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夜の灯火  作者: 隠居 彼方
第12楽章
128/135

決着 14



夜空に大きな火の花が咲く。

「終わっちゃうなぁ……」

フリッツはそれを見上げ、呟いた。

シューレ音楽学院学院祭の終わりを彩る花火は、今年も見事なものだ。

実行委員の手伝いで資材の片付けを手伝っていたフリッツも、ついつい足を止めて見入ってしまう。

あの騒ぎの中ここまでこぎつけられて良かった、と感慨深く思った。

テアがカティア・フォン・オイレンベルクとロベルト・ベーレンスの間の子である、と公表されて――。

学院内の騒然ぶりは、凄まじいものだったのだ。

ある者はそれを聞いて興奮に目を輝かせ、ある者は後ろめたいことがあるのかどうか真っ青になった。

フリッツもテアの周辺人物ということで、幾人もに話を聞かれたものである。

渦中のテアといえば、常にローゼを傍らに置いていて、あまり人を寄せ付ける雰囲気ではなかったので、逆にフリッツの方が生徒たちに取り囲まれていたかもしれない。

騒ぎは院内に収まらず、学外でも相当の反響だった。

記者を中心とした外部の者がテアに話を聞こうと押しかけてきて、門への人だかりが続く日々。

このままでは学院祭の実行どころか、学院の授業も一時中断を余儀なくされるのではないか、と思われた。

しかし、続くように、現皇帝の退位と皇太子の即位が来年にも行われると発表され、人々の興味はそちらにも流れ、やがてある程度騒ぎは落ち着いた。

そして、今年も無事学院祭が実行されたのである。

外部への開校は行わない方が良いのではないかという意見もあったが、学院長は例年通りの実行を指示した。

学院祭はおかげで、いつもより賑やかに振るわった。

テアのことだけではない、ディルクが立ちあげた楽団の披露演奏もそれに拍車をかけた。

騒動も多かったが、警備の人間たちの協力もあって大きな問題にはならずに、こうして学院祭は終わりを迎えようとしている。

祭の成功にほっとしつつも、寂しい気持ちで、フリッツは花火を見つめ続けた。

広場の方から、歓声と音楽がどこか遠く聞こえてくるのにも、何となく寂寥を覚える。

それに浸りそうになって、フリッツは小さく首を振った。

首を元に戻し、片付けを再開する。

そうして資材を運んでいった先では、生徒会役員として学院祭の実行に携わっているエッダが、屋外に設置された簡易机に向かい、同じように仕事をしていた。

他の役員や委員はおらず、彼女一人だけである。

書類に顔を向けていたエッダだが、彼がやって来たことに顔を上げた。

「お疲れ様、エッダ」

「お疲れ様です」

少し驚いたように瞬いたエッダは、「これ、こっちに置くね」と告げて動くフリッツに頷いた。

「……片付けの時間は明日もあるのですから、後夜祭くらい楽しんできてくださって構いませんのに」

「んー、やっぱり気兼ねなくってわけにもいかないしさ。早々に帰っちゃうのもあれだし、手伝いしてた方が落ち着くから。エッダこそ、ちょっと休んだ方がいいんじゃない?」

「……ここでこうして仕事していた方が、静かでいいんです」

その言葉を、フリッツは少し意外な思いで聞いた。

どんなことでも大抵は笑顔で対処していたエッダも、やはり疲れていたのだ。

立場上、エッダはテアとディルクのことで、フリッツ以上に人に囲まれることが多かった。

静かな一時を、望みたくもなるというものだろう。

「……それじゃあ、ちょっとだけここで一緒に休憩しない? 花火がすごく綺麗だから、見ないと損だよ」

「……いいでしょう」

エッダは肩を竦めたが、拒まずにフリッツに折り畳み式の椅子を示した。

それに甘えて、フリッツはエッダの隣に座る。

「先ほど差入れで頂いたんです。よければどうぞ」

「ありがとう」

エッダがフリッツに差し出したのは、時間が経って冷めてしまった飲み物と、露店で売ってあったらしい菓子だった。

遠慮せずにフリッツは喉を潤し、菓子を頬張る。

その様子が何だか可愛らしく見えたので、エッダは少し笑って、肩の力を抜いた。

「……何?」

「いいえ、」

エッダは夜空を仰ぎ、フリッツも続くように輝く夜の花に目を細めた。

宵闇に、花火の音と、音楽が響く。

それでも、静かで、落ち着いた、和やかな時間が、そこにあった。

自分のこと、テアのこと、ディルクのこと、そしてエッダのこと。

変わっていくことと、変わらないこと。

様々なことに思いを馳せて、フリッツはやがて、零れるような笑みになった。

隣にエッダがいてくれるからだろうか、先ほどの寂寥感が彼の中で小さくなっていることに気付いて。

明日からも頑張ろう、とフリッツは胸の内で呟いた。






「綺麗ですね……」

次々に打ち上がる花火に、踊りの輪から外れたローゼは、囁くような声で、感嘆の声を漏らした。

そんな彼女と指先を絡め合って隣に立つのは、ライナルトである。

病院から出ることの叶った彼は、一度学院に戻っていた。

