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夜の灯火  作者: 隠居 彼方
第5楽章
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聖夜 3



学院祭明け、授業が再開された放課後。

泉の館では、生徒会役員と学院祭実行委員が集まり、反省会が開かれた。

反省会は実行委員長が上手く仕切り、滞りなく進んだ。

学院祭は二日とも、テアが閉じ込められた事件を除いては特に大きな問題はなく、順調であったため、会議が下手に長引くことはなかった。

そして、反省会の後は、誰もが楽しみにしていた打ち上げだ。

委員長が乾杯の音頭をとり、教師に咎められない程度に賑やかに、打ち上げはスタートした。

クンストでは成人は十八歳以上と定められおり、打ち上げでは当然のようにアルコールも出てきている。

ディルクは果実酒の入ったグラスを片手に、話しかけてくる生徒たちに愛想よく対応していたが、その内人の輪から外れて難しい表情になった。

そんなディルクに、同じように集まってくる人込みから抜け出したライナルトが近づいて行く。

「どうした、ディルク」

「……テアの――、例の事件のことを考えてしまってな」

賑わう中なのでライナルト以外の耳にディルクの声が届くことはおそらくなかっただろうが、ディルクはそれでも声を落として告げる。

「ああ……」

予想がついていたらしく、ライナルトは頷いて、談笑する生徒たちに視線を走らせた。

「おそらく、この中にいるのだろうからな……」

共犯者、もしくは黒幕が――。

「……できれば、こんな風に疑いたくはないのだが」

「仕方あるまい。状況が状況だ。一般生徒の可能性もあるが――いずれにせよ学内に共犯者がいることは間違いないだろう……」

それを思うと、誰と話をしていても、もしかしたらなどと考えてしまって、ディルクは表面で笑いながら、内心穏やかでいられなかったのだ。

こんな風に、同じ学び舎で学ぶ仲間を疑うのは、真っ直ぐな気性のディルクには特に苦痛だった。

それに、この中の誰かがまたテアを傷つけるのではないかと考えてしまうと、今すぐにテアが無事かどうか確認しに飛び出していきたくなるような、そんな衝動を覚えてしまうのだ。

「だが今、事件については学院長が動いてくれている。テアにはなるべく一人にならないよう、誰かと一緒にいるか、大勢の中にいるようにと、気をつけるように言ってあるし、お前がそんなに考えすぎることはない」

ライナルトはディルクの性質が分かっていて、宥めるようにそう言った。

今回の事件はテアが大げさにしたくないと訴えたこともあって、警察への届け出を行っていない。学院側としても、世間の信頼を損ねることとなるので、大っぴらにしたくなかったようだ。

だが、もちろん何の追及もしないわけはなく、学院長は独自に犯人捜索に力を傾けていた。そのため、犯人のことはいずれ明らかになるだろうと、ライナルトは考えている。

また、生徒の不安を煽らないようにするため、学院から生徒全員へ正式に事件のことが伝えられることはなかったが、教員には周知し、犯人が捕まるまではと警備の目も強化して、テアに関しては手出しができないよう配慮は既に終えている。

同時に、事件のことを知っている生徒たちには、他言しないようにと通達がなされた。それがなくとも、事件を知っている生徒たち――つまり学院祭実行委員は、事件について話したがる様子を見せていない。彼らも気付いているのだ。最も疑わしいのは自分たちであると。だから皆口を開かず、学院内で事件のことが表立って話されるような場面は、今のところ全く見られなかった。

「分かっているのだが、な……」

ライナルトが知っている事情は、ディルクとて当然分かっている。それでもやはり、深刻に考えてしまうのだ。

ライナルトは気遣うように、そんなディルクの肩に触れる。

よく似た二つの美貌が並ぶその光景は、まるで一枚の絵のようで、その場にいた者たちの目は自然とそこに集まっていったのだった。






次の日も授業は普段通り行われるので、打ち上げはそう遅くない時刻に終了した。

打ち上げで少し疲れてしまったディルクは、その片付けを手伝うつもりであったが、ライナルトに勧められ早めに寮に帰ることにする。

ライナルトは片付けの後反省会の資料をまとめてから戻るというので、ディルク一人だ。

親友には気遣われてばかりだと、ディルクは有り難く申し訳なく思いながら、暗い道を進んでいく。

「ディルク様――」

そんなディルクに、後ろから掛けられる声があった。

振り向くと、後ろから追い付いてきたのは、エッダ・フォン・オイレンベルクだ。

「もしよろしければ、少しだけお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

礼儀正しくエッダは頼み、ディルクは鷹揚に頷いた。

「ああ、構わないが……。どうかしたのか?」

「いえ……、あの、十二月の二十三日なのですが、もしディルク様のご都合がよろしければ、お誘いしたいところがありまして――」

「二十三日?」

ディルクは咄嗟にテアのことを思い出し表情を揺らしたが、それもほんの一瞬のことだった。

「……すまない。その日は既に予定が入ってしまっている。その日でないと駄目か?」

「いえ――」

気落ちしたように、エッダは眉を下げた。

実を言えば、エッダもロベルト・ベーレンス楽団の演奏会にディルクを誘いたかったのである。チケットも当然入手済みで、できれば二人きりで……、ということを考えていたのだ。

