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夜の灯火  作者: 隠居 彼方
第12楽章
117/135

決着 3



ディルクの間諜としての日々は、そうして始まった。

皇子として身につけなければならないことを学ぶ一方、彼は変装し身分を偽って、宮殿の中でスパイ活動を行った。

城を抜け出し下町にまで出ていた経験も役に立ち、悪目立ちすることもなく、彼は自身でも思っていた以上に、その仕事を全うしていた。

ユスティーネたちとの時間も、変わらずだった。

皇帝は、ディルクから二人との時間を取り上げなかった。

彼らが命の危険をディルクに知らせなかったように、ディルクも自分のしていることは何も言わず、ただ穏やかな時を過ごした。

だが、二人と過ごす時間が幸せであると感じられるほど、実母を慕う思いがディルクを苦しませた。



――ディルク、お前は本当に音楽が好きだな。

――だからもっと聴きたくなるのね……。

――そんなに価値のあるものではないでしょう、ディルク。

――また街に? 今度は私も連れて行ってくれないか?

――そんなことがあったの。いいわね、ここじゃそんなことできないもの。でも、やんちゃもほどほどにね?

――ディルク! どういうことなのです? 下々の生活を知ろうとする姿勢は立派なものですけれど、あなたは皇族なのです。軽々しく下賤なものに触れてはなりません。

――もっとずっと前から、お前と話せたら良かったのに……。

――今からいくらだって時間はあるでしょう? 私たちは家族ですもの――

――ああ、忌々しい。どうしてあのようなものが第一皇妃などにおさまっているのでしょう……。



『――残念だったわね』

そしてその言葉が、ディルクをさらに、追い詰めた。

ディートリヒがしばらく病で床に伏せっていたのだが、ようやく回復したとの知らせを受けて、レティーツィアが零した一言が、それだった。

ディートリヒを心配していたディルクの思いも知らず、レティーツィアは皇太子の回復に、期待外れだったと肩を落として見せたのである。

彼女は、皇太子の病の悪化を望んでいたのだ。

もっと言えば、その死を。

まだユスティーネやディートリヒのことを知らない頃のディルクであれば、聞き流していたかもしれない。

ルーデンドルフ家出身の母親が、バンゲンハイム家に連なるユスティーネたちを疎むのは仕方のないことだと。

だがこの時のディルクは、彼らと出会ってしまっていた。

彼らに親愛の情を抱いていた。

だから、ショックだった。

慄然と、した。

『そう、思うでしょう?』

レティーツィアはそれを、ディルクにまで強要したから。

他家出身の皇太子でも、ディルクにとっては血の繋がった兄なのに。

その死を望むことが当然と、笑って言うのか。

艶やかなまでの笑顔に、ディルクの中で疑念が確信に変わっていった。

ユスティーネやディートリヒに暗殺者を差し向けたのは、この母なのではないか、と。

最初から疑いは、あった。

皇帝のことを、言えない。

ディルクは、皮肉なほどに、おそらく誰よりも強く、母親のことを疑っていた。

疑っていたからこそ、信じたいと強く願ったのだ。

信じさせてほしいと、黒幕が別にあることをはっきりさせようと思っていたのだ。

しかし……。

確たる証拠があるわけではない、それでもディルクは、母がそうであると確信を深めていった。

――あなたは人の上に立つ存在になるのよ、ディルク――

――それには何の価値もない――

玉座をほのめかす言葉を聞く度に。

ディルクにとって大切なものを、皇子としてふさわしくないと、否定される度に。

深まる確信に、ディルクは母と距離を置くようになる。

