ある王城の会議の席
そろそろ会議が始まる。
要職の面々がそれぞれの席に座り直している。過去何度かの謁見のときにも顔を合わせているとは思うが殆ど接点を持ってこなかった方々だ。
アメリアとカミーユは菓子の余韻に浸っているらしく御満悦といった顔をしているが、そんな彼女たちを横目に進行役の文官が会議再開の宣言をした。
「それでは臨時会議を開始致します」
そうか、王様の仰った通り立て込んでいて、定例ではない会議だったのね。
この文官は4人が初めて登城した時からお世話になっている方だが、先程まで王様と打合せをしていたことからも側近中の側近だったようだ。
「アメリアの嬢ちゃん、本来であれば俺達以外の高官も紹介するところだが、今日のところは時間が押してるようなので勘弁願うよ」
文官が宣言した後で、国王を挟んで反対の席に座っている武官がそのように口を挟んで4人に軽く会釈した。
この武官も4人が初めて登城したときから見知った方だ。
特にアメリアは、少女期に騎士見習いとして王城に出入りしていたときにセンスを見出だされ、彼に双剣を勧められて始めた経緯がある。
「大丈夫ですよ、師匠殿」
「ありがとうよ」
アメリアは流石に真面目モードになっていた。
2人はそれ以降は城で顔を合わせれば剣を交わすようになったのだがアンドレスがそのたびにソワソワしているのが傍目に面白い。命を晒しているわけでもなく、また異性関係に発展するよう年齢でもないのに、娘を気にする父親の心境か?今も神妙な表情をしている。
「…皆さんには既に周知しているとおりですが、今回この会議にアメリア殿たちを招へいしたのは、当会議の決議と彼女たちとの交渉を同時に片付けたいという我々の都合ですので、その点改めてご留意ください」
文官が司会進行し、王様と武官、その他の高官は黙って聞いている。
アンドレスから聞いたことがあるが、こういった会議は円滑に進めるために予め根回しをして味方を多く作っておくことが肝要なのだ。今回の案件も既にそうしているのだろう。知らんけど。
文官が続けて発言する。
「この会議の議題は二つの調査の進捗についてでありまして、ひとつが魔王城について、もうひとつが神殿についてです」
やはりその二つか。
我々はお互いに視線を合わせた。
「早く騎士団長殿の報告を聞かせてくれ」
待てないとばかりに高官の一人が腕を振りながら早口で続きを促した。
そして武官さんは騎士団長さまだった。いや知っていたよ。ただの闘い好きのジイさんだなんて思ってないよ。
「…それでは騎士団長殿から魔王城の領土調査の進捗報告をお願い致します」
「おう」
先程までどっかりと背もたれにふんぞり返っていた騎士団長がよっこらせとテーブルに両肘をついて半身をテーブルの上に乗り出すように座り直した。
「じゃあ、嬢ちゃんたちもいることだし、おさらいも兼ねて話すとするよ、宰相殿」
何ともマイペースな騎士団長さまだ。
そして文官殿は宰相さまだった。いや知っていたよ。たびたび口を挟まれたせいか心なし苛々しかけてるジイさんだなんて思ってないよ。
「ノア殿なにか御質問ですか?」
「え、いや、何もないです、失礼しました」
おっと、顔に出てたのだろうか。この宰相さまは心が読めると見える。おい、アメリア、俺を見るな、覗き込むな、さっき真面目モードだっただろ。
「ゴホン」
王様の咳払いで背筋を伸ばす。
ブワッと冷や汗が吹き出す。
「じゃあ改めて」
騎士団長の報告。
魔王の居城は場所こそ近隣諸国で把握しているが、隠蔽魔法か結界魔法かのせいで、近付くことが叶わなかった。
