“弱いままで鎧を纏ってしまったせいでワタシはまた振り出しに戻る”
古ぼけた田舎の駅のホームにワタシは立っている。
上の方を見上げると改札から反対側のホームに向かう渡り通路がある。そこの窓に母が立っているのが分かる。気に入って着ているシャツで見てと言っているようだ。ワタシを見つめスマホの着信を鳴らした。
『もう、行くのね』
「そうだよ」
電話越しの声は優しかった。なのに、離れている。もう少し、近くに寄れば良いのにと思ったがそれはあえて言わないでいた。
辛いと思ったから。
夕暮れ時の赤い空が一面に広がり、窓越しにいる母をも消そうとしている。特に通話の中で特別な話しはしていない。ただ、黙って通話を繋いでいる。
電車が来るアナウンスが響き渡り、奥の方から列車がこちらに向かって来る。
『この電車に乗るのね』
「そうだよ」
淡白な会話。
電車がホームに到着し、ドアが開く。ワタシは改めて母のいる場所に視線を向け話しかける。
「もう乗るから切るね。行ってくる」
返事も聞かずに通話を切り、車両に乗り込むと普段と変わらず、色んな乗客が乗っていた。座席に座るサラリーマンやご婦人、学生たち。皆は帰宅するのだろう。しかし、ワタシは違う——。
発進のベルが鳴り、ドアが閉まると電車は動き始めた。反対側のドアの横の手すりに立って窓の外の風景を眺める。まだ一面赤い空は不気味なほどに燃えていた。それに……ワタシはこの街を初めて見て見ている。見下すと住宅街が密集している。住んだ覚えのない街からどこへ向かうのか見当もつかなければ、なぜ母と別れたのかも分からないままワタシは電車に乗り込んだのだ。
そのまま電車はトンネルに入った。真っ暗な外がずっと続いている。いくら待っても外の景色が見えない。代わり映えしない車内の明かりと乗客はいつも通りだという感じで気には留めていなかった。
そういうものか。そうなのか。と、自分を説得させた。ワタシはもたれ掛かって目を瞑り、トンネルを抜けるのを待った。
長く長く揺れる箱。ワタシは何処へ……。
時間がある程度経ったのか、瞼の裏でも捉えられる程の光が差し込み、目を覚ますとそこには無造作に作られたような大きな建物が立ちはだかっていた。異様なネオン、無機質にうねるパイプ、打ちっぱなしのコンクリート、ボロボロの屋根、剥き出しの電線が張り巡らされている。
ワタシは、何処へ……と目を見開き、頭上にある液晶モニターを慌てて見ると次に到着する駅名が表示されていた。
その表記は文字化けしていた。
目の当たりにしたワタシ。
加速する箱の下が露出し落下した——。




