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夜の灯火  作者: 隠居 彼方
第5楽章
33/135

聖夜 1



眠りから覚めたテアは、ゆっくりと瞼を開いた。

外はまだ薄暗く、布団から出れば寒さで思わず肩が震える。

冬を感じさせる、朝だった。

時計を確認すれば、起床予定よりも早い。

しかし二度寝する気は起きず、さて今日はどのように過ごそうかと、ベッドの上、上半身を起こしたテアは考える。

学院祭が終わってから、既に二日。

通常であれば平日である今日は授業があるのだが、学院祭が休日の開催だったため、また休息の必要もあるということで、今日は一日臨時の休日なのだ。

昨日は学院祭の片付けが行われ、生徒会役員であるディルクやライナルトはもちろん、部活で出店していたローゼも一日後片づけに追われていた。テアはコンサートには参加したものの、模擬店などには関わっておらず、特にやることがなかったので、昨日もほとんど休みの状態で、気兼ねなく練習室を独占していた。

――今日は久しぶりに朝からローゼと身体を動かして……、その後ピアノの練習をしましょう。あとは……。

考えて、テアはふと自分の机に目を向けた。

そこには、一通の手紙が置かれている。

テアの「あしながおじさん」からの手紙だ。

学院祭のコンサートにテアの演奏を聴きに来てくれた「おじさん」が、残していってくれた手紙。

その中に、五枚、「あしながおじさん」の演奏会のチケットが同封されていた。

友人たちを誘って来てくれたら嬉しい――、というのが、それについての「おじさん」の言葉だ。

おそらく、テアがこれまで手紙に登場させた、ローゼ、ディルク、ライナルト、フリッツ、この四人を誘うことを考えてこの枚数なのだろう。

早速昨日のこと、まずテアはローゼに声をかけていた。


『ロベルト・ベーレンス楽団のコンサート!? しかもこんな良い席……。いいんですか、本当に』

テアからチケットを見せられたローゼは、驚愕の表情を見せた。

「あしながおじさん」を快く思わないローゼがそこまで喜び驚くとは思わなかったので、テアの方が少々面食らってしまったくらいだ。

だが、そう、「あしながおじさん」が送ってくれたチケットは、ロベルト・ベーレンス楽団の演奏会のもので、そのビッグネームにローゼが驚くのも当然といえば当然だった。

『せっかく頂いたものですから……。ローゼが一緒でしたら、私も嬉しいですし』

『ありがとうございます、テア! とても楽しみです。でも、すごいですね、ロベルト楽団のコンサートチケットを五枚も送ってくださるなんて。他のコンサートと比べたら彼のところはいつもリーズナブルですけど、だからこそすぐに売り切れちゃうんですよ』

ローゼはおじさんのことをいくらか見直すように、テアに尋ねた。

『もしかして……、テアの「あしながおじさん」、って……、ロベルト・ベーレンス縁の人なんですか? テアがここに来てベーレンス姓を使い始めたのは学院長の余計な気の回し方だと思っていたのですが――』

実は、学院に入学するまで、テアはただの「テア」だった。姓など持っていなかったし、持たないものは使えない。母カティアは実家の姓を捨てていたし、父親の姓を名乗るのは父の身を危険に晒すことだったので、カティアもただの「カティア」だったのだ。

だから、テアが入学に際してテア・ベーレンスと名乗り始めたことに対し、ローゼは最初、少々違和感を覚えていたものである。何故「ベーレンス」なのかとローゼは尋ねたが、テアは曖昧に笑って答えなかった。

そのためローゼは、テアと同じように特別入学を果たしたロベルト・ベーレンスから借りて、テアがそう名乗るように、誰かが――例えば学院長やテアの後援者が――書類上の手続きを済ませたのではないかと考えたのである。ロベルト・ベーレンスは逆境に負けず大物になった人物であるから、それにあやかることを考えてもおかしくない、と。

