怖とも感じられるそんな矛盾した感覚を覚えていたら…
目が覚めた。
アンドレスに揺すられて、遥か上空から超高速で落下して黒い地面に叩きつけられたような感覚に陥った。
もちろん痛みがあるわけではない。
ほんの一瞬だが惚けそうになったところを何とか持ち直し、素早く寝袋から這い出して中腰のままアンドレスの傍らに滑り込んだ。
小声すら出さずに視線でアンドレスに状況を確認するとアンドレスがある方向を指で指し示し、俺はそちらへ目を凝らした。
ドラゴニュートであるアンドレスには夜目では敵わないが、俺にはエルフ特有の魔法がある。一定の距離までなら周囲の植物と『感覚共有』することで様々な情報を得ることが出来るのだ。アンドレスが示した場所までは何とか魔法が届きそうだ。
我々の宿営地から小さな丘を挟んだ反対側、まだ間伐の手が入り始めたばかりらしき針葉樹の密集区域にそいつを見付けた。
アルミラージだ。
暗くて今は視認は出来ないが、金色の毛皮を持つ巨大なウサギのような魔獣である。
ウサギのイメージとはかけ離れて非常に獰猛で、額に生やした1本の角と長い爪と鋭い牙を武器に、自分より大きな相手でも襲い掛かる奴だ。
アンドレスに身振りで伝える。
両手で長い耳を表現するポーズが幾らか緊張感に欠けるが大したことではない。そして指折りした手を示して数も伝える。
6頭だ。
某RPGでは序盤から中盤にかけて群れで出没して続けざまに催眠魔法を使ってくる嫌なヤツ…というのは置いておいて。
そこへ、我々の動きを察知したのかアメリアとカミーユも傍へやってきた。さすがだ。心なしかアメリアがドヤ顔をしている気がする。ちょっと腹が立つから前言撤回。
さて打ち合わせだ。
声や物音を漏らさないためにカミーユが遮音結界魔法を張った。音を漏らさない代わりに外部の音も遮断してしまうため、そのままカミーユが見張りをしながら三人で作戦を練ることにした。
アルミラージが6頭。
感覚共有した植物によるが、今回は解ったのはそこまで。こいつらは昼夜関係なく活動するので寝ているだろうとは考えないほうが良い。
護衛対象の学者たちがいるので、気付かれているかどうかに関わらず先手を打ち、且つここから距離をとって討伐したほうが安全性が増すだろうと意見の一致を確認。
その後は大まかな侵攻ルートと配置、初撃以降の各人の役割を決め、行動を開始した。
先ずはカミーユが学者たちの天幕に防御結界を張った。設置した魔石を媒介にすることで自身の魔力消費は抑える。
アンドレスは彼らの護衛を引き受けて待機。何頭か取り逃してしまうことを想定すれば、守備力と迎撃力が高く冷静沈着な彼が適任である。
その学者たちは、我々が物音を抑えて動いているためまだ気付かずに寝ている。起こすかどうかはアンドレスが判断してくれるだろう。
ノアとアメリアとカミーユは散開してアルミラージの群れに向かって侵攻を開始。予めカミーユにかけて貰った隠密魔法により姿と気配を隠して風下から身をかがめつつ近付いて行く。
夜空はやや薄曇がかかっている。
月明かりのお陰で足元を確認しながら移動できるが、逆を言えばアルミラージの群れからも見付かる可能性があるということだ。しかも林の途切れた丘を進めばその確率も上がってしまう。然るに初撃はそこで仕掛ける予定だが状況次第でタイミングが変動することもあることを既に申し合わせている。
中央の丘に差し掛かった。
ここまで感覚共有魔法を展開維持してアルミラージの動向を監視しながら距離を詰めてきた。中央を行くノアは、彼と距離をとって両翼を移動するアメリアとカミーユの二人に少しずつ先行するよう指示しながら更に慎重に歩を進める。野草の丈が高いため身を隠すには都合が良い。これも感覚共有魔法によって予め把握出来ていた。
よし、このままもう少し詰めていこう。ノアが二人に合図をした矢先のこと。
ヒューッ、フヒューーッ
風向きが逆に変わった!
何頭かのアルミラージが反応した!
こちら側の正確な位置の把握までは若干の猶予があるはずだが飛び出してくる可能性がある。そうなれば討ち漏らしてしまうかも知れない。
ノアはそう判断し即行動に移した。
感覚共有魔法を切り、身体がほのかに青白い光に包まれると傍らに顕現化した氷の精霊フェンリル。
氷雪の如き白き魔狼が一吠えすると、ノアの身長くらいある杭とも言える氷槍が頭上に無数…いや言い過ぎた、50〜60本出現した。
それらは冷気と氷煙を纏いながら宙に整然と並んで漂っていたが、次の瞬間にはその全ての氷槍が音もなく前方の樹林の闇へ飛び込んでいった。
ドドドドドドドドーーーーーッッッ!!!
