薔薇 3
「おかしいです……。学院生活ってこういうものだったんですか? 皆が皆パートナーパートナーって、もう疲れちゃいましたよ……」
夜だった。
ローゼはぐったりしながら、寮の食堂で夕食をとっている。
「そりゃ今はパートナー登録期間だからね。皆躍起になっていい相手を探してるわけだ。もてる人間は大変だな」
その隣に座るのはローゼと同様新入生で彼女の友人である、リーザ・フォン・ライモンド。
ブランシュ領の隣、小さな領地を治めるライモンド男爵家の末娘で、ローゼとは幼い頃から交流があった。
彼女は上に兄を四人も持っており、両親にとっては念願の娘だったのだが、兄たちの影響の方が強く、非常にさばさばとした性格で、女性らしさより男性っぽさを醸し出している。
そんなところが逆にローゼと合って、縁がずっと続いているのだった。
「……そんな他人事みたいに……」
「だって他人事だし」
じとりと見つめても、友人はけろりと返すばかりだ。
そろそろ入学して一ヶ月が経とうとしていて、パートナー登録期間も終わりに近付いている。
ローゼはこれまで何人もの男子生徒に申し込みをされているのだが、この日申し込みしてきた相手が非常にしつこく、今は殊更うんざりしているのだった。
「……宮廷楽団を目指す人間が集まるのがこの学院でしょう。演奏が上手い人に声をかければいいのに、どうして私なんですか……」
「そりゃ全員が全員宮廷楽団を目指してるわけじゃないからね。国の学校を出たって言えばそれだけで箔がつく。あんただって、別に宮廷楽団に入りたいなんて思ってないっしょ」
「う……」
「で、音楽はそこそこで済ませようって連中は、腕はそんなに問わないし、むしろ美人でいいとこのお嬢さんであるあんたを標的にするってわけだね。卒業後の諸々も兼ねて」
「ちっとも嬉しくない見解をありがとうございます……」
ぐったりと溜め息を吐いたローゼに、さすがに哀れな感想をもよおしたのか、リーザは幾分同情気味に言った。
「でもま、今日は確かに相手が悪かったと思うよ。災難だったな。まさかいまだにローゼの男運の悪さが発揮されているとは……」
「それは私慰められてないですよね……?」
友人曰く、ローゼは男運が悪い、らしいが、それをローゼも積極的に否定できなかった。
幼い頃からローゼは持てはやされることが多かったのだが、彼女を普通の貴族女性と同様に考えている男性は多く、ローゼが剣を振るえば、その迫力に話が違うとばかり去っていった。
そんな、「クンストの剣」がいかなるものかも理解していない人間などこちらから願い下げだが、そんな人間ばかりが次々と現れて来るのである。
かと思えば、「そのおみ足で私めを是非……」などと頭を差し出してくる変態もいて、そんな輩はブランシュ家の見習いに、試合相手という名の生贄としてくれてやったが、一体何を求めてくれているのかと肩を落とすばかりだ。
――その上良い男はモーリッツ卿を超えるなんて決意して彼の弟子になるのはいいけど、そうするとモーリッツ卿にも心酔しちゃってますますローゼに近付けない、なんてことになるんだよなぁ……。モーリッツ卿も狙ってるわけじゃないのに虫除けしてるんだからすごい。ホントにくだらない輩は見習いも合わせて皆で裏で始末してるみたいだし……。
友人がそんなことを考えているなどローゼは知る由もなく、溜め息を吐くばかりだ。
「ああ、でも今度は良いのもいたよね。ライナルト・アイゲン。今からでもイエスの返事してあげれば?」
「え……っ」
何故か動揺してしまい、ローゼは顔を上げた。
「断られてもずっと会いに来てるみたいだし、本気の証じゃない。ローゼもなんだかんだずっと彼の話ばっかりだし。そんなに嫌ってわけじゃないんでしょ?」
「か、彼の話が多くなるのは毎日のように出没してくるからで……、他意があるわけではなくて……、それに断っても断っても来るなんて、いつものドMの変態なのかもしれないじゃないですか!」
慌てたように、ローゼはライナルトに変態の容疑をかけた。
そう、ローゼはライナルトの最初の申し出を断った。