繰り返す母の言葉が苦痛で、ディルクの心を否定する言葉にこれ以上傷つきたくなくて。

父の仕事の手伝いに忙しいと言えば、母は喜んで宮殿に送り出してくれた。

『さすがは私の息子ね、ディルク。この年で陛下に頼りにされるなんて……。でも、無理をしては駄目よ』

母親らしい台詞を、素直に受け取れなくなったことが、ディルクは悲しかった。

ディルクが認められていることを喜んでくれ、彼の身を案じてくれる母は、誰よりも母親らしく見えるのに。

――皇子、という彼女にとっての道具を、大事にしているだけではないのか……。

例えば、ディルクが女児に生まれついていたら。

例えば、ディルクが二人目の息子であったら。

彼女は今のようにディルクを扱ってくれただろうか。

そんな仮定の話を頭に浮かべ、ひどい息子だと、ディルクは自嘲した。

母親との間にある溝は、ディルクの中で一方的に大きくなっていった。

ディルクはそして、少し前から考えついていたことを、具体的に頭に描くようになった。

――いつか俺は、この広く狭い場所から……。




ライナルトと出会いらしい出会いをしたのは、母から逃げるような日々をディルクが送っていた、そんな中であった。

共に冒険する、家族と言うよりは仲間、親友。

初めてのその絆が、ディルクの苦しんでいた心を和らげてくれた。

やがてディルクは、ユスティーネとディートリヒに、ライナルトを引き合わせる。

兄弟三人が揃って、ユスティーネは嬉しそうに笑ってくれた。

『こんな素敵な息子が三人も! 私は幸せ者ね』

『おや、母上、私も素敵な息子の一人と数えてくださるのですね』

『もちろんよ。あなたの瞳も陛下と同じだもの』

きっぱりと返したユスティーネに、兄弟たちは生温い笑みを交わし合ったものである。

ユスティーネは皇帝への愛を隠そうとはせず、惚気話はいつものことだった。

皇子たちは皆皇族特有の白藍の瞳を持ち合わせていて、彼女は特にそれがお気に入りらしい。

嬉しそうに皇帝のことを話すユスティーネは生き生きとして美しかったけれど、ディルクはあまり、彼女の口から皇帝のことを聞くのが好きではなかった。

その理由も自分でよく分かっていて、ディルクはそういう時己の感情を持て余し気味で、言葉少ななになるのだ。

『ふふ、それがなくても、ちゃんと他にも素敵なところは知ってるわよ。皆呆れるくらい努力家で、ディルクとライナルトは宮廷楽団も顔負けの音楽家だものね』

『私はそこまででもないですが……。ディルクは本当に素晴らしいと思います』

『そうだな。宮廷楽団で演奏したいと考えたことはないのか?』

『俺は……』

この時多分初めて、ディルクは己の夢を他の人間に語った。

『宮廷楽団ではなく……、ロベルト・ベーレンスのもとで演奏してみたいと考えています』

『ああ! 父上が気に入っておられる、』

『あの面白い方ね』

『先日、陛下が内密にお召しになられて紹介いただき、こっそり演奏会にも足を運んだのですが……。上手く言葉に言い表せないほど、素晴らしかった。彼の楽団で演奏できたらどんなにかと、思ったんです』

『その時は、私もついていきたいな』

ライナルトは笑んでいたが、その眼差しはディルクと同じように本気の色で、ディルクは戸惑いながらも嬉しくなったのだ。

『ライナルト、それは……』

『ここには兄上がおられる。私たちが音楽畑の人間になっても誰も文句は言うまい』

『……分かった、任せておけ。お前たちの活躍のためにも頑張ろう』

『ああ、でも、そうなったら素敵だけれど、寂しくなるわ。……いえ、そうなったら、じゃなくて、ディルクたちだったらきっと叶えてしまうわね。その時はお忍びでも絶対聴きに行くから、ちゃんと教えてちょうだい。約束よ』