その時テアはローゼに尋ねられ、わずかに困った表情になったが、結局素直に答えた。

『はい、実を言うと……、おじさんはロベルト・ベーレンスの楽団の一員なんです。その関係で、今回のチケットと、それに私が学院で使うための姓も――』

『そうだったんですね。それなら早く言ってくれれば良かったのに……』

『この学院でロベルト・ベーレンスは難しい立場みたいですから……。少し言いづらくて……』

『そんなの、気にすることありませんよ。ディルクだって、学院新聞のインタビューで一番尊敬する音楽家はロベルトだって答えてましたから』

『え……っ』

テアの瞳は嬉しい驚きに輝いた。

『ディルクが?』

『ええ。あの新聞、確か去年の選挙後に発行されたもので……、ライナルトのインタビュー記事も載っていたので、確かどこかにとっておいたはずですよ』

ローゼはごそごそと机の引き出しからその新聞を掘り出し、テアに渡した。

そこには確かに、ディルクが尊敬する音楽家について「ロベルト・ベーレンス」である、と印字されている。

『そうだったんですね……』

『ディルクも演奏会に誘うんでしょう? 色々話してみたらどうです?』

ローゼはにこりと笑ったが、テアは躊躇う様子を見せた。

『お誘いして、迷惑にならないでしょうか……』

ディルクの多忙さを鑑みるテアに、ローゼは呆れたように腰に手を当てる。

『何を言ってるんですか。私でこれだけ喜んでいるのですから、彼のファンであるディルクなんかもう狂喜乱舞するに決まっています』

何よりテアが誘うなら、迷惑どころかそれだけで彼は喜ぶだろう。

『狂喜乱舞するディルクは……あまり想像できませんが』

言いながらも、ローゼの言葉にテアは笑みを見せて、続けた。

『そうですね……。次会った時に、誘ってみます』


そんな自身の言葉を思い出しながら、今日はディルクに会えるだろうかとテアは思う。

彼がチケットを受け取ってくれるようにと考えて、テアは今度こそベッドから離れた。





学院祭明けの休日、久しぶりにのんびりと起床したディルクは、日課のジョギングを終えて朝食をとった後、図書館へ向かおうと部屋を出た。

ゆっくりと眠って学院祭の疲れはとれたようだと思いながら、彼は廊下を歩いていく。

太陽が地上に顔を出して大分時間は経っていたものの、寮はまだ静かだ。

多くの寮生たちは、疲れのせいだろう、まだぐっすりと眠っているようだ。

昨晩、片付けの後、打ち上げをする面々も多くいたようだから、そのせいかもしれない。

それにしても、こんな風に、ゆったりとした気持ちで迎えられる朝もいいものだとディルクは思う。

多くの役職を持つ彼は様々な仕事に追われていることが多く、朝起きてはその日やらなければならないことを考え、一日をその通り多忙に終える、というのがほとんどなのだ。

しかし今日は、特にやり残している課題もない。明日には学院祭の反省会が行われるが、その際必要となる資料は昨日のうちに仕上げてしまった。学業や仕事とは別にやりたいことも多いが、それも今急いでやらなければならない、というわけではない。

久しぶりに読みたかった本でも読んでのんびり過ごすのも悪くないと、ディルクは図書館へ足を向けたのだった。

――もしかしたら、テアもいるかもしれないし、な……。

そんな思惑も持って。

特に何かテアに用事があるというわけではないが、ただ、顔が見たい、会いたい、と思ったのだ。

そういうわけで、寮から出ていこうとしたディルクだが、そこで親友の姿を認め、足を止めた。

ディルクがジョギングから部屋に戻った時既にいなかったので、どこかに出かけたのかと思っていたのだが、寮生はあまり利用しない奥まったところにある倉庫のドアにもたれて、その正面にある裏口のドアのガラス越しに外を見ているようだ。