しかし、その後もライナルトは懲りずにローゼの前に現れてくるのである。
それは最初のように調理部の活動中だったり(クッキー等作ったものは惜しげもなくライナルトに進呈された。他の部員たちによって)、その帰りに寮まで共に帰ったり(ライナルトは聞き上手の話し上手でわりと話が弾んだ)、練習室でローゼが四苦八苦している時だったり(押しつけがましくなくライナルトはローゼの演奏にアドバイスをくれた)、寮の談話室や図書館で勉強している時だったり(やはりライナルトは良いアドバイザーだった)、寮の裏手で身体を動かしている時だったり(他の男のように引くどころか賞賛された)、こうして食事している時だったり……。
少しすれば飽きるだろうと思っていたが、それもなく、どんなローゼを見ても他の男たちのように期待外れだなどという言葉は口にしない。
いつだって楽しそうに、ローゼの側にいる。
――信じても、いいのだろうか……。
ローゼはそう思い始めていた。
今までの経験から、そう簡単にはできそうにないけれど。
それに、ライナルトの言葉を信じるとしても、彼の申し出にイエスと頷くかどうかはまた別の話なのだ。
あの時は、信じられないと半ば勢いで首を振った。けれど、ライナルトがローゼのことを知ろうとしてくれたように、ローゼもライナルトと同じ時を過ごすことで彼のことを知った。
知って、嫌いになった、ということはなかった。むしろ好ましいと感じている。友人として共に過ごす時間は楽しいと。
だからと言って、ライナルトが先日告白してくれたように、彼のことが「好き」なのかというと――、正直、分からないのだった。
動揺を隠しきれないローゼに、
「……まあ、一歩間違えばストーカーって言われてもおかしくはないわけだけど……、それにしても……」
ぼそりと呟きながら、リーザはふと気がつくことがあって目を丸くし、次いで人の悪い笑みを浮かべた。
「うん、元とはいえ皇子様に堂々とそんな形容するなんて、さすがだよローゼ」
リーザはぽんと軽くローゼの肩を叩き、ローゼの後ろを指差す。
「何です、か……!?」
つられるように後ろを振り返ったローゼは、後ろにその当人――ライナルトの姿を認めて固まった。
どうやらライナルトはローゼの言葉を聞いていたらしいが、気を悪くした風もなく、むしろくつくつと楽しそうに笑っている。
「ら、ライナルト、いつから――」
「いや、ちょうど食べ終えて帰ろうとした時にお前を見かけてな。私はドMではないと思うのだが――、お前の尻になら敷かれてもいいと思うのだから、少しはその気があるのかな」
「そ、それは、その……っ」
ライナルトの口からその単語が発せられると、少しばかり違和感がある。
何とも弁解のしようがないローゼは、結局こう言い放って、後悔した。
「わ……私はそんなドSじゃないですよ!」
隣でリーザが思い切りよくふき出す。
ローゼはそんな友人を横目で睨んだ。
「……これは、私はもう一度振られてしまったということかな?」
首を傾げるように呟いたライナルトの言葉にしかし、ローゼはまた心をかき乱されて。
「――こう見えてローゼは初心なんですよ。何度振られてもめげずに頑張ってみて下さい」
そんなローゼをフォローするかのように、リーザは笑いを堪えながらライナルトに言った。
さすがの彼女も、ライナルトの前で素のまま話し続けるのは難しいらしく、一応それなりに丁寧な態度である。
「リーザ・フォン・ライモンドか。挨拶もせずにすまなかったな」
「いいえー。こちらこそお邪魔様ですみません。でも、よく私のことをご存じでしたね」
「お前はよくローゼといるからな。確かライモンド領はブランシュ領とも隣接関係にあるし、付き合いも古いのだろう? ローゼにもっと訴えかけるにはどんな手段が有効だろうか」
「そうですね、先輩はそのまんまでいいと思いますよ。下手に装ったりすると、斬って捨てられちゃいますから。努力してればきっとその内認めてもらえるんじゃないかと思います。何年かかるかは分かりませんけど、ローゼは一生懸命努力する人が好きですから」
「本人の前で何を話していやがりますか!」
