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漸く出会えた温もり

 リーティアに背を押された俺は、光の中を泳ぐように必死で手足をばたつかせていた。そう、それはもう、ものすごい形相だったに違いない。力一杯目を瞑って体力の続く限り足掻こうと心に決めた。だから、自分が地面に寝そべっていることにも気付かなかったし、当然そんな俺の姿をリーティアが笑いを噛み殺して見守っていたなんてことも知らなかった。俺は必死で未知の恐怖に抗おうとし、その結果足の踵を盛大に地面に打ち付けた。




「痛ったーーーーー!!!」


「プ…ククク…」



 堪えきれなくなったリーティアが漏らした笑い声で、漸く俺は異変に気づき、目を開くと顔を真っ赤にして腹を抱えるリーティアの姿がそこにあった。




「お前…あんまり笑わせるなよ…」



 お前が勝手に笑ったんだろーが…



 どうやら碧のゲートを潜る際には歩いて通れば良かったらしく、そうと知らない俺は大袈裟に騒ぎ、一人で転び、地べたで暴れまわっていたらしい…。 




 そうならそうと事前に言って欲しかった…。



「あの先が我らの村だ」



 俺が立ち上げるのを待っていたリーティアが、未だに紅い顔のまま指差した方を見る。


 いつまで笑ってんだ…。



 人の背丈の二倍はありそうな、木造の門。その周囲には高さが揃えられた土と岩の壁がある。篝火に照らされたそれらは何とも言えない迫力で俺は思わず圧倒されたように一歩後ずさった。

 リーティアが門に近づき、軽く手を触れ、何事かを呟く。巨大な門がそれに呼応するように輝だし、大きな音を立てて自ら開いていく。



「おお…!」


 まるで、ゲームか映画のワンシーンのようなその光景に見入って、思わず声を上げていた。

 まぁ、どの映画?とかなんてゲーム?って聞かれても記憶の無い俺には答えようがないけど。



「おい、おいてくぞー?」


 呆気に取られている俺を他所にリーティアは既に門を潜って歩き出していた。


「あ、おい!ちょっと待ってくれって!」


 


 リーティアに追いついた俺の背後で、門が締まっていく音を聴いた。俺は当然の如く轟音だとか地響きを想定して身構えながら肩越しにその姿を見守った。が、門は一切の音を立てず、反対側から見た時と同じように、ただ厳かにそこに聳えていた。



「門の開閉がそんなに面白いのか?」



「ヒィエ?」



 呆気に取られていた俺は突然話しかけられてつい、間抜けな音で返事をしてしまった。

 くくく、とリーティアの押し殺した笑いが聞こえる。



 あー、はずかし。


「まず、長に会いにいく」


 俺は黙って頷いた。正直、滅茶苦茶に疲れてて今すぐにでも眠りたい。だがリーティアだけが頼みな現状ではそれに従うしかない。

 村の中は至る所で焚かれている篝火のお陰で、夜でも明るく見渡せる。

 その村の中央、大きな広場を抜けた先にある、周囲の家々より一回り大きな建物をリーティアが指差した。



「あそこだ」



 なるほど…。結構歩くのね…。

 多少整備されているとは言え、剥き出しの地面を暗がりで歩くには慣れが必要だ、と前を行くリーティアを見て思った。


「リーティアさん」


「何だ?」


「ちょっと歩くの早くない?」


「普通だよ」


「掴まっていい?」


「いやだ」


 ひどい…。



 俺は仕方なく心細い思いを抱えながらリーティアの背中を追いかけて、何とか目的の建物へとやってきた。

 リーティアが軽く入り口の扉を手の甲で叩く。



「リーティア・アールハイト、戻りました」


「お入り」


 『長』と言うからにはもっと老人のような声を想像していたが、中から聞こえた返事はかなり若そうだった。リーティアと同じくらいか?