ディルクの胸に、何か熱いものが込み上げた。

信頼が、確かにあると感じられる絆が、嬉しかった。

――俺がずっと欲しかったものが、今ここに、ある……。




それを、踏みにじられた。






『衛兵!』

その緊迫した皇太子の声は、ディルクとライナルトがいつもの小部屋でユスティーネたちを待っている時に、聞こえてきた。

二人ははっとして、すぐにドアの影から外を窺う。

二人の視線の先には、倒れたユスティーネの姿。

彼女のドレスが、赤く染まっていて。

その彼女を抱きとめた皇太子の腕も、赤く、赤く。

ディルクたちは、茫然とそれを見ていた。

気付いたディートリヒが、厳しい目で二人の方を見、行け、と顎をしゃくる。

一方で、廊下を通りすがった侍女が、悲鳴を上げた。

『皇妃殿下が怪我を……!』

騒ぎは瞬く間に大きくなった。

『医師を急がせろ!』

『曲者は、北方面へ逃走中だ!』

誰かに見つかるわけにはいかない。

ディートリヒの思いを、無にするわけには。

ディルクはライナルトと二人で隠し通路に潜った。

だが、まっすぐ離宮に戻ることを、彼は良しとしなかった。

暗いが、何度も往復して慣れた通路だ。

ディルクはその中を通って、ユスティーネを傷つけた者を追った。

『ライナルト、お前は、』

『私も行く。いいから、急ごう』

『……ああ』

赤、赤、赤。

その色が、ディルクの頭に焼きついて離れなかった。

それからまるで逃げるように。

その色を流させた者を、追いかけた。

――どうか、どうか。

祈りながら、願いながら。

いつの間にか、ディルクは外に出ていた。

『こちらに向かったように見えたが……』

その姿を見失いかけ、二人は物音に気付いた。

逃走していた影は、二人よりも先に追い付いた誰かと、木々の間で交戦していたのだ。

下手に手出しできない攻防に、二人が介入を躊躇った時、ユスティーネを傷つけた相手が、一方を容赦なく凶器で貫いた。

『……っ』

崩れ落ちる男と、逃走を続ける覆面の男。

二人は負傷した男に駆け寄ろうとしたが、衛兵たちが近付いてきたことが分かり、すぐに方針を変えて逃げる男へ迫ろうとした。

だがその時、逃げながら男がライナルトに向けて凶器を放つ。

『ライナルト!』

逃げながらの動きで少しばかり狙いが甘い。

ライナルトはそれを避けることに成功したが、急所を狙ったそれは、当たっていれば確実にライナルトの命を奪っていただろう。

『行くな、第二皇子』

舌打ちしてやり返そうとしたライナルトの足を、負傷した男の手が掴んで止める。

『あなたは殺される。……黒幕は、』

男は、ディルクを見た。

言葉にしなくても、続きは明白だ。

『ライナルト、彼の手当を!』

『ディルク!』

ディルクは単身、逃げ続ける男を追った。

男はもう振り返らず、ディルクに背を見せている。

ここで男がディルクに敵意を、殺意を向けてくれれば。

そんな願いも虚しかった。

ディルクはそんなことが起こり得る前に、男に追い付いてしまった。

剣を抜き、ディルクは男に斬りかかる。

『誰の手の者だ!』

相手はしかし、答えない。

何度か剣をぶつけあい、ディルクは内心舌打ちした。

手強い相手だ。

体格差もある。

できれば捕まえたい、そして誰の差し金かを今度こそ突き止めなければと、ディルクはかかっていった。

斬撃の音が、何度となく響き。

不意に。

男は、ディルクが予想もしなかった動きを、した。

男は、ディルクの攻撃を受け損ねたように見せかけて。

