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嘘つき執事の恩返し

作者: 狐月

 雲一つない真っ青な空。

 色とりどりの花が咲き乱れる中庭で、お茶をするのはエレオノーラお嬢様の日課だ。


「お待たせ致しました」

「ありがとう、レイ」


 お嬢様は優雅な仕草で紅茶を一口飲んだ後、ふわりと微笑んでこちらを向いた。お嬢様は今日も天使である。


「今日もとても美味しいわ。レイの淹れる紅茶は世界一ね」

「お褒めに預かり光栄です」


 お嬢様は必ずこうして褒めてくださる。

 その度に口元が緩みそうになるのだが、執事である私がそんなだらしない表情をしてはいけない。

 私はきゅっと表情を引き締めた。


 この時間は私の至福の時間だ。花に囲まれた天使のようなお嬢さまに紅茶を淹れることが出来る。


 だからこそ、誰にも邪魔されたくないのに……


「姉上、ご一緒しても?」


 度々コイツが邪魔しに来る。


「ええ、構わないわ」


 お嬢様に輝くような笑顔を向けながらも、ちらりと一瞬こちらを見たアイツは確信犯だ。許すまじ。


「レイ、僕の分も紅茶を」

「坊ちゃんにお出しする紅茶はありません」

「は?」

「坊ちゃん、またダンスのレッスンをサボりましたね?」


 だから私は、こうしてささやかながら抵抗をする。

 アレクシス坊ちゃんがダンスのレッスンをサボったのは事実だ。

 それも初めてではないのだから、こうしてお仕置きをする私は間違っていない。


「アル、ちゃんと授業に出なさいといつも言っているでしょう」

「ダンス以外のものはちゃんと出ていますよ」

「ダンス()出なさいとお嬢様はおっしゃっているのですご理解できないのですか?」

「お前は少しその生意気な口にハンカチでも突っ込んでおきなよ」


 公爵家の執事に相応しい質の布で作られた皴一つない真っ白なハンカチをそんな無駄遣い出来る訳ないでしょう。バカですか?