顔を紅潮させて、ローゼはその会話を中断させた。
「リーザはもう黙っていてください。ライナルトも、変なこと聞かないで下さいよ。しかもこんな場所で!」
ローザは友人をもう一度きっと見据え、同じようにライナルトを上目遣いに睨んだ。
「そうだな、すまない」
素直に謝ってきたライナルトに、ローゼは少し拍子抜けする。
けれど次の瞬間、再び動悸が跳ねた。
「……顔色が少し悪いように思ったが、元気そうだな」
まるで、気遣うようにそっと、頬にライナルトの手が添えられたから。
「……ラ、」
口を開きかけたローゼだったが、その前にライナルトがからかうようにこう言った。
「それでは、この続きはまた今度お願いしよう」
「私はいつでもいいですよー」
先ほどから面白そうな表情を隠しもしないリーザが、笑顔で返す。
「リーザ! ライナルト!」
「じゃあまたな、二人とも」
声を上げたローゼにも微笑を崩さず、ライナルトは去っていった。
ローゼは憤慨したように頬を膨らませてその背を見送り、ぼやく。
「もう、一体何しに来たんですかあの人は……」
「何って、そりゃああんたと少しでも話したかったんだよ。それにローゼ、さっきまで落ち込んでたから、傍から見てて心配になったんじゃない?」
「……」
黙り込んだローゼを、人の悪い笑みでリーザは見つめた。
「やっぱり良いじゃない、彼。OKしてあげればいいのに」
「……良いと言うなら、あなたが組めばどうですか」
「あの人が望んでるのはローゼじゃん。それに、私は今回自分では選ばないって言ってあるっしょ。全てを天に任せてみる。その方が面白そうだし。余りものには福があるってね」
きっぱりと、リーザはそう言って。
「大体ローゼは、それでいいわけ? 私とか、他の相手が彼と組んでも?」
「……!」
突き付けられた言葉に、思わずローゼは息を呑んでしまった。
何故か返す言葉が見つからない。
別に構わない、その方がローゼにとっては気の休まる話のはずなのに。
「……ま、いざとなったら私はフリーだし、良い相手が見つからなかったらパートナー登録してもいいからさ。ゆっくり考えてみなよ」
「ありがとう、ございます」
どこか固い表情ながら、ローゼは微笑した。
「じゃ、食べ終わったし、課題もあるから先に部屋に戻るよ。おやすみ」
「おやすみなさい」
リーザは励ますようにローゼの肩を叩き、席を立つ。
――何年も、はいらないみたいだな。
去り際、そう心の中で呟いて、悩ましげな友人の後ろ姿から目をそらした。
「ローゼ・フォン・ブランシュ?」
呼びかけられて、ローゼはくるりと振り向いた。
九月最後の休日の朝。
街に出て済まさなければならない用事もあり、また散策をしたいというのもあり、ローゼは歩きやすい私服で寮の玄関をくぐろうとしていたところだった。
「おはよう」
振り向いたローゼの目に映ったのは、眩いまでの美貌の主。
学院の生徒会長であるディルク・アイゲンが、ローゼに向かって爽やかに笑いかけていた。
「ええと……、おはようございます」
挨拶を返したものの、ローゼは戸惑いを隠せない。
彼の顔は当然知っていたが、こうして直接顔を合わせて言葉を交わすのは初めてだったからだ。
「突然すまない。驚かせたか?」
「いえ……。ですけど、何かご用が?」
「用、というわけでもないが、最近ライナルトからよくお前の話を聞くので、一度話をしてみたいと思っていたんだ。俺もちょうど外に出るところなんだが、校門まで一緒でも構わないだろうか?」
「ええ……、もちろん」
特に断る理由もない。ローゼは頷き、ディルクと共に寮を出た。
だが、実際のところ、ローゼの内心はあまり穏やかでない。
ディルクと言えばライナルトの異母兄弟で、元皇族。
ここで出会う前のライナルトと同様、宮殿や式典で何度か近付くことはあったが、深入りすることもなかった相手だ。
ライナルトと同様に、いやおそらくそれ以上に、生徒たちからの信頼厚く、誰からも慕われる存在。
だからといって必要以上に恐れ入るような性格ではなかったが、確かにこうして近くにいると、その存在感はますます圧倒的なように思われた。