各国からの騎士団や魔法師団で組織した連合調査隊を幾度となく派遣するが成果は芳しくなく、時には魔物や魔族による被害を受けて退却することも。
「ここまでが周知のとおり前回の定例会議までの進捗で、おおかた半年くらい前からこの有り様だったんだが」
だったんだが、ということは発展したのか。
焦らさないで欲しい。高官たちも軽くざわついている。
「数日のうちに連合調査隊の広報から正式に発表があるが、ついに結界を突破する魔法構築の方法に目処が立ったようだ」
「おお!」
そこかしこでガッツポーズを作る高官たちを騎士団長が右手で制して続けた。
「しかし高位の魔法師が四人、魔力枯渇によって昏睡状態に陥った」
ガッツポーズを作っていた高官の拳は解かれて笑顔も消えた。
魔王城の領地への侵入を阻む結界を突破するためには相当量の魔力が必要。付け加えれば、結界が一つとは限らないし、突破する方法もまだ『目処が立った』だけなので、素直に喜べない。
「皆そう気を落とさなくていい。4人の魔法師には気の毒な結果だったが、今まで打開策もなく膠着していたことを考えればな」
「そうですね。彼らのお陰で魔法陣の改良あるいは開発の糸口が見付かった訳ですから」
静まりきっていた高官たちだったが騎士団長と宰相の前向きな発言に持ち直したようだ。大丈夫かこの国の高官たちは。側近二人に比べると、なんというかキャラが弱々しい。
「では我国も魔法師団に発破をかけましょう」
「とは言え我が国の魔法師団にはそこまで技術に長けた者はいるのか」
「他国に比べれば歴史も規模もまだ小さいが、いずれは騎士団から独立出来るさ」
「で、いないのか?いないなら冒険者から募ってみるか?」
口々に高官たちが意見を交わす。
いや、会話形式でこの国の魔法師団の現状について読み手の方たちに説明をしてくれているのだ。ありがとう。
高官たちから意見がどうやら出揃ったところで宰相が場を制して話し出す。
「では一つ目の案件は、近く公開される魔法陣を基に我国では魔法師団あるいは一般から魔法に長けた者を対象に開発チームを作るということで、騎士団長が現場責任者の任命と統括をお願いします」
「承知した」
魔法師団が騎士団長の傘下だから騎士団長が統括するのか。大変だな。
…と、その騎士団長さまが俺を見てる?え?
「ノア殿、貴殿は精霊魔術と元素魔法も使いこなすと聞いているが、開発チームに加わってくれないか」
「ええっ?」
いきなり名指しされて変な声を上げた俺に、高官たちが全員注目している。
変な汗が吹き出してきた。いや、見ないで。お願いします。
そこへ宰相さまが割って入る。
「その件は後でまとめてということで、次の案件に進めます」
え、まとめて?嫌な予感しかしない。
「次は、神殿調査の進捗を私からご報告致します」
宰相の報告。
世界各地で幾つか見つかっている旧時代の遺跡のうちの幾つかを、これも数カ国の合同チームで調査を進めている。
歴史学者の質や数が優れた我国が調査主幹を任されているが、これらの神殿の名前はおろか存在すらも民間にはまだ伏せている。
「…この件は先程の魔法陣の件以上に、他言無用でお願い致します」
宰相が報告途中でこのようにわざわざ念を押したうえで続けた。
「そのうち一つの神殿の役割が解明されました」
またもざわつく高官たち。
でも実は俺たち既に聞いて知ってるんだよね。もちろん知った顔はしないぞ、ちよっと自然ぽく驚いた顔をしておこう。
おいアメリア、そんな顔をしてたら駄目だ。真面目モードはないのか今日は?今度は目を合わさないぞ。
「それで?」
あ、アメリア…友達に訊くみたいに…
ほら宰相さまが微妙な顔をしてらっしゃる。カミーユが肘で小突いてる、そうだ、もっと小突いてやれ!
