二人 0
暗くなり、泉の館から寮の自室に戻ってきたテアは、ペンを片手に便せんに文字を綴っていた。
親愛なる私の「あしながおじさん」へ――
几帳面で丁寧な字だ。
テアは手紙の相手を「おじさん」と親しみを込めて呼んでいた。
「おじさん」は、テアがシューレ音楽学院で学ぶことができるように推薦状を書いてくれ、学費を出してくれている人だ。
だからテアは、彼を自分の「あしながおじさん」だと思っている。
ただ、「あしながおじさん」と言うが、小説の『あしながおじさん』の主人公のように、援助してくれている人の名前も顔も知らないということはない。
テアは、「おじさん」のことをよく知っていた。
前略
いかがお過ごしでしょうか。
私は、昨日、無事入学式を終えて、シューレ音楽学院に入学することができました。
学院はとても広く、まだまだ全てを把握しきれません。
昨日は講堂へ行く時にうっかり迷ってしまい、生徒会長に助けられました。
彼はとても美しい人で、カリスマ性があり、生徒みなに慕われています……。
書きかけたが、テアは我に返ってディルクに助けられたくだりを胸の内だけに収めた。
昨日は講堂へ行く時にうっかり迷ってしまいましたが、何とか入学式には間に合うことができました。
講堂も、他の建物もとても美しい建築で、見ていて飽きません。
寮の部屋も広くて綺麗で、とても驚きました。
驚いたと言えば、入学式と入寮式では今まで見たこともないような豪華な料理が出て、それにも驚かされました。
けれど、こんなことを言うと料理人の方に怒られてしまいそうですが、私はローゼの手料理の方が好きです。ローゼが学院に通い始めてから食べる機会は減ってしまったのですが、彼女の料理は本当に絶品なのです。学院ではローゼは調理部に入っていて、さらに料理の腕を磨いているようです……。
書きながら、子どもの作文のようだと思ったけれど、彼女は続けた。
ローゼとは寮で同室になることができました。
ローゼはしっかりしていて頼りになるのでとても心強いです。
私も彼女の力になることができればよいのですが……。
そう言えば、ローゼのパートナーについてはお話ししたことがありませんでしたね。
ローゼのパートナーは、学院の生徒会で副会長を務めているライナルト・アイゲンという男性です……。
そうして続けたライナルトの説明から、またディルクの名前が出そうになって、テアは慌てて軌道修正した。
そして今日は、早速初めての授業を受けてきました。
ここに来てから何もかもが私にとって初めてで、授業もとても興味深いものでした。
その中でも一番勉強になったのは、やはりエンジュ・サイガ先生の指導でした。
おじさんはもしかしたら会ったことがあるのかもしれませんが、サイガ先生が私のピアノの指導をしてくれることになったのです。
私はとても驚いて……、けれどとても嬉しかった。
世界で活躍しているピアニストに直に教えてもらえるということが、本当にあるなんて……。
学ぶことはきっと多すぎるくらいにありますね。これからとても楽しみです。
それから――、苦手だと思っていたダンスの授業で、新しい友人をつくることができました。彼は貴族なのですが、私を同じ学院の生徒として対等に見てくれたのです。これから少しずつでも、友人をつくっていけたら……。
今の状況では儚い希望だけれど。
テアは思いながら、続ける。
おじさんは、この学院に通っていた時、どんな風に過ごしていましたか?
今度よければ聞かせてください。
私は私なりに、ここで頑張っていきたいと思います。
おじさん、私がここにいられるのはあなたのおかげです。
本当に感謝しています。
またお手紙書きます。
少しずつ肌寒くなってきましたが、お身体に気をつけて。
草々
テアは読み返し、拙い文章に恥ずかしくなったけれど、これで送ってしまうことに決めた。
テアは手紙に慣れていない。
それでも「おじさん」は、いつもすぐにテアに手紙の返事をくれ、ありがとうと言ってくれる。
テア心をこめて宛先を記し、封をした。
これから、困難はたくさんあるだろうけれど。
――おじさん、私は頑張ります。あなたに追いつくためにも……。