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思ってたのと違う…

どれほど時間を呆然と過ごしただろう…。

強烈な陽射しに露出した肌がジリジリと焼かれて行く痛みに我に返ると、額からこぼれたであろう大粒の汗が地面に作った染みを幾つも作り上げていた。

 


      ここは…、ヤバイ、な…



 どうやらこのままこの場に留まって項垂れていると、それだけで死に向かう状況にあるらしい。

 どうせ転生するならもう少し生存確率の高い場所から始めさせて欲しかった…。

 


      とにかくどこか、避難しなきゃだめだ…


      

 ともあれ、折角もらった命ならもう少し生きたい。

 『転生したら10分で死にました』なんてラノベにもならん…。     



 生きると決めれば、とにかくまずは涼しい場所で水を飲みたい。生存条件としては寝床と水分と食料確保が重要なのだろうが、今この瞬間に関して言えばそれだけが全てに優先する。

 周囲に何かないか、と辺りを見回す。足下こそ砂地だが、すぐ目の前には森があり、背後は岩山に囲まれている。考える余地もなく吸い込まれるように森へと飛び込んだ。

 灼熱の陽射しから開放されるとそれだけでも肌が冷まされる気がする。

 深呼吸で新鮮な空気を肺に取り込むと、さっきまでは困難だった呼吸が楽に出来ることを実感した。

 少し落ち着いた所で、元々自分が立っていた場所を眺めてみる。丸みもない大きな岩が立ち並び、陽射しを遮るものは何もない砂地。無機質な景色は生命の匂いも感じられず、己の死を容易く想像させる。

 対してここは、青々と茂った草木に囲まれ、まだ何かを得られる様な期待を持つことが出来た。草木であろうと、生命があるという事は少なからず食料にありつける可能性があるはずだ…。出来れば小川か何か有るといいな…


 

       「水…飲みてぇ…」



 陽に晒され、すっかり喉が渇いている。正直空腹はまだ耐えられても、渇きを我慢出来る気はしなかった。

 背後は木々に深く秘匿され、正しく深淵を連想させる。背中に滲んでいた筈の汗が僅かに冷えるのを感じた。それでも…


       渇いて死ぬよりはましか…



 

 意を決して茂みの中へ足を踏み入れる。

 生い茂った草木をかき分け歩きながら、もう一度振り返ってみる。どうやら一度死んだらしい俺は、生前の記憶の殆どを無くし、名前も思い出せないままこの地に放出された。


 

       一歩間違えば死、って状態で…



 

 【異世界の管理者】と名乗った謎の声は【特殊能力】は授けないと言っていた。その上肉体的なアドバンテージも得られはしないのだとか。

 



      なるほど…ここまでの僅かな運動量で既に息が切れているわけだ…。




 おそらく、生前から特に身体を鍛えるなどはしていなかったのだろう、と動く度に小刻みに振動する腹を摩りながら溜息を吐いた。

 



      とりあえず…恨むぜ…前世の俺…




 そういえば、と自分が着ている皮製の服を改めた。

 上下揃いで、袖も裾も七分程度の長さ。身体中の汗で肌にくっつく生地は決して心地よくは無い。感覚的に馴染みのない素材が、この世界製の物だと認識させる。靴は外側も底も同一の材質なのだろう、とにかく蒸れる。時々溜まった汗で足が滑りバランスを崩しそうになる。

 



      文明レベルは低いのかも知れないな…



 

 元の生活は覚えていなが、流石にこれよりは上質な素材の衣服を纏っていただろう。おそろしく伸びた下草で切れたせいか、むず痒い肌を掻きながらそんな事を考えていた。

 森の中は草木が自然体のままを成していて、特に期待していた訳では無いが、当然舗装などされている筈もない。僅かな湿度を持った土は踏み締めた下草を滑らせ、緩やかな傾斜では何度も転びそうになりながら奥へと進んでいくが、何処まで進んでも、先人が踏みならした跡や獣の通り道の一つも見当たらない。


       

       これは…早まったか…?



 後ろ向きな思考が何度も過ぎり足を止めるも、やはり進む以外の選択はなく、仕方なく再び足を動かす。

 途中、夜露の名残か葉の上に僅かに水滴を戴いた植物を見つければ、即座に口に含み、喉を慰さめるが、無論それだけで事足りる訳もない。ひり付く喉に加えて、空腹と疲労に遂には足を留めた。



       とりあえず、ちょっと休もう…。どこかいい所ないか…?




 当たりを見廻すと、腰掛けるのに丁度良さそうな倒木を見つけた。駆け寄って暫しの休息を取る。

 休息とは言っても、腰を下ろして息を整える事しかできない。途中、草木はあっても木の実一つ見つける事は出来なかった。小川どころか水たまり一つ見付けられなかった。

 せめてもの救いは、頭上を覆い隠すように天高く伸びきった木々が陽の光を遮る事で幾分か暑さを凌げるようになった事か。

 当てもなく森の中を進む事は、考えていた以上に肉体的にも、精神的にも負担が多く、自分以外の生物の気配を一切感じられない事が、こんなにも不安な物だとは思っても見なかった。


 


       「一体、どこなんだよ…ここは…」


 


正直な所、謎の声の事を全てを信用したわけではない。独特な雰囲気や、未知の暴力の恐怖に、あの場では信じてこまされていたように思う。がしかし…


 

       