「ライナルト」

声をかけると、ライナルトは顔をディルクの方へ向け、片手を上げてみせた。

「ディルク、いいところに来たな。良いものが見れるぞ」

「良いもの……?」

ライナルトに誘われるまま、ディルクは彼の元に近づいた。

このドアの向こうは寮の裏手になる。生徒はあまり近づかないが、管理人がこっそり畑をつくったり園芸をしているのをディルクは知っていた。

綺麗な花でも咲いているのかと思いながらライナルトの隣まで行き、ディルクは目を見張った。

「テア――」

そして、テアに向き合うローゼの二人が、そこにいた。

二人は動きやすい服装になり、激しくその身体を動かしている。

テアはいつもの眼鏡を外していた。

その手にあるのは、木の棒だ。怪我をしないようにか、布が巻きつけてある。

二人は剣に見立てたその棒を巧みに動かし、稽古をしているようだった。

「さすがモーリッツ卿に育てられた二人、だな。見事な型だ」

「ああ――」

ライナルトのその言葉に、ディルクは感嘆するように頷く。

二人が剣を交える姿は流麗で、髪の色からテアの姿は流れる水や風を連想させたし、ローゼは燃え立つ炎のようだ。

真剣な二人の眼差しには気迫があり、それがとても、美しく感じられる。

「テアがこれほどとは意外だったが……。あの扉を壊したというのも頷けるというものだな」

「そう、だな……」

半ば上の空で、ディルクは返事をした。

出会ってからこれまで、テアには驚かされてばかりいるような気がする。そう、彼はテアから一時も目を離さずに思った。

様々な表情を、様々な一面を見せられて、おそらく、その度に……。

そんな、どこかいつもとは違う様子のディルクに、ライナルトはわずかに首を傾げたが、外のローゼたちが剣の打ち合いを止めたのを認め、ドアの取っ手に手をかけた。

「ディルク、行かないか」

「あ、ああ……」

物思いから覚め、ディルクはライナルトに続いた。

ドアの開く音に、ローゼもテアもすぐに気付いて、二人の方へ振り向く。

「ライナルト」「ディルク……」

ローゼは笑顔になり、テアはわずかに目を丸くして、互いのパートナーを見つめた。

「おはよう。休みだというのに、稽古か」

「休みだから、ですよ。こういう時でもないと、テアには付き合ってもらえないじゃないですか」

ローゼはタオルで汗を拭いながら、さっぱりとした笑顔でライナルトに答える。

一方ディルクは、律儀に丁寧に朝の挨拶をしてくるテアに近付いた。

「おはよう。お前も……、剣を扱ったりするのだな。少し驚いたよ」

「ええ。けれど、私は本当にちょっと習ったくらいで……。ピアノのこともありますから、ローゼにはいつも手加減してもらっています」

「私は年季が違いますから。手加減できない方が困ります。でもテアは訓練生の誰より俊敏ですから、良い相手なんです」

テアが素早いというのは、ディルクにとってもライナルトにとっても意外さを禁じ得ないことであったが、先ほどの様子を見た後であったので、ローゼの言葉に頷いた。

「そうだ、もし時間があるなら、ライナルトも少し身体を動かしませんか? 今までなかなか機会がなかったのですが、一度やってみたかったんですよね」

好戦的な様子で、ローゼは瞳を輝かせながら提案する。

「お前と、か」

ライナルトは複雑そうな顔になったが、ローゼの目に押されて、やがて頷いた。

「だが、軽くで頼む。お前相手だとつい本気になってしまいそうだ」

「何を仰います。それでは楽しくありませんよ」

「……万が一にも、お前に怪我をさせたくはないのだが?」

「そんなヘマは致しません」

ローゼはライナルトにテアが持っていた棒を渡し、早速攻撃をしかけた。

ライナルトは軽い動作でそれをかわし、逆にローゼの横を狙うが、それをローゼも最小限の動きで避ける。

テアとディルクは、そんな二人から少し遠ざかり、二人が剣を交えるのを見ていた。

「ローゼは……、当然のことなのだろうが、さすがだな」

「ライナルトも隙がありませんね。――ライナルトも、ディルクも、やはり幼い頃から剣術等学んでいらしたのですか?」

「ああ。一応一通りの武術は習わされたな。戦争も国際状況を見る限り当面起こらぬだろうし、今の俺たちには最早必要のないものだと……、思いたいが」

不用意な質問だっただろうか、とテアはディルクを窺った。

ディルクたちはフォン・シーレという姓を捨てたことからも分かるように、昔の自分たちの身分に関してあまり良い思いを抱いていないらしい。

それを思い出させてしまったかと、テアは己の発言に後悔を覚えた。

だが、ディルクはそんなテアに穏やかな眼差しを向ける。

テアの気遣うような視線に、その理由を知って。

「……知っていたのか、アイゲンの意味を」

ライナルトから、テアはそのことを知らないらしい、と聞いていた。

けれど、どうやらテアはそれをいつの間にか知ったようだ。

誰かからそれを聞くことがあるかもしれないとは、もちろん考えていたことだった。

その前に自分の口からテアに告げるべきだとディルクは思っていたが、結局言わずにここまできてしまったのは、それを告げることでテアの態度が変わってしまったり、自分たちの関係が変わってしまうのではないかと、それを恐れたからだった。