ギュキュゥゥウグゥェェエーーーーーッッッ!!
氷槍が地鳴りと共に着弾すると同時に、何とも表現しがたい複数の、耳をつんざく低く鈍い断末魔の叫びであろう不快な咆哮が伝わってきた。
数秒遅れて着弾した辺りの木々が凍てついていく。
フェンリルには還って貰い、ノアは次の事態に備えるべく岩槍の魔法を構築し始めているところへアメリアが着弾地点へ飛び込んでいく。
だがアルミラージは出てこないうえに先程の咆哮も聞こえず、駆け回るアメリアが落ち葉や芝生を踏みしめる音だけが聞こえている。
岩槍の魔法構築も済ませたが両掌を腰の高さで構えて保持したままだ。
そこへカミーユも到着したので状況を共有する。
「フェンリルの氷槍が着弾したあとアメリアが追い討ちに入ったところだ」
「既に一掃したのでは?」
その可能性を考慮して感覚共有を構築させかけていたが先んじてカミーユが発光魔法を展開させたので中止した。
彼女の魔法で頭上から周囲が照らし出される。
着弾地点はまだ凍てついて氷煙が立ち込めており、凍てついたアルミラージの死体が計6体。数は合っているがこれで全てで間違いないか。
なお体長は我々より少し低いくらいだが後脚の筋肉量が半端ないためまともに蹴り飛ばされたらお陀仏だろう。
警戒しながら周囲の調査を進める。
大半は恐らく反応すら出来なかったようで、彫像のような姿勢のまま事切れている。氷槍が頭上から或いは背後から次々に突き刺さって痛みを感じる間もなかったと思われる。
いずれも胴体や頭部に氷槍が何本も突き刺さっており、中には貫通したらしい個体もある。しかし突き刺さった箇所からの出血は少なく、その前に一瞬で心臓や血液まで凍てついたのだろう。
大腿部を欠損して噴出する血液ごと凍てついている個体があった。
他の群れからこの個体のみ比較的離れている点から鑑みるに、強襲にいちはやく反応して回避したところに最初は氷槍を脚へ受けたというところか。胴体中央に風穴こそ開いているがこの個体が突き刺さった氷槍の数が最も少ないため、逃げられた可能性もあったと見るべきだろう。
咆哮を上げたらしい形相をしている。一番大きいため群れのボスかも知れない。体長は我々と変わらないか少し大きいくらいか。
ちなみに感覚共有を発動して発光魔法の範囲外の捜索も併行していた。辺りは鬱蒼としているため木々との感覚共有は高密度な繋がりを得てかなり視覚的に伝わっており、宿営地側に逃げた個体はなく初撃で群れを一掃していたことが確認できた、木々たちありがとう。
同時に木々の感情も流れ込んてくる。あ、すみません。寒いよね。後で温かい霧を撒きましょう。
現場検証の途中でアメリアは戻ってきて、何もやることが残っていなかったと冗談ぽくボヤいていた。
1体だけ追撃しようと仕掛けたらしいが目の前でみるみる凍てついたため剣を止めたらしい。剣を止めたのは流石だね、無駄に斬って刃こぼれでもさせたら大変だもんねと褒めると分りやすくエヘヘと照れ笑いをしていた。
やがて現場検証を終えるとアメリアが真面目モードで発令。
「宿営地に戻る準備をするよ!」
先ずはアルミラージの死体を収納魔法で片付けよう。この場にアンドレスがいないので今は彼のアイテムボックスが使えない。街に戻るまで今回はこれでいだろう。
「ノア、木々に回復魔法をかけたいのですが」
「おっと、まずはここらの解凍が先だった」
カミーユに促されて、凍てついた周囲の植物を解凍することにした。ごめんよ木々たち、忘れていたわけではないぞ。
水魔法と、火魔法をちょっぴり加えてやや温かい程度の霧を発生させる。冷たいとなかなか解凍できないし、と言って熱すぎると木々たちも熱いと感じる。ほどよい温度というわけだ。
回復魔法が通る程度まで解凍したらカミーユとバトンタッチ。後は彼女に任せ、俺はアルミラージの収納を始める。ちなみにこいつらも処理は後回しだ。芯まで凍っているため討伐証明部位の確保は勿論のこと毛皮を剥ぐことも、美味しいと言われる肉を捌くことも街に帰ってからになるからだ。
ほどなく作業を終え、周囲に他の魔獣もいないことは確認しているため隠密魔法もなしで普通に徒歩で、三人そろって丘の脇を通って、アンドレスの待つ宿営地に帰り着いた。
天幕は終始平和だったこととアルミラージ討伐結果を共有した後、眠れないからと手を挙げたアメリアに見張りを任せて他の三人は眠りにつくことにした。
朝起きたら木にもたれ掛かって寝ていたアメリアをカミーユが叩き起こしたのはご愛敬。