 と口に出すのは流石にやめておいた。


「何か文句でもあるの?」


 おっと顔には出ていたらしい気を付けなければ。


 坊ちゃんはダンスのレッスンだけは出たがらない。だからと言ってダンスが苦手という訳でもないのである程度は見逃されているが、流石に毎回ともなるとよろしくない。


「姉上が先生ならば、僕も必ずレッスンに参加するのですが」

「お嬢様は男性パートを踊ることは出来ませんから、代わりに私がお教えしましょうか?」

「それは光栄だな。完璧にリードしてあげるよ」

「御冗談を、私が坊ちゃんにリードをお譲りするとでも?」

「もう、二人とも喧嘩はダメよ」


 少し眉を下げて困ったご様子のお嬢様にそう言われ、坊ちゃんと揃って口を閉じた。

 お嬢様を困らせるようなことは出来ない。その点だけは坊ちゃんと意見が一致する。


「レイ、折角なのだから、アルにもお茶を出してあげて? ダンスのレッスンも時間のある時ならば付き合いますよ」

「ありがとうございます。流石は姉上です」

「調子に乗らないでくださいね坊ちゃん」

「僕がそんなことをするはずないじゃないか」

「どうでしょうか? 坊ちゃんのその辺りに関する信用はゼロに等しいですので」


 これ以上坊ちゃんと言い合いを続けてお嬢様に不快な思いをさせてはならないと思い、私は坊ちゃんの分の紅茶の用意を始めた。




 *




「アンタは……?」

「わたくしはエレオノーラ・シュタール。わたくしの家にきませんか?」

「オレたちを、たすけてくれるのか?」


 そう聞いたオレに、その少女はふわりと笑って手を差し伸べた。

 白く柔らかな手が、オレの泥だらけの荒れた手を包み込む。


 その温かさが心地よくて、オレはそのまま意識を手放した。




 随分と昔の夢を見た。


 あれはスラムの隅で私と妹が野垂れ死にかけていたところを、当時六歳だったお嬢様に助けられた時の夢だ。


 私たち人間は大なり小なり必ず何か一つ、特殊な能力を持っている。

 それはコップ一杯の水を出す程度のものから、天候を変えるようなものまで様々だ。


 そんな中で私は、未来を予知する能力を持っていた。

 数秒から長くて数日後に起こることを知ることが出来る能力だ。


 だから母親が出ていくことも、父親に捨てられることも、私は数日前から知っていた。

 そしてお嬢様に出会う数日前、私はとある予知をした。


 ――妹が私の腕の中で死に、私も後を追うように死ぬ。


 自分が予知したことが外れたことは無かった。変えられたこともなかった。

 だからこの予知も、必ず起こる確定事項だろうと思っていた。

 ……でも、諦めきれなかった。


 せめて妹だけでも、助けたかった。

 私はなけなしの体力で歩き回り、妹を助ける方法を模索した。助けてくれと、色んな人に頼み込んだ。


 でもどうやってもそんな方法を見つけることは出来なくて、諦めて、せめて最期は妹と一緒にいたいと妹の元へ戻り二人で丸くなっていた時だった。


 私たちの未来に、光が差した。


 お嬢様が、私たちに手を差し伸べてくれたのだ。

 どうやったって変えられないと思っていた未来を、お嬢様が変えてくださったのだ。


 お嬢様の能力は千里眼だ。

 幼かったため制御しきれず、意図せず発動してしまったその能力で馬車の中から私たちを見つけたのだそうだ。


 目を覚まして妹が私の横で穏やかに寝ているのを見た時、私は一生お嬢様についていくことを決めた。

 自己満足になってしまうかもしれないが、私の全てをお嬢様が幸せになっていただくために使いたいと思った。


 だから今度は私が、お嬢様の未来を変える。


 お嬢様に救われ意識を失っている間に、とある令嬢の夢を見た。

 その令嬢は王子の婚約者だった。

 しかし王子は別の女性と恋に落ち、令嬢は嫉妬によりその女性に嫌がらせを繰り返した結果、修道院に送られてしまうという内容だった。


 驚いたことに令嬢の容姿は、年齢こそ違うもののお嬢様と瓜二つだったのだ。

 名前も容姿も一致する令嬢は疑いようもなくお嬢様本人で、それはお嬢様の未来だ。


 あれほど遠い先の未来を見たのは後にも先にもあの一回きり。

 でも間違いなく予知夢だと断言できる。

 だから私は、お嬢様が私にしてくれたように、お嬢さまの未来を変えるのだ。


 その予知は時間が長すぎた為か、物語のあらすじだけを読んだみたいな断片的な内容だった。

 それでも主要人物やそこに至るまでの経緯くらいならわかる。


 私はまず、お嬢様の性格が歪んでしまわないようにすることを目標に動き出した。


 お嬢様のお母様はお嬢様が六歳の時、つまり私に出会った少し後に亡くなってしまわれた。

 お母様が亡くなり、旦那様もお仕事が忙しいせいで中々会うことが出来ない。


 そしてその一年後には後継ぎとして分家から引き取られた義弟が現れる。


 自分は必要ないのかもしれない。

 誰も自分なんて見ていないのかもしれない。


 それらの想いが積み重なることでお嬢様は孤独を感じ、既に婚約していた王子殿下に依存していく。


 私はそれを阻止するため執事になるための勉強を死ぬ気で行った。技能を身に着けないことにはお嬢様の傍にいることすら出来ない。


 寝る間も惜しんで技能を磨き、お嬢様に孤独なんて感じさせないくらい寄り添った。

 そのお陰かお嬢様は王子殿下に依存はしておらず、殿下との仲は良好だ。


 ……いや、良好どころではなく見ているこっちが恥ずかしくなるくらいラブラブだ。

 お嬢様、幸せそうなのは嬉しいのですが、私はちょっと寂しいです……。


 とにかく! 今のお嬢様と殿下の間に別の女性が入ることなど不可能だと思われる。

 でもまだその女性は登場していないので油断は出来ない。




 私はベッドから起き上がって朝の支度を始めた。

 皴などがないか確かめ、身だしなみをきっちり整える。寝ぐせなんて以ての外だ。


 支度を終えたころに、部屋にノックの音が響いた。


「おはようございます、お兄様」


 許可を出すと入って来たのは妹のシェリルだった。

 シェリルもお嬢様に救われて以来ここで侍女として働いている。


 シェリルはお嬢様と推定同い年なので良いお話相手だ。推定なのは私たちの誕生日がわからないためである。


「おはよう、シェリル」

「こうして朝お会いすることも、またしばらく出来なくなりますね」

「それは仕方ないよ」


 春休みは今日で終わり、明日からは学園の寮で寝起きする。

 寮は男女で別れているため家族と言えど部屋に入ることは出来ないのだ。


 シェリルも忙しいのでゆっくり話せる時間はこの朝の僅かな時間くらいだから、この時間が無くなるのは残念である。


 昨日あったことなど他愛のない話をした。

 しかし毎回最後はお嬢様の話になるのだが、これは一体何故なのだろう?