退学の手続きをするため、学院祭でディルクの演奏を聴くためにも。

退学ということになったライナルトであったが、病院でディルクに口にした通りだ。その顔には全く悲愴の影もない。

むしろ彼は、これからいく道を定め、そのことに対してとても前向きだった。

ローゼの囁きは花火の音にかき消され、彼には届かなかったが、ライナルトは視線を夜空からローゼへと移す。

学院祭が終われば、明朝にはここを発ってブランシュ領へ向かう予定であるから、今夜が終わってしまえばしばらく、ローゼと会うことはできないのだ。

ローゼもいずれはブランシュ領へ戻るし、そうなれば以降の長い年月を共に過ごすことになるとは分かっているが、それでも離れる寂しさがなくなるわけではない。

ディルクとテアのことを頭に浮かべてしまえば、簡単に「寂しい」とも言えないけれど。

別の道を行くことになった、親友のことを、ライナルトは考える。

彼らには物理的な距離で会えない時間も多かったし、側にいたのに会えなかった時間も多くあった。

おそらくこれからも、ずっと側で同じ時間を過ごしていく二人にはならないのではないか。

ディルクにはディルクの進む道があり、テアにはテアの進む道がある。

そんな二人だから。

だがきっと、離れていても、共にある。

何故だろうか、はっきりした根拠があるわけではないが、ライナルトはディルクとテアの間にそういう絆を感じていた。

――私たちにも、そういうものがあるのかな。

思って、ライナルトは繋いだ指先に力を込める。

気付いたローゼがライナルトを見返し、はにかむように、微笑んだ。

――きっと、

ローゼからも握り返されたその手の温もりに、ライナルトは愛しさを募らせて、微笑みを返した。








泉の館、その名の由来ともなった泉の淵に腰かけるテアはたった一人、咲いては消え行く花火を見上げていた。

いつもの眼鏡は、かけていない。誰かに見つかった時、多少なりとも印象が異なっていた方がいいだろうと思ったから、外してきたのだ。

だが例え少し外見を変えていても、祭の会場に姿を見せてばれてしまえば騒ぎになることは確実で、テアは昨日と今日と寮に引きこもっていた。

この晩もひっそり部屋で過ごした方がいいと分かってはいたのだが、何となく、誘われるようにここに来ていたのだ。

幸い会場とは離れていて、外部の人間が迷い込んでくるような様子もなく、一人の時は続いていた。

あまり長く外に一人でいては、ローゼに知られた時また叱られてしまうと思う。

けれどまだ、ここにいたかった。

そうすれば――。

「……テア」

テアは花火から視線をそらせた。

夜の闇の向こうから、眩いと感じるほどの人が現れて、目を細める。

「ディルク……」

静かな足取りで、ディルクはテアに近付いた。

「……隣に、いいか?」

「はい」

どうしてここにと問うようなことはせず、二人は並んで座る。

しばらく口を開かないまま、二人は夜空を見上げていたが、やがて最後の光が空に散って、夜に静寂が戻った。

「……終わってしまったな」

「ええ、」

ぽつりと、呟く。

「……昨日、聴きました」

「そう、か」

「――これからも、もっとずっと、聴かせてくださいますか?」

「……もちろんだ」

これ以上、言葉はいらないようにも感じた。

ディルクはテアを見つめて。

テアはディルクを見つめて。

お互いの瞳に、お互いの姿だけ、映り込んで。

それだけで良いと思えた。

けれどそれだけでは足りないとも思えた。

「……もう、お前に近づいてはいけないと思っていたよ」

「ディルク」

「俺のせいで危険な目に合わせた。俺のせいで――傷つけた」

「それは、」

「だが」

遮るように、続ける。

「それでも俺は、お前が欲しい。誰よりもお前の近くにいたいと望む」

ずっと、伝えなくて、伝えきれなかった言葉を。

「テア、俺は……、お前を、愛している」

テアの瞳が揺れた。

水面に映った月が揺れるような光景に、ディルクは見入る。

「私――」

声が、震えた。

「私は――、ひどい、人間です。自分勝手と分かっていて、あなたを、"ディルク"を、失いたくなくて、あの道を選んだ。それでも……、」

「ああ、」

ディルクは真摯に頷いた。

「……私も、あなたを、望んで、いいのですか」

「望んでくれ」

続きを欲するように、ディルクはテアの手に自分の手を重ねた。

「ディルク、」

テアはその温度に励まされるように、同じ気持ちを、返す。

「私も、あなたを……、愛して、います」

零れた言葉に込められた想いを逃さぬように、込み上げる感情を捧げるように、ディルクは愛を囁いたテアの唇に触れた。

許された想いが、ずっと抑えてきた想いが、愛しさが、止まらずにただ溢れ出す。

愛していると、愛しいと、もう一度、相手の熱を、想いを、欲した。

想いのまま、引き寄せ合うように、再び唇が重なり合う。

それを、夜に灯る月がそっと、見守っていた。




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