ディルクがロベルト・ベーレンスを誰よりも尊敬しているということはもちろん、エッダにとっては当然の知識だった。だから、ディルクに喜んでもらいたかったし、少しでもエッダに好感情を抱いてほしかったのだ。

だが、ディルクに既に予定があるというのなら、余計なことは言わない方が良いだろうと、彼女は判断した。下手に彼をがっかりさせたくはなかったのだ。

しつこくして迷惑だと思われるのも嫌だったし、何よりも、スマートでない反応はプライドが邪魔をしてできない。

だが、この時の彼女の判断は、バッドではなかっただろうが、ベストでもなかった。もしこの時彼女がディルクの予定の内容を聞いていたならば、また違った選択肢をとることができただろうから。

彼女は慎ましやかに首を振り、告げた。気持ちのまま、あまりにも落胆した様子を見せてしまえば、それもディルクに気を遣わせると分かっていたから、微笑みさえ浮かべて。

「どうしてもというわけではありませんので……。申し訳ありません、気になさらないでください。その――」

エッダは上手く取り繕う。

「今度の生徒会選挙で立候補しようと考えていて、できれば相談に乗っていただければと……」

「ああ」

ディルクは、エッダのこうした積極性を好ましいと感じていた。

それが、ディルクに近付きたいがための彼女の手段であるとは、もちろん分かっていない。

けれどもし分かっていたとしても、彼はエッダの行動力を認めるに吝かではないだろう。

ディルクやテアに向けるエッダの感情と、それによる行動がどんなものであったとしても、エッダの一生懸命さと有能さが本物であることには間違いがなかった。

「お前が役員になってくれれば心強い。俺でよければいつでも相談に乗ろう。二十三日は無理だが……、選挙まではまだ時間もある。今度また、ゆっくりできる時に、話をしよう」

「はい! ありがとうございます」

ディルクの「心強い」という言葉が、エッダを笑顔にした。

「お引き留めしてしまい、すみませんでした。ではまた次の機会にお願いします。おやすみなさい」

「ああ。帰りは気をつけてな。おやすみ」

エッダは寮生ではなく、自宅――というより、学院近くにあるオイレンベルク家の別荘から、馬車でここに通っている。

オイレンベルク家の領地は首都の隣の街であり、本邸はそこにあるのだが、そこから学院に通うには時間がかかりすぎるのだ。

ディルクと別れると彼女は、侍女を従えて校門の方へ向かった。

ディルクとほんの少しでも言葉を交わせたことが、エッダの心を浮き立たせ、彼女を少女のようにも見せている。

ディルクと演奏会に行けないことは残念であるが、ディルクがエッダだけに微笑んでくれたから、それだけでエッダは報われるような気持ちがした。

もちろん、もっとディルクと同じ時間を過ごしたいとも思っているのだが、他の女性のようにただディルクに纏わりつくのは違う、と彼女は分かっているのだ。

何より、ディルクと話して彼女が持っていた懸念が晴れた。

テアを閉じ込めた事件のことで、ディルクに疑われてしまうことを、エッダは恐れていたのだ。

だが一見してディルクは普通に見えたし、エッダに対して含むところはないようだった。どうやら自分は容疑者の圏外にいるらしい、とエッダは判断する。実行犯が捕まったとしてもエッダまで容疑者とされることはまずないだろうから、不安になることはないのだが、ディルクに不審の目で見られるのは何よりも嫌なことだった。

けれど、ディルクは疑っていないわけではなく、ただ誰をも疑いたくないだけなのだ。

それを知らない彼女は思った。このままピアノも生徒会選挙も真面目に努力して取り組みアピールを続ければ、ディルクの気持ちを引き付けることもできるだろう、と。

――後の問題は、ただ、テア・ベーレンスだけ……。

そう、テア・ベーレンスさえ、いなくなれば。

優雅に歩くエッダの瞳には、嫉妬と憎しみの焔が揺れていた。




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