それに、とローゼはディルクを窺いながら、心の中で呟く。
遠くから見て思っていたよりも、ディルクとライナルトは似通った容貌をしていた。
そのことが何故か、今のローゼの心を揺らす。
そして何より、「ライナルトからよく話を聞く」というディルクの言葉に、ローゼの心はざわついていた。
一体ライナルトはディルクにどんな話をしたのだろう……。
「これから街で、買い物か?」
しかし、ローゼの内心の思いとは関係なく、ディルクが口にしたのは初対面の相手同士にはふさわしい、他愛ないことだった。
「ええ……。手紙も出したいですし、まだまだ慣れたとは言えませんから、もっと街を色々見てみたいんです」
「それはいいな。俺は今から演奏会だ」
「え……」
さらりと言われた言葉にローゼは驚き、ディルクの手元のヴァイオリンケースに納得した。
「聴きに、ではなくて演奏しに、行かれるんですね」
「ああ。後援者からの呼び出しでな」
学院の生徒でも、演奏会に呼ばれるような機会はそうはないだろう。
それを至極当然のように口にするディルクは、別世界の人間のように思われた。
「……ライナルトは一緒ではないのですか?」
「あいつはあまり大勢の前で演奏するのが好きではないらしいから」
「そうなんですか?」
それは新事実だ。学院に入学して、成績も優秀と謳われているのに、人前で演奏するのが好きではない、とは……。
「意外か?」
「そう、ですね。意外なような、意外でもないような……」
確かに、ライナルトには表で大々的に活躍するような印象は乏しい。
それにより当てはまるのはディルクの方だろう。
二人は共に見かける機会も多く、述べられる際もその名が並ぶことの方が多いが、ディルクが表でライナルトが裏という形で捉えられているように思う。
ライナルトがそうであることを望んでいるから、そうなのかもしれない。
だが、それならばどうしてこの学院に入学したのだろう……。
「それに、あいつは街を散策する方が好きらしい。ここに入学してからは頻繁に外出しているからな」
「それは、正直意外です」
「実を言うと俺もだ」
ディルクの同意にローゼは笑い、二人は笑みを交わし合った。
だがそう言われてみれば、入学してライナルトと出会ったのも街の中だったのだ。
「ディルク……、も一緒にでかけることが多いんですか?」
呼び捨てに躊躇を覚えたが、他の呼び方には違和感があるし、殿下とは最早呼べない。それを望むディルクでもないだろう。
ローゼは窺うようにディルクを見上げたが、彼は特に気にした風もなく答えた。
「いや、俺も散策は好きだが、そう頻繁には、な。なるべく音楽に集中していたいし、俺は目的を持って街に出る……、あいつは目的を探しに外に出ているからな」
それはどういう意味か、と尋ねることは容易だったが、この時は深く聞けずに、ローゼは別のことを口にする。
「それじゃあ……、休日、二人は別々に過ごされることが多いのですか? 学院で見かける時はだいたい二人でいるので、何だか不思議な気もしますが」
「そんなにいつも一緒にいるか? いや、まあ、確かに否定はできないか……。寮の部屋も一緒だし、生徒会役員なのも一緒だしな。だがお前に会いに行く時はいつもライナルト一人だろう?」
「そういえば、そうですね……。こうして考えてみると、今まであなたとこうして話すこともなかった、というのが変な気がしてきました」
「……その理由は、至極単純だがな」
苦笑を浮かべるディルクを、ローゼは不思議そうに見やった。
「何です?」
「分からないか?」
「……」
意味深に問われ、ローゼは考えてみたが――。
至った答えは自意識過剰だ、と思われるもので、口には決してできそうになかった。
だが、もし的外れでないものなら……。
心臓が、大きく鳴り始めるのを、ローゼは感じた。
心なしか、顔が熱いような気がする。
いや、きっと気のせいだ、と思おうとして、ふとローゼは思い至った。
ディルクの言動からして、おそらくライナルトはローゼをパートナーにと望んでいることを――そしてそれには恋人としての意味も含まれているということを――彼に話している。
