中世から来た魔女は、テストを受ける。――3
「エリーの事情を説明するだけなんだから、別に悠莉がついてこなくてもいいんだぞ?」
「そうでしょうけど、あたしにとってもエリーちゃんは他人じゃないんです。あたしも先輩と一緒に、エリーちゃんの編入を校長にお願いします」
「過保護だなあ、悠莉は」
「先輩から過保護って言われるなんて屈辱です」
「俺の発言のどこに悔しがるポイントがあったのか」
「くっ! 殺せ!」
「そこまでかよ、おい!!」
一日の授業を終え、放課後。
野球部のかけ声や、合唱部の発声練習が聞こえるなか、月ヶ丘高校の廊下を校長室に向けて歩く。
隣を歩く悠莉は赤いジャージを着ていた。普段のファッションと違い、随分と野暮ったい。
悠莉は体育教師なので、動きやすいようにジャージを着ているのだが、あえて洒落た格好にならないよう気をつけてもいるそうだ。
悠莉はその美貌が原因で厄介事に巻き込まれた過去がある。ジャージ姿は、同僚の女性から嫉妬されないための対策だろう。まあ、悠莉の魅力は、ジャージを着たくらいで損なわれるレベルじゃないのだが。
俺たちが校長室に向かっているのは、エリーの事情を説明し、編入試験を受けさせてくれるよう頼むためだ。
そのことを悠莉に伝えると、真剣な顔で「あたしもついていきます」と訴えてきて――いまに至る。
「ついてこなくてもいい」と俺に言われて拗ねたのだろう。悠莉がぷいっとそっぽを向く。
「あたし、言いましたよね? エリーちゃんを育てるなら、あたしも巻き込んでくださいって。だから、少しでも先輩の役に立ちたいんですよ」
「悪い、そうだったな。お前をのけ者になんてしないよ」
苦笑して頭をポンポンすると、機嫌を直したのか、悠莉がふふんっと鼻を鳴らした。
「それでいいんです! あたしがいれば百人力ですよ!」
「はいはい。心強い心強い」
「あしらわないでくれます!?」
うがーっ! と両腕を上げて憤慨する悠莉に気づかれないよう、俺は囁いた。
「本当に心強いんだよ。お前がいてくれてな」
「――ということで、エリーに編入試験を受けさせていただけないでしょうか?」
「なるほど。事情はわかりました」
俺の頼みを聞いて、灰色のスーツを着こなす、白髪交じりオールバックの壮年男性が、木製の豪奢なテーブルの上で指組みした。
彼こそが、月ヶ丘高校の校長、黛星司だ。
黛校長に、俺と悠莉はエリーの事情について説明した。
もちろん、中世ヨーロッパからタイムスリップしてきたことや、魔女であることは明かせないので、若干作り話にはなっている。
ざっくり要約すると、
エリーは虐待を受けていたのか記憶が曖昧で、俺が保護して育てている。将来的に社会で働けるよう、教育を受けさせたい。
といった具合だ。
好々爺とした顔立ちの黛校長が、口を開いた。
「編入自体は構わないのですが、森戸先生に負担がかかると思いますよ?」
黛校長が心配するように眉を下げる。
「ここは私立校ですから、公立高の倍以上の学費がかかります。子どもを育てるだけでも相当なお金がかかるでしょう。そのうえで教育を受けさせて、森戸先生は経済的に困らないのですか?」
「覚悟の上です。教師が――いえ、大人が子どもを助けずに、誰が助けるって言うんですか」
エリーを学校に通わせるのに費用がかかるのは百も承知だ。
それでもエリーは学校に通うべきだし、通わせるなら、俺と悠莉が働く月ヶ丘以外考えられない。極度の人見知りであるエリーには、俺や悠莉のサポートが必要だろうしな。
俺の真っ直ぐな視線を受け、「ふむ」と黛校長が顎に指を当てる。
「大丈夫ですよ! 森戸先生にはあたしがついてますから!」
悠莉がグッと拳を握り、ふんすっ、と鼻息を荒くした。
「森戸先生が無理をするならあたしが手伝います! 森戸先生もエリーちゃんも、あたしにとっては大切なひとですから!」
「ゆう……茜井先生……」
俺が目を丸くすると、悠莉はパチンとウインクしてきた。
嬉しいこと言ってくれるな、悠莉。ちょっとうるっときたぞ。
「そこまで言うなら、断る理由はありませんね」
ふ、と吐息するように笑って、黛校長が目を細めた。
「眩しいですよ。きみたちの絆が」