       もしかしたら、誰かが俺を騙そうとしてるんじゃ…



 そんな考えがここまでの道中で何度も頭に浮かぶが、それこそ現実味が無いだろう。

 俺を騙した所で何があるってこともないだろうし、記憶を失った事の説明がつかない。

 おそらく、実際には、あの場で語られた事が全て。本心では解っている。それでも、こんな望まぬ環境に放り出された身としては、嘘であってほしい、と願わずにはいられない。

 



      

        なんで俺がこんな目に…

 


 

 記憶を失った頭では、その理由を探っても思い当たる節の一つも見当たらない。




       「まぁ…、根っからの悪人、と言うわけでも無かったんだろうけど」

 


『【異世界の管理者】に拾われた存在』と考えれば特別な物に思え、それで幾らか自分を慰める。差し詰めこの状況は与えられた試練てとこか。

 ふと、頭上を覆う木々の影を、別の影割り込み遮った。辺りに薄闇が広がり、思わず頭上を仰ぎ見る。


  

       「グゲェー!」


 


 けたたましい奇声に思わず頭を庇うようにしてしゃがみ込む。

 バサバサと大きな音を立てた巨大な羽根を仰ぐ怪鳥が、しっかりとこちらを睨んでいる。

 怪鳥の羽ばたく風圧に思わずよろめき、そのまま10歩ほど後退して距離をとる。

 



       


        「グゲェーーーー!!」

 




  動くな、と言わんばかりの怪鳥の雄叫びに心臓は跳ね上がり、短過ぎる異世界生活の終わりが瞬間的に頭を過ぎる。

 呆けて動けない人間を絶好の獲物と捉えたのか、怪鳥は一気にその高度を下げて襲い掛かってきた。

 ハッとして眼前にせまる鉤爪を、すんでのところで飛び退いて躱す。躱せた。助かった!いや、まだだ!

 勢いよく跳びこんだ先が崩れて斜面になっていたせいで、数メートルも転がる。

 幸い、直ぐに木にぶつかって勢いは止まったが、したたかに背中を打ち付けせいでその衝撃と痛みが酷い。思わず危機も忘れて蹲る。

 怪鳥はその様子を再度上昇した場所から見下ろしていたが、こちらが動けずにいると見るや、すぐ側に降り立ってゆっくりと近づき、あと1mというところで、立ち止まる。

 



    

        観察されている…


 



 珍しい獲物を楽しんで眺めているのか、仕留める機械を伺っているのかはわからないが、それでも直ちに襲いかかられない事でこちらがどう動くかを選択する余裕が出来た。




    

        武器が欲しい…




 

 目を怪鳥から逸らさないまま手探りで、どうにか武器に出来そうな物を探す。

 ゴツゴツとした硬い感触。掌にギリギリ収まる程度。多分、石だ。それを握る。重くは有るが片手でも投げらそうだ。

 すぐさまそれを握り直して、全力で怪鳥に向かって投げつけた。

 



 

        ゴッ…!!




予測していた、とばかりに怪鳥がその長い首をヒョイ、と傾けて悠々と躱し、石はそのまますぐ後ろの木に当たってそのまま地面に落ちた。

 これは想定内。投げつけると同時に既に立ち上がって駆け出している。怪鳥が躱した隙に、背後の木を躱すと、下りの斜面を無我夢中で駆け降りる。

 心臓が痛い。眼前に猛スピードで黒い物体が迫るが何かを判別するまもなくギリギリで回避する。なるべく速度を落とさない事だけを考えて転がる様に走り抜ける。

 



 

        ドンっ…!




 不意に背中を何かに押され、前方に気を取られていた為に振り返る余裕もなくそのままの勢いで転がった。

 今度はなんとか手足に力を込めて踏ん張って木に当たる直前で止まる事が出来た。

 




        「痛…!?」




 肩に鈍く痺れる様な痛みが走った。触れてみると温かくぬるぬるとしている。





        「な、何だこれ…?」





 嫌な予感に泣きたくなるのを堪えてもう一度触れて確かめてみる。






         「い、痛ったぁー…!」





 恐る恐る肩を覗くと、三筋の細い溝が深々と刻まれていた。あまりの深さに傷の痛みを急激に認識して思わず地にうずくまった。

 悠々と追いついてきた怪鳥は、もはやなんの警戒もしていないくせに、それでもゆっくりと近寄ってくる。

 



       クッソ……!




 いやらしく笑ったようにも見えたその顔には、大きく開かれた嘴から無数の尖った歯が覗いている。まるで、ご馳走を前にして抑えが効かない、とばかりにだらしなく伸びた涎が、光の線の様に筋を1本浮き上がらせていた。

 




       まだだ…。まだ…死にたくない…!




 もはや冷静になって作戦も立てられない。無茶苦茶に暴れようにもそんな体力も残っていない。それでも…



  

       死んで…たまるか…!



 

 痛みをこらえて怪鳥を睨めつけながら、最後の瞬間まで生き延びる手段を探り続ける。

 距離は確実に詰められているが、妙案が浮かばない。

 




       何か…何かないのか…!


      《ファイヤー・ウォール》


  


 突如脳裏に浮かんだ言葉と炎が巻き起こる現象。それが植えつけられたかのように頭にこびりつく。


  

 

       

        何なんだこれ…!?

 




 深く考えている余裕もなく、今、正に眼前へと迫る、だらし無く涎を垂らして大きく開いた嘴でニヤつく、怪鳥の口内に向かって叫んだ。

 




      「ファイヤ・ウォール!」







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