しかしテアは出会ってから何も変わらないまま、こうしてディルクを真っ直ぐに見つめ返してくれる。

「はい……。すみません……」

「お前が謝ることはない。俺の方こそ、何も言わないままですまなかった」

「いいえ。誰しも、言いたくないことや言えないことはありますから……」

誰よりも、テアはそれを分かっていた。

「……だが、その過去のせいで、身近な人間を傷つけてしまう可能性もある。この学院にいる限りは安全だとは思うが、一昨日のようなこともあるし、本来なら事情をきちんと説明しておくべきだったんだ」

「……それでも、」

淡々と言葉にするディルクが、自分自分を責めていると分かったテアは、そうさせたくないと思って口を開く。

「今のあなたは私と同じ場所に立っています。……私たちはシューレ音楽学院の生徒です。ただそれだけです。そして少なくともここにいる間は身分は関係ない。だから、あなたが身分のことを口にしないのは普通のことであり、謝る必要などないことです」

ディルクは強く見上げてくるテアの視線を受け止め、無意識にテアの方に手を伸ばしていた。

――どうして、お前はいつでもそう――

「ありがとう……」

囁くディルクはテアの頬に手を添えて。

ディルクは、眩暈のようなものを覚えた。

先日の後夜祭の光景が思い出され、鮮明に脳裏に浮かぶ。

テアの涙、美しく切ないその光景が……。

あの時の感情は、一時のものでもまやかしでもない、とディルクはそれを強く自覚した。

そして、あの時には近づけなかった大切なものに触れ、さらに想いを深くするのだ。

振り払われず、拒まれないことが嬉しく、心が歓喜の声を上げる。

しかしディルクは一昨日の涙が既にないことを確かめるように、そっとテアの目尻に親指を走らせて、すぐに手のひらを離した。

そのまま、それ以上の行為に及ぶことを、まるで恐れるかのように。

テアは、その、何となくいつもと違う様子のディルクにどぎまぎとして、顔に熱を覚えたが、やがてディルクに話したいことがあったのだと、それを思い出した。

「あの、ディルク、話は変わるのですが――」

「なんだ?」

「え……っと、その……」

目元を和らげたディルクに、テアはぎこちなく俯く。

どうしてこんなにも、コンサートに誘うというだけで緊張してしまうのか、と思う。

――おそらく……、私は、怖いのだ。断られることが……。その時にディルクに謝らせてしまうことが、嫌なのだ……。

いつも優しいと感じられるディルクの態度が、いつもより増して優しく柔らかだと感じられることが余計に、怖いと感じる心を増長させているような気がする。

決して彼は断らないのではないかと、そんな風に思えてしまうから、余計に……。

けれどテアは思い切って、告げた。

「あの、十二月の二十三日なのですが、空いていますか?」

「ああ、今のところは確か……、何の予定もないはずだが」

ディルクは少し考えるそぶりを見せて、返す。

「それでしたら、その……、よければいっしょに管弦楽のコンサートに行きませんか? ローゼたちと、皆で。あの、後見人の方からチケットをいただいたんです。なので、」

いつの間にか、テアは強く拳を握っていた。

ディルクは少し驚いた顔をしたが、すぐに笑って頷く。

「……ありがとう。それはとても嬉しい誘いだ。……ところで、曲目を聞いてもいいか?」

あっさりとディルクが頷いたので、テアはほっとし、肩の力を抜いて微笑んだ。

「オネゲルの『クリスマス・カンタータ』等、神誕祭にふさわしい曲ばかりのようです」

そのテアの返答に、ディルクは思い当たることがあったようで、思わず詰め寄るように尋ねていた。

「もしかして、ロベルト・ベーレンスの演奏会か? 隣町で行われる」

「そうです……」

ディルクの勢いにテアは驚きつつ頷いた。

そう言えば肝心のそれを言っていなかったと思って、ディルクが気分を害しただろうかと心配したが、彼は興奮を抑えるように言う。

「それは本当に楽しみだ。実は……、数ある音楽家の中でロベルト・ベーレンスの音楽は特に好きで……、尊敬している。何度か演奏を聴きに行ったが、その度に感動させられたよ。あの人は本当にすごい……、そして他にない演奏をするから、とても面白いんだ。団員の腕も一流で、勉強になる」