 やっぱり私たちは似ているのだろうか。


「では最後に、一度だけ」

「シェリル」

「わかっています。一回だけですから」


 シェリルが何を言おうとしているかがわかり止めようとしたが、ここならば誰に聞かれる心配もないだろう。

 今日くらいは……いいかな。


「今日も頑張りましょうね。お姉ちゃん」

「そうだね」


 そう返すとシェリルは嬉しそうに笑ってから、「失礼します」と言って部屋から出て行った。


「はぁ……」


 私は男の恰好をして執事なんかをやっているが、生物学上は一応女だ。

 もう十年以上もこんな格好をしているので、自分が女であるなんて忘れていることの方が多いのだが。


 何故そんなことになっているのかというと、スラムではその方が都合がよかったからだ。

 姉妹より兄妹の方が生き残れる確率が高い。

 だから私は昔から髪を短くして少年らしく見せていた。


 この屋敷に来て風呂に入れられた時に侍女にバレたのだが、その時の私は女であることを晒すのがとても怖かった。

 だから必死になって「誰にも言わないでくれ」と頼んだ結果、執事長が私が男の姿でいることを許してくれた。


 現在そのことを知っているのは私を風呂に入れた侍女と執事長、そして旦那様……とあともう一人。


 でも今となっても男として育てられたのはよかったと思っている。

 学べる内容も、仕事の幅も広がるからだ。


 ……直接的にお嬢様に奉仕できる機会は減るので、シェリルに女子寮の話を聞いたりすると割と真剣に性別を晒そうか迷ったりはするが。

 まぁ、いつも一歩手前で踏み止まっている。


 女性にしては身長が高く、声も低めの私は一度も女だとバレたことはない……唯一の例外を除いて。



「やあレイ、今日も早いね」

「使用人の部屋には来ないでくださいって言っているでしょう。それと今何時だと思っているのですか。私が起こしに行くまで寝ていてください」

「まだ太陽が昇っていないくらいの時間かな? 起きちゃったんだから仕方ないよね」

「なら寝たふりでもしておいてください」

「いやだね」


 ノックも無しに私の部屋に入って来たのは坊ちゃんだ。

 この人は無駄に自立しているので着替えやらなんやらも一人で済ませてしまう。

 そしてたまに早く起きた日はこうして押し掛けてくるのだ。


「用が済んだなら帰ってください」

「あれ、僕挨拶しかしてなくない?」

「おや、挨拶をしに来たのではなかったのですか?」


 今こんなところに来られても邪魔でしかないんだから自分の部屋に帰ってほしい。


「お前って意外と顔に出るよね」

「安心してください。坊ちゃん限定です」

「ま、僕に表情だけ取り繕っても意味ないけど」


 坊ちゃんは嘘を見破ることが出来る能力を持っている。その人が嘘をついているかどうかが一瞬でわかるのだそうだ。


 そのせいでここに来たばかりの頃は人間不信になっていた。

 嘘がわかるというのはいいことばかりではないらしい。


 現在はお嬢様と旦那様、私を含めた使用人の一部にはある程度心を開いてくれているが、最初は会話すらさせてもらえなかった。


 今でもそれ以外の人には貼り付けたような笑みを浮かべて接している。

 素を知らなければわからないぐらい完璧なものなので社交に影響は出ていないのが幸いだ。


 しかしそんなことよりも困るのは、


「いつも思うけど殺風景な部屋だよね。女の子らしくないなぁ」

「私は男ですから」

「あ、嘘ついてる」


 私の性別がバレてしまったことだ。

 一度も肯定したことはないが、私が否定する度に嘘であると言われる。

 ここまで来るともはや意地である。


「もういい加減認めればいいのに」

「そういう訳にはいきません」

