夏の浜辺から始まる物語 ~童話『浦島太郎』誕生秘話~
令和の時代、あるところに仲の良い小学生三人組の男の子がいました。
男の子の一人は夏休みを利用して、海の近くに住んでいる親戚の家に泊まりに行く計画があります。
「みんなも一緒に行こうよ!」
この一言で、仲良しの三人は揃って遊びに行くことになりました。
現代はスマホがあるので、子どもたちだけでも迷うことなく目的地へと辿り着けます。
挨拶を済ませた三人組は、荷物を置くと早速海に出かけました。すると、綺麗な黒い箱が浜辺に流れ着いているのを発見したのです。
「綺麗な箱だよね。……落とし物かな?」
「ちがうよ、きっとここに流れ着いたんだ」
黒い箱には波の絵やお城の絵が描かれていて、ピカピカと輝いています。浜辺に落ちているだけのゴミには見えません。
「……宝箱、かな?」
一人がポツリと口にした言葉で、三人の緊張感は最高潮になりました。箱は豪華な紐で厳重に封印してあったので、一旦は箱を持って帰ることに決めます。
夜、三人は寝室で紐をほどいて箱を開けることにしました。
「なんだ……空っぽじゃないか」
立派なのは箱だけで中身は空っぽ。箱には何も入っていませんでした。
三人はガッカリして眠りにつきます。期待外れになってしまいましたが、明日は思い切り海で遊べるのだから気にしている暇はありません。
次の日、朝早くから海に来て浜辺を歩いていた三人組にウミガメが話しかけてきました。
「……あのー、この辺りに黒い箱が流れ着いていませんでしか?」
突然、ウミガメが話しかけてきたことに三人は驚きました。
それでも、かなり困り顔のウミガメを見ていると可哀想になってしまい、三人は箱を取りに戻って返してあげることにしました。
「この箱かな?」
「ああ!これです、これです」
ウミガメは本当に嬉しそうに大きな声を上げました。
「でも、この箱には何も入ってなかったよ」
男の子の言葉を聞いて、ウミガメは答えます。
「ええ、坊ちゃんたちには空っぽなんです。流れ着いた箱を発見してくれたのが坊ちゃんたちで良かった」
大切な物だったらしく、ウミガメは涙を流して喜んでくれます。
そして、箱を拾ったお礼に竜宮城へ案内してくれることになりました。
「乙姫様が振舞うご馳走、タイやヒラメのダンスでおもてなしさせてください」
三人は夏休みの思い出作りの一環として、ウミガメの提案を受け入れることにします。
ウミガメの甲羅に掴まって海に潜ると三人の周りを覆うように空気のカプセルが発生して、海の中でも呼吸ができます。
しばらく潜っていくと、大きなお城が見えてきました。綺麗な女の人が手を振って迎え入れてくれ、その両脇では色々な魚たちが踊って歓迎してくれます。
三人は生れて初めて見る光景に驚きました。
「こんな海の中にお城があるんだ!」
「スゲー!魚が踊ってるぞ!」
「あの人が乙姫様かな?きれいな人だなー!」
他の誰も経験できない夏の思い出ができたことで興奮してしまい、ご馳走を食べたり魚たちと遊んだりして長い時間を竜宮城の中で過ごしてしまいました。
ただ、魚たちの『なんだ子どもか』と言う一言だけは少し気になっています。
「そろそろ帰ろうか」
あまり時間が経ってしまうと皆を心配させてしまいます。ウミガメにお願いして元いた浜辺まで送ってもらいました。
そして、再びウミガメの甲羅に掴まって浜辺に戻ってきた三人は驚きました。
「……あれ!?」
元の浜辺のはずなのに、全く違う場所に見えてしまいます。
周囲にあるのは自然ばかりで、海岸から見えていた建物や道路もありません。
「ここは、むかし、むかしの海岸です。坊ちゃんたちが竜宮城で遊んでいる間に過去の世界にやって来たんです」
ウミガメが教えてくれた話で分かったことは、竜宮城は巨大なタイムマシンだったのです。
未来の世界で進化し過ぎて知能を持った海洋生物たちは人間から排除されそうになっていたそうです。そんな危険な場所から逃げるためにタイムマシンを作り出して、海洋生物たちは過去の海で静かに暮らそうとしていたところでした。
「どうして、あの黒い箱が僕たちの時代にあったの?」
そうです。三人組が生活していた時代は竜宮城の目的地とは無関係だったはず。
「未来から過去へタイムトラベルの途中で落としてしまったんですよ」
三人は慌てました。このままでは過去の世界に取り残されて、三人だけで生きていかなければなりません。
「聞いてなかったぞ!」
「どうしてくれるんだ!」
「元の時代に帰してくれよ!」
三人でウミガメを取り囲み責め立てます。ウミガメは泣きながら、
「だって、坊ちゃんたち、学校や勉強のないところでずっと遊んでいたいって言ってたじゃないですか」
確かに竜宮城で遊んで過ごしていた時、三人は言っていました。ウミガメとしてはお礼のつもりで学校のない世界に連れて来てくれたのです。
「そういうことじゃないんだよ!」
「この時代じゃ家族もいないじゃないか!」
「子どもだけじゃ生きていけないんだ!」
納得のいかない三人はウミガメに詰め寄りました。
