第二話
━━かつて戦争があった。魔法と剣による戦争。
それは百年にも及ぶ長い闘いだった。
魔法は剣を砕き、剣は魔法を跳ね返した。
魔法使いと人間の不毛な闘い。そう、それは不毛でしかなかった。正義なんてものはどちらにもなく、あるのは血と鉄と死体の山だけ。死体には蛆が沸き、鳥が死体を啄む。そんな光景がどこまでも広がっていた。
一人の魔女が涙を流していた。彼女は歴戦の魔女。だがこうなることを望んではいなかった。彼女程、人類との共栄を望んでいた魔法使いや魔女はいなかった。
━━朝日が差していた。
ベッドから立ち上がり、背伸びをし、煙草を吸う。もう純正の煙草も残り少なくなった。
ガシャンガシャンと扉の先から喧しい音が聞こえてきた。『ギャ』という断末魔も。彼がまた何かやっているのかもしれないと簡単に身支度を済ませ寝室を出た。
「あ! 花梨さん、これは違うんです!」
目前には何かしら、おそらくは小麦粉だろう粉に塗れた彼の姿があった。
「何をやってるんだ、弟子くんは」
「いやぁ、たまには朝ご飯でも作ろうと思いまして」
「そんなことは私に任せておけばいいんだよ。それより花は食べたのかい?」
「あ、いえそれが……」
彼の目線を追うと、窓際に花瓶に入れられた灰の雫が置かれていた。
「私としては早く食べてほしいんだけどねぇ。それが弟子くんの体調にも影響を及ぼすわけだし」
「分かってはいるんですが、なんか綺麗で。つい、飾りたくなっちゃうんです」
「まぁいいや。今日中には食べてね。私はまた出かけてくるから」
「また箒ですか!? 花梨さんばかりズルイです!」
「そう言わないの。それじゃあ私は言ってくるから、留守番よろしく。あと花はちゃんと食べること!」
━━今日もここにきていた。もう何度訪れたか分からない場所。この場所には何もない。何もなくなってしまった。誰がそうしたのかと言われれば彼女なのだろう。
その時の彼女には意識はなかったが、深層心理には深く刻まれている。━━大厄災。
無意識下に彼女が放った禁断魔法。それが全てを破壊し尽くした。眼下には何も残っていない。灰が延々とひろがっているだけ。
『またきたんだね、お嬢さん。これで何度目だい?
数えるのも飽きてしまったよ』
何処からともなく聞こえてくる声に一瞬肩が鳴った。
「あなたとは昨日あったばかりの筈よ」
『まぁお嬢さんからしたら、そうだろうねぇ。でも僕はずっと見てきたよ。この世界が灰に変わるずっと前からね』
はっと目を見開き周りを見渡す。
「どういうこと!?」
『もう本当は飽き飽きなんだろう。永劫とも言える時を生きて、世界の為に花を探し続けるのは。この世界はもう終わっているんだよ。この景色を見れば一目瞭然だろう。一切木々が実ることのない灰一色の世界。命が芽吹くことはもうあり得ないんだよ』
声の聞こえてきた後ろに手を振りかざす。目に見えぬ刃が空気を裂く。
「知ったような口をきくな。あの場所とあの子さえいれば…」
『世界は元に戻るのかい? そもそも、どうして彼に花を食べさせているのか、彼が一体何者なのか、あの場所だけなんで、灰に覆われていないのか、君には何も分かっていないんだろう?』
反論の余地もない、彼女は口の端を噛み締める。血が一筋流れ落ちた。
『あの場所で彼と一緒に、ただ静かに永劫の時を生きるというのなら、僕も君に接触しようと思わなかったよ。
でも君はまだ諦めていないようだったからね。流石は大災厄の魔女と言ったところかな。その記憶にない罪の念だけが君を突き動かしているのだろう?』
「また知ったような口をっ」
『知っているからね、当然さ。うん、君よりは知っている自信があるよ』
「私だって、ただ漫然と生きてきたわけじゃない。この世界は私がこうしてしまった! だから私にはそれを解決する義務があるの。こんな世界のまま終わらせはしないわ」
『強いね、君は。それよりお嬢さん、龍谷という場所を知っているかい?
「龍谷……どこかで聞いたことが」
『大災厄を免れたもう一つの地、龍が住まう谷さ。そこに行けば何か分かるかもしれないね』
そう言って何者かは姿を消した。
読んでいただきありがとうございます。
まだまだ続く予定です。