月曜日
「おはよー」
「香、おはよう!」
月曜日の朝、人ごみの中から改札をくぐってきた愛華と挨拶をした。
「遅くなってごめん!」
「いつものことでしょ?」
「えへへ確かに!」
愛華は一年生のころに席が隣になったことをきっかけに仲良くなった。どこか幼く感じる彼女は明るくて、打ち解けるのにそう時間はかからなかった。二年生でも同じクラスになったので電車は違えど、待ち合わせをして一緒に通学している。今日もこうやって他愛もない話をしながら学校に向かう。
チャイムが聞こえてきたと同時に担任が教室に入ってきた。
「では、朝のホームルームを始めます。今日は欠席者、遅刻者ともにいないですね。」
私達を担任している上西汐先生。先生は美人であるが、その美貌故に一部の女子生徒から妬まれている。それでもサバサバした性格のおかげかほとんどの生徒から人気だ。
「それでは今日も一日頑張りましょう。」
そういって教室を出ていった。
一時間目は古典だった。どうして昔はこんなにも恋を題材にしたものが多いのか、と疑問に思いながら授業を受けた。
(身分とか、家柄とか今はほとんど関係ないよな)
席が窓際なのを良いことに私は外を見てそんなことを思っていた。
・・・
お腹が空いて集中力が切れ始めたころ、お昼を知らせるチャイムが鳴った。
「かおりー、私今日はバレー部の会議があるからご飯食べたらすぐ部室行くね」
「そうなんだ、そういえばもうすぐ夏の大会だもんね。じゃあ早く食べちゃおうか」
バレー部に所属している愛華はたまに昼会議がある。ちなみに私はどの部活にも入っていない。二歳になる双子の面倒をみなければならないからだ。
「それじゃ、また後でね」
「うん、行ってらっしゃい」
愛華がいなくなり、特にすることもない。私は明日の英語の小テストを勉強しようと、カバンから英単語帳を出した。
「ねえ、霜月さん、今暇?」
声をかけられた方を見ると、上西先生だった。
「あ、はい」
「ちょっとホチキス止め手伝ってくれない?」
「いいですよ」
「ありがとう、助かるよ。それじゃあ、教員室に来て」
「わかりました。」
そう言って開けかけた単語帳をカバンにしまった。
今の三年生は私たちの代より生徒数が多いため、教室が一つ余っていた。だから教員室となっていて、二年生を担当している先生方の休憩室として使用されている。
先生が教員室のドアを開けると男子生徒が一人いた。
「一人じゃ大変だと思うから、冬理君にもお願いしてるの」
「そうなんですね」
(それを先に言えよ)
てっきり一人で作業するものだと思っていたので一気に面倒くさくなった。
(早く終わらせよう)
彼はすこし怯えた様子で私たちを見た。
(人見知りか?)
「冬理君、霜月さんにやり方教えてあげて。それじゃ、お願いね」
先生はそれだけ言ってすぐに教室を出た。
(うわ、気まず)
「どうやってするの?」
私はできる限り優しい声で聞いた。
「えっと右下にある番号順に並べて左上をホチキスで止めてください。」
か細い声で彼が言った。
「うん、わかった。ありがとう。」
やり方を聞いた私は冬理君の少し離れたところで作業をしようと思い、ホチキスとプリントを少しとって席に着いた。
(そういえば冬理君って下の名前なんだっけな、ていうかこの子下の名前で呼ばれたことあるのか)
模範的に着られた制服に少し目にかかった前髪。いかにも優等生って感じの見た目だ。
冬理君とは二年生で初めて同じクラスになった。始業式にクラスで自己紹介があったはずだが、人の名前を覚えるのが苦手な私はフルネームなんて全く覚えていない。覚える必要もないだろう。そんな風に思って手を動かした。紙がすれる音とホチキスの音だけが響いていた。
「はあー、やっと終わった」
時計を見ると作業を始めてから10分程たっていた。ふと冬理君のほうを見ると彼も終わったようだ。すると教室の扉が開いて、先生が帰ってきた。
「あ、終わった?本当に助かったよ。ありがとう。」
「いえ、お役に立てて良かったです。これ今度の校外学習のしおりですか?」
「そうよ。冬理君もありがとね。」
先生は彼のほうを見て微笑みかけた。彼はただ俯くだけで返答をしなかった。
「それじゃ、私はこれで」
私は完成したものを先生に渡して、教室を出た。
五時間目が始まるまであと五分。自分の教室に戻ると愛華が部室から帰ってきていた。
「あ!香、どこいたの?」
「先生にホチキス止め手伝ってって言われてさ、教員室にいた」
「そうだったの。一人で?」
「いや、冬理君もいたよ」
「え、冬理って冬理虎?」
(そんな名前だったのか)
「うん、名前知ってるんだ」
「さすがに知ってるよ、同じクラスだし。でも結構影薄いし、いじめられてるらしいよ」
「へえー、いじめられてるとこ見たことないけど。」
「それは香があんまり周りを見てないからだよ。まあ、今の子のいじめって陰湿だし仕方ないか」
何かに納得したように愛華は言った。
「ねえ、愛華」
「ん?」
「上西先生って美人だよね」
「何急に?うーん、美人なんじゃない」
「そうだよね、私もそう思う」
変なの、と言って愛華は自分の席についた。
美人には裏があるって誰かが言ってた。私もそう思う。だって、あの時冬理虎君に微笑気かけた先生の顔は女だった。あの二人には何かがある。私は新しいおもちゃを見つけたかのようにわくわくしていた。そのあとの授業は、口角が上がるのを抑えるのに必死だった。