「僕はお前が認めようが認めまいがどっちでもいいんだけどね」


 なら言うなよ。

 おっとまた顔に出てしまう気を付けなければ。


 坊ちゃんは私のベッドに座り上半身を倒した。おいそのベッドさっき整えたばっかなんだが。


「いつまで居座る気ですか」

「お前がここからいなくなるまでかな」

「つまり私と共に出ていくということですね」

「そういうこと」

「はぁ……執事長に叱られるのは私なんですけど」

「いい気味」

「あ?」


 しまった思わず昔の口調が出てしまった。

 私が口を押えるのと同時に、坊ちゃんは上体を起こしてにんまりと笑った。嫌な予感しかしない。


「罰として、今日は姉上ではなく僕についていてね」

「お断りします。どうせ明日から寮で一緒ではないですか絶っ対いやです!」

「明日から一緒なら今日からでもいいじゃないか。これは決定事項だから」


 さいあくだ。お嬢様と共にいられる時間が一日も減ってしまった。

 学園ではお昼休みの時間は必ずお嬢様の所に行こう。うんそうしよう。


「僕と一緒にいられるって聞いてそんなに落ち込む女性はきっと君だけだよ」

「…………ガキのくせに」

「何か言ったかな?」

「いいえ何も」

「あ、嘘ついたね?」


 これ以上お嬢様との時間を削られてたまるか。

 そう思った私は、扉の方に向かって歩き出した坊ちゃんの後頭部を睨みつけるだけに止めておいた。




 *




「なんでこんなところに来なきゃいけないんだろう? 希望者だけ参加って言われてんのにこれじゃ強制参加じゃん」

「仮にも公爵家の後継ぎなんですから、参加しない訳にもいかないでしょう。お嬢様の名誉まで傷つけるおつもりですか」


 寮に移動した次の日、学園のパーティーホールにて新入生歓迎パーティーが開かれていた。

 坊ちゃんが今年入学され、お嬢様は二年生に進級される。


 ちなみに私も生徒として通っており、今年で三年生。最終学年だ。

 もちろん卒業しても坊ちゃんの執事として学園に残るつもりである。お嬢様が卒業されるまでは。


 坊ちゃんはこういう場がお嫌いなので傍に人がいなくなると笑顔のままグチグチ言い始める。

 傍で聞いている私の身にもなれ。


 しかしその恨み言を聞いたお嬢様は困ったように眉を下げて微笑んだ。


「ごめんなさいね、アル。わたくしも学生のパーティーなのだから参加は自由にしてあげればいいと思うのだけれど、そういう訳にもいかないみたいで……」


 そうだった。お嬢様は私や坊ちゃんとは根本的な思考が違う。

 私のようにイライラしたり、坊ちゃんのようにグチグチ言ったりしない。

 私と坊ちゃんは二人揃って首を横に振った。


「姉上が謝られることではありません」

「そうです。いつまでもグチグチ言ってる坊ちゃんが悪いのです、いたっ」


 お嬢様にバレないように坊ちゃんに足を踏まれた。

 靴が汚れたらどうするんですか。これ高いんですよ。汚れてたら弁償してください。


 そう思った時、私はちょっとした仕返しを思いついた。


「坊ちゃん、このパーティーで一度は女性と踊ってください」


 お嬢様の前で言えば断ることは出来まい。


「そうね。アルも、少しずつでもいいから慣れていった方がいいと思うわ」

「……わかりました」


 坊ちゃんは苦々し気な顔でこちらを見たが、私は聞こえないフリをしてスルーした。


「そろそろ殿下の方に戻りましょうか」

「わかりました」


 今は殿下と別行動しているが、もともとお嬢様をエスコートなさったのは殿下だ。

 丁度殿下の方も一段落ついたようなのでお嬢様と共にそちらへ向かう。


「僕は別の所にいるね」


 そう言って坊ちゃんはどこかへ行ってしまわれた。

 ダンスを踊るお相手を見つけられるといいのだが。



