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深夜の茶会

 俺がリーティアから借りた布の切れ端を水没させている間、二人は何も発せず、黙ってお茶を啜って待ってくれていた。

 俺がすっかり腫れ上がった顔を上げると、シャーマがお茶を入れ直してくれた。




「では…まずは、あなたの現状について把握したいと思います」


 

 シャーマの提案に俺は頷いて、自分に残っている一番古い記憶である、【異世界の管理者】と名乗る者との会話を、出来るだけ細かく説明した。

 シャーマはそれをテーブルの下から取り出した紙に書き残していく。俺が【異世界の管理者】からされた説明を全てつたえおえると、シャーマが顔を上げて書いたメモをこちらに見えるように掲げた。



 ん?なんかごちゃごちゃ記号みたいのが並んでる…。



「あの…なんて書いてあるんでしょう…?」



 おそらくは文字なのだろうが、俺には全く読める気がしない…。記憶云々じゃなく、もう言語が全く違う感じ。そこに見知った形は一切なかった。



「なんと…」


 シャーマが驚いたように目を見開いた。切れ長の目は実は俺が思っていた以上に大きかったらしい。


「そちらが話してくれた内容をここに纏めてみました。読み上げてみましょう」



 シャーマが紙を手元に引き寄せて書いたものを読み上げる。



 1、元の世界から【管理者】によって追放された。

 2、こちらの世界の【管理者】によって転生した。

 3、その過程で記憶の大部分を欠如した

 4、転生時に【管理者】による加護は与えられなかった。

 5、人の間では会話は可能。



 シャーマが朗々とそれを読み上げた。

 俺は一つ一つ頷きながら、自分が特に整理することもなく思いつくままに説明した内容が綺麗に纏められていたことに舌を巻いていた。

 隣で聞いていたリーティアが不思議そうな顔で考え込んでいたが、ふと口を開いた。



「ちょっと、いいか?」



「ん?どうしたね?」



「いや、『記憶の大部分を失っている』って事なんだが、具体的にはどんな事を覚えていて、どんな事を忘れてるのか、ちょっと気になったもんで…」




 うーん…。そう言われてみればそうだ…。ただ…



「うまく、説明出来ないんだけど…その、何がわからないかも思い出せないんだよ…」




 リーティアとシャーマ頭の上に大きな『?』が浮かんでいる気がする。俺も自分で言ってて分からん。



「なんて言えばいいんだろう…。ぽっかり空白になっていて、何を記憶から探せばいいか分からない、と言うか…」



 多分、あれは?これは?って聞かれれば探す事もできるんだろうとは思うんだけど…。



 それを伝えると、シャーマが閃いた顔で頷いた。





「では、こちらから一つずつ質問をして、それに答えていくというのではどうでしょう?」




 なるほど…。時間はかかるかも知れないが確実だし、俺も自分の状態を把握することができる。



「やりましょう」



 俺が答えるなり、シャーマがリーティアにも紙を渡し、いくつか二人の間で取り決めが行われた。



「それでは始めましょう…。まずは私から」



 言ってシャーマが鋭い視線を俺に投げてきた。



「お、お手柔らかに…」




 妙な緊張感に耐えかねてお茶を軽く啜る。もうお腹ちゃぷちゃぷだわ。




「ではまずは確認の意味でお名前から…」




 俺はもう一度記憶を掘り起こすべく自分の頭を隅々まで探してみたが、やはり思い出せなかった。 




「…わかりません…」



 ふむ、と頷きシャーマが紙に書き記す。





 リーティアが真剣な目で俺に向き直った。



「出身は?」




 俺は少し視線を逸らしながら、【異世界の管理者】から聞かされた【地球】と答えた。




「チキュウ…か…」



 リーティアがそう呟きながら同じように紙に書き記す。



 再びシャーマ。




「【チキュウ】はどんな所でしたか?」




「どんなところ…とは…?」



「例えば…そう、生活様式だとか、自然環境とか、なんでも思い当たることがあれば」



 言われて考えてみるが、何がどう、と説明できるような纏った形の答えが浮かばない。




「その…よくわからないのですが、こちらよりは発展していたように思います」



「ほほう…」



 何かまずいことを言ったような気がする…。シャーマとリーティアの目が怪しく光ったように感じたのは気のせいか…。

 その後も家族構成とか、職業とか、どんな生活をしていたか、とか代わる代わる質問をされたが、そのどれもまともに答えることができなかった…。

 窓の外が白くなり始めてきた頃、シャーマが深く息を吐いて、手に持ったペンを置いた。



 終わった…か…?