「ここでちょっと待ってろ」



 リーティアだけで木製の扉を手前に開けて中へ入っていく。

 隙間からちらりと見えた部屋の作りは簡素なものだった。

 道中目にした建物はどれも、丸太を組んで造られたような木造建築ばかり。道を照らす街灯は無く、転々と篝火が灯されているだけ。


 文明のレベルはそれほど高くない世界なのか?或いはこの村が特別発展していないか…。


「大丈夫か?」


 いつの間にか、リーティアが中から顔だけ覗かせていた。



「あ、ああ」


「長が呼んでる。入れよ」


 何故か妙に緊張してしまう。落ち着け、俺。


 失礼します、と声を掛けながら扉を支えるリーティアの脇をすり抜けて中へと入る。

 さっき覗き見た簡素な部屋の中央には綺麗に刺繍された敷物と木製の低いテーブルが設置されている。部屋の中は壁に飾られた燭台のか細い灯だけにも関わらずしっかりと明るい。

 テーブルの向こうに腰掛けた品の良い顔立ちの人物と目が合った。



 あれが『長』か…。



 どこか、リーティアに似た面影を感じるが、その肌に浅く刻まれた皺から、年長者らしいことがわかる。



「どうぞ、そちらにお座りください」


 

 俺が勧められるがままに向き合う形で床に腰掛けると、見計らったように奥の部屋から、三人分の茶を載せたお盆を持ってた子供が現れた。



「おや、ありがとうマーリル」



 マーリルと呼ばれた子供は少し眠そうに目を擦っている。客人が来たのを察してお茶を入れてくれたらしい。なんて健気な…。



「ありがとう」



 ふぁあー…あったかーい…



 お茶の温もりにそれだけで僅かに疲れが癒える気がする。

 そのまま口をつけて啜ると一気に芳ばしい香りが鼻へ抜けた。仄かな甘みを持った茶が喉を通ると全身に温もりが広がり、何とも言えない幸福感に満たされる…。



「大層、美味そうに茶を呑んでくださる…」



 やべ…。すっかり浸ってた…。



「こんなに美味いお茶、初めて呑んだと思います」



 一度緩んだ表情を引き締めながら言って、カップに口をつける。うん。うまい。

 そんな俺の様子を見ていたマーリルが、嬉しそうに奥に引き返すと、おかわりの入ったポットを抱えて戻ってきた。いそいそと駆け回る姿は小動物の様で可愛い。

 長がその手からポットを受け取る。



「本当に、マーリルの入れてくれる茶は世界一美味い…」



 うんうん



 褒められたマーリルは顔面が発火しそうなほど赤くなった。



 何この子、かわい。



「さあ、もう遅い時間だ。起こしてすまなかったね…。ゆっくりおやすみ」


 

 長の言葉にマーリルが頷いて、そのまま俺たちに向かって頭を下げた。



「おやすみなさい…」


 小さな声を鈴が鳴るように響かせると、奥の部屋へと下がっていく。しばらくしてから扉の開閉する音が聞こえた。

 パタパタという足音が外を回って小さくなっていくのを長が目で追った。

 俺も知らない内に目尻を下げてその音を追っていた。親戚の子が遊びにきた感じかな…?親戚居たのかすら思い出せないけど。

 さて、と切り出した長が茶のおかわりを差し出したので、カップを両手で差し出す。いつの間にか隣に座っていたリーティアも同じように茶のおかわりを要求している。全員分の茶を注ぎ終わると、長が口を開いた。



「改めまして…。 シャーマ・フェール と申します。この村の代表をさせてもらってます」



 何故か少し申し訳無さそうに言うシャーマは、随分腰の低い人物に思えた。




「その…自分は…」



「先程、リーティアから大体の事は伺っております」



 俺がどう説明しようか迷っているのが伝わったのか、シャーマが遮ってそう言った。


 

「大変でしたなぁ…」


 柔らかい物腰で労われると、目頭が一気に熱くなった。


 あ、これ泣いちゃうやつだ…。



 俺は必死で目頭を抑えながら、熱が引くのを待った。なのに…。



「本当にお疲れ様でした…。良ければお話をしませんか?これまでの事と、これからの事。ゆっくりで構いませんので。お茶もまだある事ですし…」



 そんな風にシャーマの優しい声で言われたもんだから、俺は目も鼻もぐちゃぐちゃにして頷くしかできなかった。理不尽だと思った。死ぬかと思った。怖かった…。そんな想いを全部聞いてくれるんだ、って思ったらもう止めようがなかった。



「取り敢えず、一旦拭けよ…」


 

 リーティアがそう言ってくれた布の切れ端で目を抑えたけど、ごめん、リーティア…。全然足りそうに無い…。

まったり更新ですみません…

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