「エレオノーラ嬢!」


 お嬢様に気付いた殿下が輝くような笑顔で歩いてきた。

 殿下は物語から抜け出してきたみたいな、文句の付け所がない完璧な方だ。

 私もお嬢様を任せるのになんら不満はない。


「待たせてしまったかな?」

「いいえ、ありがとうございます、クラレンス殿下」


 なんかもう、花が咲いてる。

 ここだけキラキラしてるし、花が咲き乱れてる幻が見える。天使と天使だ。


 とても絵になる二人に周囲からも感嘆の声が漏れる。

 どこからどう見てもお似合いだ。


 お二方の間に入ろうとする人なんて一人もいない。いたら全力で止めるが。


 ……そういえば、確かこのパーティでお嬢様を修道院送りにする女性が現れるはずだ。

 その方は今新入生としてここにいるはず。そしてお嬢様と殿下が共にいる時に現れる。


「わっ、も、申し訳ありません!」


 他のご令嬢に押され、転びかけていたところを殿下に受け止められる……はずだった。


「お怪我はありませんか?」

「は、はい! ありがとうございます!」


 殿下の代わりに私が受け止めた。

 ついでに彼女の持っていたグラスも、中身が零れないように受け止めたので周囲に被害もなし。


 本当ならここで殿下と二人でドリンクを被って控室に戻るはずだったのだ。


「人が多いですから、お気を付けください」

「申し訳ありませんでした!」


 そのまま彼女は足早に去っていった。そりゃ王子と公爵令嬢が揃ってる場に長居したくないよな。

 この別世界のような空間に入ることも憚られるし。


「レイ、大丈夫?」

「はい、予知を致しましたので」

「やはりレイの能力はすごいな」

「勿体ないお言葉です」


 本当は予知したの十年前なんですけどね。


「今の方は?」

「セイヤーズ子爵令嬢です」

「あぁ『病を癒す』能力の」


 それで通じるくらいには彼女は有名だった。

 病を癒すという能力は稀有で、彼女の能力を求める人は数えきれないほどにいる。


 ……まぁ、稀有さで言ったら私の能力もかなりのものだが。

 お嬢様の執事が出来ているのはそのお陰も大きい。引き抜きをかけられることもあるくらいだ。


「彼女の能力もレイと同じように貴重ですから、それを狙う方が現れなければいいのですけれど……」

「私の方も注意を払っておくよ」

「わたくしも彼女が恙なく学園で過ごせるよう、出来る範囲で手助け致しますわ」


 心配そうに彼女の去っていった方を見つめているお嬢様は、予知とは全く違う。

 これならもう、心配はいらないのかもしれない。


 殿下はお嬢様にベタ惚れで相思相愛だ。殿下に依存もしていない。

 義弟であるアレクシス坊ちゃんとの仲も良好で、家族仲はかなりいい方だ。


 お嬢様が断罪される、なんて今言っても信じる人など一人もいないだろう。

 未来は確実に変わっている。


 私は、お嬢様を救うことが出来たのだろうか……。




 *




 会場の喧騒から少し離れたバルコニーに、ぽつりと一つ人影があった。


「ダンスは踊れたのですか、坊ちゃん」


 扉を閉じて光まで遮ってから、私は坊ちゃんに問いかけた。


「姉上は?」

「殿下と一緒におられますよ。お嬢様に坊ちゃんのもとへ行けと言われたのです」


 お嬢様は今も殿下と談笑しておられる。そちらにはシェリルが付いているので心配いらないだろう。


「まだお答えを頂いておりませんよ」

「……これから探す、予定」

「そうですか。ならば会場へ参りましょう」

「待って」


 扉を開こうと手をかけた時、坊ちゃんに手首を掴まれた。


「どうしたのですか?」

「僕と踊れ」


 今なんと言った。

 聞き間違いでなければ執事の服を着た私に対して踊れと言わなかったか?