「神殿の名称は『覚醒の神殿』です。名付けたわけでなく、遺跡内の何箇所かからこの記述が見付かり、神殿の役割と共に名称でもあると調査チームは結論づけました」
アメリアの目がキラキラしている。カミーユがそんな姉を横から睨みつけているものだからアメリアも流石にお口チャックだ。
宰相がその様子を横目に報告を続ける。あ、ちょっと笑ったね。
「遺跡の中には祭壇があり、その床に描かれた魔法陣は、適性のある対象者をある存在に覚醒させるものと結論づけられました」
「それでそれで??」
ああっ、アメリア…まるっきり今朝のカフェの続きじゃないか!カミーユも小突くのを諦めてうつむいてしまった。
ひゃっ、宰相さまがアメリアを睨み付けた。
いや、そう思ったが違ったようだ。
「アメリア殿たち」
「はい」
「貴女たちにお願いが二つあります」
「二つとは?」
アメリアではなくアンドレスが質問を返した。
一つは予測できる。極秘の調査チームの護衛なら騎士よりは高レベルの冒険者を少数精鋭で同行させたほうが無難であるためその件だろう。
「もう察していらっしゃると思いますが、一つは調査チームの護衛です」
調査が大詰めであること、歴史的資料の被害に備えること、何より調査チームのメンバーから彼女たちを推す声があったことが決め手らしい。きっとアンドレスの知人の学者さんだろう。
「もう一つ、こちらが重要かつ繊細な話になるのですが」
宰相が姿勢を崩さず我々に向き直って話を続けた。
「神殿の魔法陣にて、臨床試験を計画しています」
「つまり?」
またアンドレスが追求した。怖い。
お願いが二つあると聞いてからピリピリした空気を彼から感じていたが、それが更に増している。いつも冷静で温和な彼が…
「アンドレス殿」
王様が割って入った。
「はい、王様」
アンドレスの空気が戻った。
「アンドレス殿が危惧していることは理解している。どうかそう構えずに彼の、いや我々の話を先ずは聞いて頂きたい」
「はい、たいへん失礼致しました、王様」
アンドレスが立ち上がって胸に掌を当てて王様に一礼し、続けて宰相にも礼をして再び席についた。
「ありがとうございます、話を続けます」
宰相の報告が続けられた。
研究チームによって解明はかなりの段階まで進んでいること、臨床試験も実は秘密裏に騎士団や魔法師団の中から志願制で何名か行われ、身体的に異常はなく一部の者には新たな能力が発現したことなど。
今度は俺が質問してみた。
「どのような能力が発現したのですか」
「騎士団員の中に魔法の才があると思われる者がいたのだが、これまて磨く術がなくてな、この臨床試験で魔力の扱い方に目覚めた」
騎士団長によるとその騎士団員は魔法師団に移籍したらしい。我国にとって貴重な魔法師になったわけだな。
宰相が続ける。
「貴女がたは将来有望な冒険者たちです。無理にとは申しませんが、この臨床試験の被験者も兼ねた護衛として参加して頂けないものでしょうか」
あ、アメリアだけじゃないのね。
うむむとアンドレスは目を瞑って腕を組んで天井を仰いでいる。
見上げると高い天井だな。天井まで装飾がある。高い天井だな。
「宜しく頼む」
騎士団長さまが頭を下げている。
宰相さまも。
ズルいですよ、これが貴方がたのやり口ですよね。
「これは勅令、王命でしょうか」
アメリアが質問し、さらに続けた。真面目モードだ。
「私達は冒険者です。国を跨ぐような案件も多いですし、国からは便宜も図って頂いていますので、国の命令であればお受けすることは吝かではありません」
今度はカミーユの目がキラキラしている。お姉ちゃんどうしたのと言わんばかりだ。
アンドレスも目を細めている。いつもの父親の目だ。父親じゃないけど。
「俺、いや、私も同じ意見です」
俺もそのように応え、宰相さまがウンウンと頷いて次のようにまとめた。
「では二つ目の案件は、アメリア殿たちには調査チームの護衛兼、覚醒の魔法陣の被験者として同行して頂けるということで、感謝申し上げます。日程などについては改めてご相談させて頂きたく思います」
パチパチパチと高官たちから拍手される。出来レースだ。
拍手が止んだところで騎士団長が言った。
「あとノア殿、結界突破の魔法陣開発への参加は如何かな」
この流れで断れるはずもないじゃないか。
ほんとズルいですよ、これが貴方がたのやり口ですよね、とは言うまい。
かくして、俺、ノアは結界を突破する魔法陣の開発チームへの参加と、俺を含めたメンバーは神殿の調査チームの護衛兼被験者として同行することが決まってしまった。
何故ここまで買われているのかは判らない。うまく利用されている気もしなくはないが、国の命令なら無視は出来ない。それが我々の共通見解だった。