見つけた答えはローゼの勘違いかもしれないが、もしそれが正解なら、ディルクはそのことを、どう思っているのだろうか。
ローゼへの態度は自然で、気安く、嫌な感情は見当たらない。
しかしよくよく考えてみれば、ディルクとライナルトの付き合いは古く、去年二人はずっとパートナー同士だったのだ。
そこに突然ローゼが現れて、ライナルトはローゼに誘いをかけた、わけだが。
ディルクはそれをどう捉えたのだろうか。
「あの、ディルクは――」
「うん?」
これは聞いても良いことだろうか、ローゼは悩みながらも口にせずにはいられずに、聞いていた。
「ディルクは、今期のパートナーは……」
「探し中だ」
簡潔に答えてから、ディルクはローゼの懸念が分かってしまったのか、こう続けた。
「実を言うと前々からやりたいことがあって、良いピアニストを探しているのだが……、なかなか巡り合えなくてな」
「そう……なのですか」
「このまま見つからなければ、学院に交渉して特例を作ってもらおうかと考えている」
「特例、というと?」
「ああ。去年の俺たちの噂は、おそらくお前の耳にも届いているだろう。大体のことは本当で、色々大変だったわけなんだ」
ディルクはそう、小さな溜め息を漏らす。
「……それは、今私が遠くから見ているだけでも想像がつきます……」
ローゼは同情気味に呟き、ディルクは苦笑しつつ答えた。
「このままであれば、また同じようなことが起こる。だから、パートナーを作らなくとも良い、と言ってもらおうかとな」
「学院がそれを、認めますか?」
「認めざるを得ないだろう。去年の前例がある。何より、パートナー制度は協調性を養い、仲間を増やしてさらなる実力向上を目指して設けられた、とされている。パートナー制度を使わずとも、それらを達成していればいい……、と納得してもらうさ」
尤もらしくディルクが言えば、学院も否とは言わないか、とローゼは頷いた。
いや、むしろ組みたい相手が見つからないのであれば、混乱を防ぐために、それを喜んで受け入れるかもしれない。
「まあそれも、俺かライナルトか、片方だけが上手くいった場合の話だがな。互いに上手くいけばその相手と組めばいいし、上手くいかなければ、またあいつと組むことになるだろう」
淡々と続けられたディルクの言葉は、ローゼに気遣い無用と言っているかのようで、杞憂だったかとローゼは少し肩の力を抜いた。
「……いずれにせよ、ライナルトの選択肢はお前か俺か、誰も選ばないか、だ。だからもしパートナー登録期間が終わる前までにお前の心が決まらなくとも――、その後も、ゆっくりでいいからあいつのことを前向きに考えてやってくれると俺も嬉しい」
「ディルク――」
何と答えたものかとローゼが見上げる先で、ディルクは一度足を止める。
「……残念だが、今回はこれで時間切れだな」
話す間に、いつの間にか正門は目の前だった。
「今日のことは、ライナルトには秘密にしておいてくれ。二人きりでお前と話したとばれるとあいつが怒って、寮の部屋が寒くなる気がするんだ」
人差し指を口の前に立てて、冗談っぽくディルクは告げる。
何となく、寮の部屋で怒ったライナルトと肩を竦めるディルクが想像できて、ローゼはちょっと笑ってしまった。
「短い時間だったが話せて良かった。それじゃ、気をつけて」
「ディルクも。頑張ってください」
「ああ。良い休日を」
ディルクは笑って、颯爽と学院前に控えていた馬車に乗り込んでいった。
残されたローゼはその馬車が動き出すのを見送って、自分だけに聞こえる声で、意図せず、呟きを零す。
「――本当に、本気で、私を……?」
ライナルトの言葉を信じられない気持ちはなかなか払拭できなかった。
けれど、もしディルクの言葉がその通りなのならば――。
ローゼは火照る頬に気付かないふりで、誤魔化すように晴れやかな空を見上げる。
「今日は本当に、良い天気ですね……」
太陽が燦々と輝く、その下を、ローゼは街へ向けて、リズミカルに足を運んでいった。
どちらかというと、
二人でいる時はライナルトがSでローゼがMかな、
という気もしますが…。