ディルクの剣に、自らの身を、差し出したのだ。

慌ててディルクが剣を引こうとしたが、遅かった。

男は。

ディルクの剣に刺し貫かれ、絶命した。






『……私を、刑に処してください』

事態がひとまず落ち着いて、ディルクは皇帝の前に片膝をつき、頭を垂れていた。

重傷を負ったユスティーネは、厳重な警備のもと、床についている。

その犯人と交戦した男もあれから間もなく息を引き取り、彼らに深手を負わせた男の遺体は、検分中だ。

『今回の黒幕は、ルーデンドルフです』

ディルクたちより先に犯人に追い付いていた男は、ディルク同様鷲の意匠のカフスを皇帝から頂いた諜報員だった。

彼はルーデンドルフ家を主に調査対象としていたが、その彼がそれを示したのだ。

何よりも、犯人の男が狙ったのは、ディートリヒとライナルト。

ユスティーネは、ディートリヒを庇って倒れたのだ。

状況証拠は揃っていた。

だが。

『……明確な証拠はない』

『ですが、』

普段以上の厳しさと疲れを顔に滲ませた皇帝は、ディルクの言葉に首を振った。

死んだ諜報員も、証拠らしい証拠は結局残していかなかったのだ。

皇帝が首を振るのはある意味では当然のことだった。

だがディルクは己の中で犯人を確信していたし、皇帝が同じことを考えていることも分かっていた。

反論しようとしたが、皇帝はそれを許さずに続ける。

『結局犯人は目的を果たしていない。ルーデンドルフに嫌疑をかけ陥れるために他家が仕組んだこととも考えられる』

『ですが……!』

『――甘えるな、ディルク』

顔を上げたディルクに、皇帝は厳しい言葉を落とした。

ディルクはぐっと、奥歯を噛みしめる。

――俺のせいだと、あなたも思っているはずだろう。

ユスティーネとディートリヒが二人きりだったのは、ディルクたちに会うためだ。

その隙を狙われて、ユスティーネは傷つけられた。

――俺のせいだ。

甘かった。

母の野心を知っていたのに。

守ると誓って、ここにいたのに。

――俺が、ここに、存在しているから……。

母の欲は、始まった。

それは、いつまでも止まらずに、こんな事態になってしまった。

――俺が、いなければ……。

彼女が傷つくことは、なかったのに。

だから、断罪されるために、ディルクはここを訪れた。

だが皇帝はそれを、ディルクの逃げだという。

それならば、一体どうやってディルクはユスティーネたちを守ればいいのだ。

母を、レティーツィアを、この手にかけろと言うのか。

こんなことになってしまっては、母を愛しているなどと言えない。

けれど、それでも。

彼女はずっと、ディルクの母親で。

ディルクのことを、きっと道具としか思っていなくても、彼の心を否定しても、優しく大事に思っていてくれたことは、本当だった。

その、母を?

――俺は、結局、

何の覚悟も、できていなかったのだろう。

そして、今もなお、できずに。

できないからこそ、ディルクが選ぶ道は、たった一つ。




『――陛下、ですが、このまま守りに徹しても、何も変わらぬままである可能性が高いでしょう』

感情を抑えた声で告げたディルクの言葉に、皇帝はぴくりと片方の眉を上げる。

『……お前は、だからこそあくまで望みを変えぬと言うのか』

『いいえ、陛下』

ディルクはきっぱりと首を横に振った。

『明確な証拠なく動けば、秩序が乱れる。陛下の仰るとおりです。ですが……、この緊迫した膠着状態も良くないもの。それならば……、私は、私自身の意思で、ここから消えます』