目を輝かせるディルクががテアには嬉しく、そして後見人である「おじさん」のことを思って、とても誇らしかった。

「ええ、私も一度だけ演奏を聴いたことがあるのですが……。表現に縛られず多彩で、意表をついてくることがあったり、それでいてひどく感動的だったり……。とてもわくわくして、人を引き付ける魅力がありますよね」

「そうなんだ――」

二人はしばらくロベルト・ベーレンスの話題で盛り上がったが、やがてそこにローゼとライナルトが加わってきた。どうやら、打ち合いは一段落ついたらしい。

息を整えながら近づいてくる二人の表情は、疲れたというより満足そうなものだ。

「良い汗をかきました。……二人も、話が盛り上がっていたみたいですね。ロベルトの話ですか?」

ローゼはタオルで汗を拭きながら、そう尋ねる。

テアは頷き、突然出てきたロベルトの名に首を傾げるライナルトに問いかけた。

「あの、ライナルトも、十二月の二十三日、予定がなければ、演奏会に行きませんか? ロベルト・ベーレンスの楽団の演奏会なんですが、チケットをいただいたので……」

「ロベルトの演奏会のチケット? それはすごいな……。是非行かせてくれ。ローゼもディルクも行くのだろう?」

テアと、そしてディルクとローゼも頷き、こうしてロベルトの演奏会に行くメンバーは四人が確定したのだった。

「それから、もう一枚チケットをいただいたので、よければフリッツを誘おうかと……」

テアがそう付け加えた時、ディルクの瞳に複雑な色が走ったのを、ライナルトは見逃さない。

「……そうだな、いいんじゃないか。それにしても、チケット五枚とは豪気だな」

「チケットは後見人の方にいただいたのですが、いつも手紙に書くのが四人のことなので、それで……」

後見人か、とライナルトはテアの言葉に内心ひとりごちる。

わざわざロベルト楽団の演奏会のチケットを送ってくるということは、テアの後見人はロベルト・ベーレンスに縁のものなのだろうか。テアの姓を聞いた時からもしかしたらとは思っていたのだが、とライナルトは考える。

だが、テアは後見人について、親しい友人たちの前でさえ口にすることは皆無に近く、隠していたいようである。どうしてそんなに隠そうとするのか、ライナルトには以前から疑問だった。後見人が有力であればあるほど、その権力はテアを守るだろうし、そこまで有力でなくとも後見人を明らかにすることは身分を明らかにし不審を避けられる。ロベルト・ベーレンス楽団の演奏会、そのチケットを一度に五枚も送ることのできる人物であるなら、そう世間に知られていない人間ではないと思うのだが――。

「ロベルトと言えば、先日の学院祭にもいたみたいですね。私は見なかったのですが、昨日片付けの時友人が噂していました」

「そうらしいな」

ローゼの言葉に、ライナルトは考え込むのを止めた。

「もし会えたらと思っていたのだが……、コンサートが終わるとすぐに姿を消してしまったそうだな。卒業生として一言だけでもいいからと、実行委員も事前に依頼したらしいのだが、忙しいと断られたようだ」

「でも、テアと、テアの後見人のおかげで彼の演奏会に行けるのは、良いチャンスですよね。もしかしたら、お話もできるかもしれませんし――」

「演奏会ではますます忙しくて、さすがに後輩と言っても追い返されるだろう」

「ですが一度くらいは直接にお話を伺いたいものです。だって、ロベルト・ベーレンスと言ったらこの学院にいくつも伝説を残しているじゃないですか。本当なんでしょうかね? 先生方と飲み比べて全員に勝ったから学費をタダにしてもらったとか――」

こうしてしばらく、四人は大先輩であるロベルト・ベーレンスの話題で盛り上がっていたのだった。




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