「今踊れとおっしゃいました?」

「言った」

「私は男ですよ」

「女だよね」

「いいえ男です」


 頑として譲らない私に坊ちゃんは呆れ顔だ。坊ちゃんにその顔をされるのは少しムカつくな。


「ほら、いいから」

「え? うわっ」


 坊ちゃんに強引に手を引かれ、そのまま音に合わせて踊り始める。

 ……意外とリードが上手い。いつもレッスンサボってるのになんでだ。


「お前、女性パートも踊れるんだね」

「お嬢様にお教えする為に覚えました」


 執事長がいずれ必要になるかもしれないからって言って後押ししてくれたのもあるんだけどな。


「なるほど執事長が」

「は……え!?」

「あぁ安心しなよ、口には出てないから」


 よかった……しかしならば何故?


「僕ね、触れると嘘だけじゃなくて本音もわかるようになるんだ」

「そうだったのですか!?」

「だからダンスは踊りたくないんだよ」


 知らなかった。これお嬢様も知らないんじゃないか?


「いくら綺麗な恰好してても心の中で人の悪口言ってたら台無しだよね。そういう人に触れると気持ち悪くなるんだ」

「今がっつり私に触れていますが」

「お前は難しいこと考えてそうで単純なことしか考えてないし」


 失礼な。私はいつもお嬢様の生活をより良くするにはどうすればいいかを考えているのだ。


「お前の頭の中って9割姉上でしょ?」

「…………否定は致しません」

「だよね。姉上も大抵僕やお前、シェリルや殿下のことを考えてるから触れてもなんともないんだよ」


 やはりお嬢様はお心も美しい。私のことも考えてくださっているなんて感激だ。


「ほらまた」

「うっ」

「お前、姉上、シェリルは触れても気持ち悪くならないんだ」


 シェリルも大抵私と思考回路が同じだからだろうか。兄妹だから仕方ない。

 しかし人と触れる度に気持ち悪くなるんじゃダンスは大変だな。


「なんとか制御できるようにならねばなりませんね」

「努力はしてるんだけどね」

「私も協力いたしますよ」

「言質、とったからね?」


 にやりと笑う坊ちゃんをみたら悪寒が走った。はやまったかもしれない。


「……出来る範囲で」

「僕が出来ないことをやらせるはずないじゃないか」

「信用できません」

「本当だから安心しなよ」


 私は坊ちゃんと違って心を読むことなんて出来ないのでこれっぽっちも安心できない。

 でも、私で遊んでいるからということは置いておいて、楽しそうに笑ってる坊ちゃんは本心からなのだろうということはわかる。


「それも僕に伝わってるんだよ?」

「本心でしょう?」

「本心だけど……」


 坊ちゃんは照れたのか少しだけ視線を逸らした。

 こうしてればかわいいのになぁ。いつもはかわいくない。あっこれも坊ちゃんに伝わってるのか。


「いい加減学習しなよ」

「くっ」


 坊ちゃんにバカにされた。

 でもここで何か思ったら坊ちゃんに伝わってしまうのだ。中々難しいな。


「ふっ、お前ってほんとバカだよね」


 反論しかけたところで曲が終わり、坊ちゃんの手が離された。

 女性パートでダンスなんて凄く久しぶりだったな。覚えたっきりで以降使うとも思ってなかった。


「これでノルマ達成だね」


 坊ちゃんがそう言ってにやりと笑った。


「待ってください。私は()()()踊ってくださいと言ったのですよ?」

「お前も女性だろう」

「私は執事です」

「はぁ……お前は」


 そう言うと坊ちゃんは何故か跪いて私の手を取った。


「なにをっ」


 執事に対して跪くなんてありえないことで、私は焦って止めようとした。

 だけど、こちらを見上げる坊ちゃんの瞳が真剣さを帯びていて、思わず口を閉じてしまった。



「お前は今――僕だけのお姫様だ」



 多分、私が他のご令嬢と踊れと言わないようにする為に言ったこと。

 なのに、


「バカですか……あなたは」


 光を遮っておいて良かった。


 もしかしたらほんの少しだけ……耳が赤いかもしれないから。







『いつか頭の中を全部、僕で埋めてあげるよ』



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― 新着の感想 ―
[一言] 続編読みたいです!!!!!
[良い点] 面白かったです!! [一言] 面白かったです! 連載などはしないのですか?連載してくれたら、とても嬉しいです! どうやって恋心を抱いたのかとか、2人がくっつくまでの話とかが読みたいです!
[一言] こちら連載版を書く予定はありますか? ものすごく続きが気になるのですが。
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