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夜の灯火  作者: 隠居 彼方
最終楽章
129/135

灯点



夏の夜だった。

祭で賑わう城下町、その人混みの中を、テアとディルクは歩いている。


ディルクは先日、シューレ音楽学院を卒業したばかり。

テアも学院の二年目を無事に終え、夏休みに入っていた。

この日は二人とも完全なオフで、祭に来ているが、明日にはそれぞれの音楽活動のため、別々の地へ向かう予定である。

学院祭で初めて自分の楽団を披露したディルクは、早速本格的にその活動を始めるために。

テアは、去年と同様、エンジュとの演奏旅行のために。

今日が終わってしまえば、お互いの進みたい道へ進むために、しばらく会うことは叶わない。

それでも、だからこそ、決して離れないように、二人は互いの手を握っていた。

そんな二人の表情に、翳りはない。

立つ場所は離れても、心は傍にある。

寂しくないと言えば嘘になる、けれど共に在る未来を目指すのは同じだと、分かっているから。

だから二人は、ただ純粋に、祭の空気を楽しんでいて、無邪気なくらいだった。

共に有名な身の上であるが、人混みの中全く気付かれないのが何だかおかしくて、気兼ねなく、笑っていられた。




そして、その時。


「……ああ、懐かしいですね」

そのテアの感慨深そうな声は、賑やかしい雑音の中でも、紛れることなくディルクの耳に入ってきた。

懐かしそうな視線の先には、歌や楽器、踊りを披露し、祭をさらに盛り上げるための特設ステージがある。

ディルクにとってもそれは思い出のあるステージで、彼ははっと、テアの横顔に視線を向けた。

ずっと昔、ここでディルクは、音楽への道を示してくれた少女と出会ったのだ。

今では記憶の中ぼんやりとしてしまったその面影に、テアの面影が、重なって……。

「昔一度だけ、母とこのお祭に来たことがあるんですよ。その時も、あそこで自由に演奏できるようになっていて……、母に勧められてピアノを弾かせてもらったんでした」

「……『月の光』、か?」

テアはディルクの言葉に少し目を見開き、苦笑した。

「私って、分かりやすいですね。そうなんです」

分かっていたのではなく、知っていたのだ――。

ディルクはやはりと、込み上げてくる想いを喉の奥に呑み込もうとした。

嬉しかった。

そんな言葉では足りないくらいの、強いこの想いを、どう表現すれば良いのだろう……。

ずっと、ずっと、本当に出会った最初から、ディルクにとっての特別は、彼女だったのだ。

このことを告げれば、彼女はどんな表情を見せてくれるだろうか――。

「……俺たちも、行こうか」

泣きそうなほどの思いを抱えて、ディルクはテアの手を引いた。

テアはわずかに驚いた顔を見せ、けれどすぐに躊躇いなく頷く。

「――はい!」

その笑顔が、とても、愛しくて。

月が夜を照らすように、ディルクの心にも温かい光を灯すのだ。

あの時ディルクが焦がれた幸せの形は、確かにこの時、ここにあった。

そうして、彼らのステージへ、二人は並んでいく。

二人を迎える、歓声と拍手。

そして、夜に、光を灯す音楽が、響き出した――。








Finale








これにて「夜の灯火」本編は完結です。

長い話になってしまいましたが、最後まで読んでくださり、

本当にありがとうございました!



この後の二人を描いた番外編にもお付き合いいただければ、幸いです。




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