『それは、』

『陛下、私は、フォン・シーレの名を捨てます。ただディルクとして、生きていきたいと考える所存です。どうか、許可を』

皇子であるディルクがいなくなれば、レティーツィアの野心は決して叶うことはない、無意味なものになる。

ディートリヒや、ライナルトを狙う理由も、なくなる。

ディルク一人が、ここからいなくなれば。

全てを、守ることができるのだ。

そして、守ることも。

ここから外の世界へ出ていくことも。

ディルクの、何より願って止まないことだった。

皇帝は、ディルクの真っ直ぐな瞳に、何を感じたのだろう。

考えることは、多々あっただろう。

ディルクがいなくなった方が利が大きいと、計算高く、考えたはずだ。

彼はそれを考えなければならないのだ。

皇帝であるがゆえに。

ディルクにそれは、できない真似だ。

ディルクはそれを、兄であるディートリヒに、押しつけようとしている。

それも分かった上で、ディルクの中で決別は既に揺るぎない決定事項になっていた。

例え皇帝が諾と言わずとも、彼は姿を消すつもりだった。

やがて皇帝は、告げる。

『ではお前に新たな名を、授けよう。――ディルク・アイゲン。今後はそう名乗れ』

『有り難う存じます――父上』




それから間もなくして、ディルク・アイゲンの名を贈られたディルクは、取り乱して引き止めるレティーツィアを振り切るように、宮殿を出た。

その隣には、ライナルトも、いた。

ディルクはライナルトをも巻き込むことになり、その身を案じたが、ライナルトの意志は固く、『兄上を守るなら、私もここからいなくなった方がより安全だ』と笑った。

それに対し、ルーデンドルフ、エーベルハルト家は双方騒いだが、時既に遅く。後戻りするにはその事実は国に広く知れていて、彼らは結局すごすごと引き下がるしかなかった。

彼らが手出しできないようそう謀ったのだから、当然の結果だ。

彼らを裏切る真似をしてしまったことは心苦しいが、一方でここまで順調に進むとは、とディルクはほっとしていた。

両家の者に限らず、皇子の立場にある者がフォン・シーレを捨て野に下るのに、難色を示す人間は多かった。

彼らを納得させられた要因に、先日の皇太子暗殺未遂事件があったことが大きいのは皮肉な話である。

皇族であることを放棄すればこそ、また皇太子を狙い、二人を戻そうとする動きが出るのではないかという懸念もあったが、そんなことをすれば逆に国民や家臣たちの不信を買い、反感を寄せるだけ。

複数の皇子の存在が対立を招くとの判断を下した皇帝に、結局は誰もが従った。

そしてディルクは、ライナルトと共に、ひっそりと城の門をくぐり抜けた。

離宮でもこれまで仕えてくれた者たちが別れを惜しみ、無事を祈ってくれたが、門まで見送りに来てくれたのは、ディートリヒ一人だけだ。

ひとり、門の内側で、ディートリヒは二人に『くれぐれも無理はするな』と言った。

『例えお前たちがフォン・シーレであることを止めても、私たちが兄弟であることは変わらない。私はいつでも弟たちを心配しているし、応援していることを忘れないでくれ。何かあれば、頼ればいい』

『……兄上』

言ってから照れくさそうに笑うディートリヒに、ディルクとライナルトも笑みを返した。

『母上からも伝言を預かっている。今日は見送りに行けずすまないと。病気や怪我には気をつけて……、と色々仰っていたが、全部伝えていたら日が暮れてしまうな。要は、元気で、と。それから、いつかお前たちが夢を叶えるその日には……絶対に呼んでほしいと』

その言葉に、ディルクたちは頷いた。

『はい。――必ず』

ディルクの脳裏に、優しい笑顔が浮かぶ。

ユスティーネの元へ、別れの挨拶を告げに行ったのは先日のことだ。

彼女は、あんなことがあった後なのに、ディルクに微笑んでくれた。

いつもと変わらない、温かな、笑顔だった……。

『ユスティーネ様に、ありがとうございますとお伝えください。兄上も、お元気で』

そして、ディルクとライナルトは、愛馬に跨った。

『行こう、ライナルト』

『ああ』

躊躇いもなく、二人は馬に乗って駆け出す。

ディートリヒに見守られながら、振り返らずに二人は進んだ。

――これで……、

その時の風のにおいを、ディルクは覚えている。

空の色を、太陽の光を。

その下に果てなく続く、道を。

それは眩しく照らされて、直視することはできなかったけれど。

広がる光景は、ディルクの胸を熱く焦がした。



――さよならだ、俺の……、



そんな、新しい世界への旅立ちの日を、ディルクは忘れたことがない。




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