ビアデッドドラゴン、受難の始まり
なろうラジオ大賞2参加作品(1000文字以下)です。
その世界には、ウロコのヒトと書いて鱗人と呼ばれる種族がいた。
賢明な諸兄姉には、リザードマンと表現すれば彼らの姿も想像に易いだろうか。
そんな世界のとある町に、ビアデッドドラゴンことフトアゴヒゲトカゲによく似た鱗人の渡り戦士が滞在していた。
渡り戦士とは、傭兵のようなもので、主に自らの戦闘力を貸し出すことで金銭を得ている旅人である。
その彼の仮宿を、一人のうら若き人間の女性が訪ねてきた。
彼女は数日前、町の外で魔物に襲われていたところを、たまたま通りがかったこの鱗人に助けられている。
渡り戦士でありながら謝礼も求めず立ち去った男を、彼女は必死になって探し回り、そして、ついに見つけ出したのだ。
「あの、先日はどうもありがとうございました。
これ良かったら食べてください……」
「え、あぁ、ありがとう?」
女性が木籠の蓋を開ければ、中にはギッシリ詰まった虫、虫、虫。
「頑張ってコオロギ沢山集めてきました」
「ぎぇぇええええええっ!?」
「あれ? ごめんなさい、コオロギ苦手でした?
でも、さすがにゴキブリは私もちょっと得意じゃなくて。
あっ、そうだ。ワームなら何とか我慢できますから、次はそっちを集めて……」
「止めろぉぉ!
そもそも、ドラゴニアンをその辺のトカゲ畜生と一緒にするんじゃない!
特に我らビアデッド一族の食性は人間と大して変わらん!」
「ええっ!? じゃあ、トウモロコシも?」
「っト、それは…………好物だが」
「なぁんだっ。だったら、次はソレをお土産に持ってきますねっ」
「ん、あぁ。うん。まぁ」
「じゃ、このコオロギたちは私が責任をもって森まで帰しておきます。
それでは、お騒がせしましたぁ」
渡り戦士の精神をごく短時間で無駄に掻き乱すだけ掻き乱して、颯爽と立ち去っていく人間の娘。
「………………いったい、何なんだ」
彼は知らない。
実は彼女が異世界よりの転生者で、前世、爬虫類愛好家であったことを。
魔物から助けた際に一目惚れをされており、今後、ストーカーと化した彼女に年単位で付きまとわれ、挙げ句、夫婦として結ばれる未来を。
今の彼は何一つ知る由もない。
とある鱗人の受難の日々は、まだ始まったばかりである。