「スイマセン!許してください!」
ウミガメは必死に助けを求めています。すると、そこへ古びた着物を着た青年が通りかかります。
「コラコラ、カメをいじめては可哀想だろう。放してあげなさい」
釣竿を持った着物姿の青年に怒られてしまい、三人はウミガメを責めることができなくなってしまいました。
その青年を見ているウミガメは瞳を輝かせて嬉しそうに話し始めます。
「それじゃあ、坊ちゃんたちが元の時代に帰れるように竜宮城を稼働させます。……そちらのお兄さんも、助けてくれたお礼をさせてください」
言われるままに三人はウミガメの甲羅に掴まって竜宮城に戻って行きます。今度は、むかしの青年も一緒です。
再びの出迎えをしてくれた魚たちは、青年を発見して嬉しそうに踊っています。そして、乙姫様は青年にご馳走やお酒を振舞いました。
「坊ちゃんたちは送り届けますが、こちらの用事が終わるまでは少し待っていてくださいね」
不敵な笑みを浮かべたウミガメが三人に話しかけます。
ウミガメの説明によれば、未来の世界で人間に虐げられていた海洋生物たちは、人間への復讐を考えていたそうです。
そのために生れたのが『乙姫システム』と呼ばれるスケベな大人を足止めさせるアンドロイドの乙姫様でした。足止めしている間に竜宮城はタイムトラベルをして、その大人を違う時代に連れて行き困らせる段取りを組んでいたのです。
恐ろしいのは『玉手箱』の存在です。適応力のある大人であれば、違う時代でも普通に生活を始めてしまうかもしれません。
その適応能力を奪うために、一瞬で老人に変えてしまうのが玉手箱の装置としての役割でした。
「十五歳以上でなければ、それらの装置は作動しないように作ってあるんです。私たちが復讐したいのは大人だけですから」
三人はウミガメの言葉に背筋を凍らせました。
海岸に流れ着いた玉手箱を開けたとき、もし近くに大人がいたとしたら玉手箱が作動していたかもしれないのです。
ウミガメが素直に三人を元の時代に戻すことにしたのは、復讐対象になる大人を連れ帰るついでのことでした。
「『玉手箱』は試作段階だったので、早く試験がしたかったんですよ」
全てを知ってから見る魚たちの踊りは、復讐できる喜びを表現しているようで恐怖しか感じませんでした。
怯えて過ごす三人とは対照的に、着物姿の青年は楽しそうに乙姫様とお酒を飲んでいます。これが青年の人生で幸せを感じられる最後かもしれません。
三人には、今居る場所が華やかに彩られた地獄にしか見えなくなっていました。
「それでは、あの人はこの時代で先に下ろしてきますから、坊ちゃんたちは待っていてくださいね」
適当な時代に移動が終わったのでしょう。ウミガメは三人に言い残して青年を送りに行ってしまいます。
青年の手には、あの装置『玉手箱』が持たされていました。
戻ってきたウミガメと青年をもてなしていた魚たちは、大きな画面を見ていました。
しばらくは静かに画面を見ていましたが、やがて大きな拍手が起こり、狂ったように踊り始めます。
「きっと、復讐が成功したんだ……」
一人がポツリと呟きました。
きっと、あの青年が年寄りになったことを確認していたのでしょう。
ウミガメの話では、乙姫様の「絶対に開けてはいけませんよ」の言葉がトリガーになっているらしいのです。
そして、竜宮城は青年を別の時代に残して再び稼働を始めました。
元の時代、元の海岸に帰してもらった三人はウミガメに丁寧なお礼を言って別れました。
ウミガメは竜宮城へ出発した直後の時間に戻してくれたので、三人は元の時代で変わらず生活することができます。
三人は、この日に起こったことを悪い夢だと思うことにしました。
しかし、三人は残りの夏休みを心から楽しむことができません。
ある日、宿題をしようと図書館で三人は集まりました。
「こんな絵本、今までなかったよな?」
一人が、ある絵本を発見して持ってきました。三人が海に遊びに行く前には存在していなかった絵本です。
今では誰もが知っている本みたいですが、三人が幼い日に呼んで記憶はありません。
「あのお兄さん、浦島太郎って名前だったんだ」
「本当は怖いお話しなのに、絵本になってるみたいだよ」
「このことは三人だけの秘密だ」
三人は図書館で見つけた絵本『浦島太郎』を読みました。
「でも、この浦島太郎さんのおかげで、僕たちは帰ってこれたんだよね?」
竜宮城が大型のタイムマシンであること。
乙姫様がAI搭載のアンドロイドであること。
ウミガメが復讐対象を探して海岸にいたこと。
タイやヒラメは復讐の喜びを表現していたこと。
未来の海洋生物たちが作り上げた要塞の竜宮城について、三人は全てを知ってしまったのです。
『坊ちゃんたちは十五歳未満で良かったですね……』
別れ際のウミガメの言葉が頭の中で繰り返されました。
三人は十五歳になった後、再びウミガメと出会うことがないことを心から祈るだけです。
そして、夏に出会った浜辺の漂着物は三人に軽いトラウマを残すこととなりました。
めでたし、めでたし。