 横を見ればリーティアも疲れ切った顔で深く息を吐いている。

 会話自体はゆっくりだったが、こうも長時間繰り返されるとなると、流石に皆疲れが顔に出るな…。




「お疲れさまでした…。リーティアも。」




 いつの間にか奥からお茶のおかわりを持ってきたシャーマが三人分のカップに注いでくれた。

 結局、あの応酬で分かった事と言えば、俺が自分がどんな生活をしてどう生きてきたのか、何一つ思い出せない、と言うことだけだった…。



 何だか、すごく無駄な時間を過ごしてしまった気がする…。




 しかし、収穫も合った。シャーマとリーティアが、いくつか身の回りの道具を見せてくれた。その際に漠然と“どう使うものなのか“などは想像を交えながら当てることが出来た。ただし、自分が実際に使った経験があるか、となるとその記憶はなかった。





 俺…これから生きて行けるんだろうか…。





 ううむ…、とシャーマが難しい顔で唸っている。




「お前、そういえば何か《炎の呪文》使ったろ?」





 森での出来事を思い出したリーティアの唐突な質問に、シャーマの眉がぴくりと動いた。




「ほう…!《呪文》が使えるのですか?」




 シャーマの問いに、首を縦に振って答えた。リーティアも、間違いない、と頷いている。




「こいつを見つけた時、その傍で【怪鳥 ピピリュイ】が真っ黒になってた」



 あのでっかい鳥、ピピリュイっていうのか…。なんか名前がちょっと可愛くて申し訳なくなるな…。



 詳細を求めて注がれるシャーマの視線に頷いて、状況を説明する。




「森で襲われて、もうだめだ、と思った時に不意に頭の中で声が響きました…。とにかく必死で、その時に浮かんだ《呪文》を口に出して、気付いたら、鳥が燃えてて…。気付いたら炎も消えていたのですが…」



「なんと…!では真に【ピピリュイ】を《呪文》でしとめた、と…」




 ん?でもリーティアも何か呪文を使って傷を治してくれたし普通に存在する技術なんだよな…?



 俺が不思議そうにしているのを察したのか、シャーマが少し苦い顔で笑った。



「普通、《呪文》は熟練度でその効果を増していくものなのですが、突然使えるようになったにも関わらずピピリュイを仕留めるほど強力だと聞いて、驚いたのです」





 なるほど…。実は結構危険なのか…?



「ところで、使える《呪文》はその1つだけか…?」




 リーティアが見つめてくる。



 ほえー…。やっぱり美人だなー…。やばいな。疲れで頭が回ってない…。




「今のところは…」



 俺がそう答えると、それに二人が頷いた。




「ふむ…。加護は与えられずとも、この世界の理は適用された、と考えるべきか」



「多少規格外な所はあるようだが、な…」




 唸るように話す二人を俺はただ呆けた表情で見つめるしかなかった。




「さて、もう日も昇ってしまいました…。少しお休み頂いて、続きは目が覚めてからにいたしましょう」




 少しして、シャーマが膝を叩いてそう切り出したのを、俺はもちろん、リーティアも断る理由がないとばかりに力強く頷いている。



 皆、平気そうに見えて結構限界だったんだな…。




「直ぐ近くに来客用の宿がありますゆえ、そこの一室をしばらくは使ってくだされ」




 シャーマの提案を、俺はありがたく受け入れた。待望の安全な寝床だ。断る理由はない。  

 シャーマが席を立ち、入り口の扉を押し開ける。外はすっかり朝の色になっており、通りにはちらほらと出歩く人が姿を見せ始めていた。




 おお…。やっぱり住人はいるんだな。



 俺は当たり前の事に妙に感心しながら促され外に出る。


 



「リーティアも疲れろう?案内は私がするから、もう帰りなさい」




 リーティアがそれに頷いて静かに頭を下げるのに、シャーマが手をあげて答えた。




「また後でな」




 って事はまたリーティアに会えるのか…。何だか妙に嬉しいぞ。



 去っていくリーティアの背中をシャーマと二人で見送った。





「では、こちらへ」




 言って先に歩き出したシャーマについていくと、幾らも歩かずに立ち止まった。




「こちらです」




 あ、思ってたよりだいぶ近い…。




 周りと同じような造りだが、それが幾つか集まってくっついた様な感じで、シャーマの家よりも更に大きい。






「行商などで訪れる旅人などの団体が定期的に訪れるもので、宿は大きく作ってあるのです」





 そう言って笑いながら扉を開けて中に入っていく。




「ただまあ、今はそういった利用者はいませんので、暫くはここの一室をご自由にお使いください」




 そう言って通された部屋は簡素な木製の寝台と、机に椅子が一揃い用意されていた。寝台には藁束が載せられ、その上に布を被せて寝るらしい。




 なるほど…。まぁ、今ならどんな状況でも寝る自信がある。大丈夫だ。とにかく一刻も早く飛び込み眠りたい。




 俺の様子に気付いたのか、シャーマが微笑む。







「ごゆっくりおやすみください」






 言い残して踵を返す。




「お目覚めになりましたら、また私の家へお越しください。簡単ですが、食事の用意をしておきましょう」




 入り口で振り返って言ったシャーマに俺は深々と頭を下げた。なんとなく、そうするべきな気がして。





「何から何まで、お世話になります」




 シャーマが微笑んで、今度こそ部屋を後にした。

 一人になった俺は、真っ直ぐ寝台に向かい倒れ込んだ。




 今はもう何も考えたくない。




 そのまま深い眠りに向かって意識を落としていった。


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