第七話 弄ばれた乙女は神父を恨む
ウォーカー・ホーインがウォーカーに入って五年の月日が経過した。彼女はウォーカーの中でも類まれなる活躍を見せた。それによって、ウォーカー・ホーインと呼ばれることよりもウォーカー・ウォーカー(死を渡り歩く者の意)として畏怖されることの方が多くなっていた。
そんな彼女の下にある一つの依頼がやって来た。それは悪魔祓い以外のもう一つの仕事である宗教絡みの事件を解決することである。
東にある小さな町のコロネ郊外にウォーカーは訪れていた。依頼人のいるとされる家の特徴を思い起こしながら散策を行う。
「なんというか、今回の依頼ってさ。その依頼者の都合が悪いから滅茶苦茶にしてくれっていう、しょうもないオチだと思うんだよね。僕」
とウォーカーの傍には容姿が全く変わらない者がいた。幼い少女の容姿をしたノアという色憑きだ。
「依頼主の事情を聞いてから決めればいい」
とウォーカーは一括した。
「ふぅ~ん。まぁ、そりゃそうだけどさ」
ノアはウォーカーが何故、ここまでウォーカーの仕事を頑張るのかを良く理解していない様子だ。
二人がしばらく歩いていると、依頼書に記載された通りの家であった。茅葺の屋根、木造の一階建てで非常に小さい家だ。そんな質素な家が郊外に一軒だけぽつりとあるのであった。
「ナナ・リタリー氏にクローリー・アレスト神父の教義違反の調査依頼をやって来たウォーカーのウォーカー・ホーインだ。事情を聞きたいから開けてほしい」
とウォーカーは扉の前に立って話すと扉が開かれる。
「あなたがウォーカー・ウォーカー?」
とウォーカーの名前を知っているらしい一人の女性が尋ねて来た。彼女は、噂と大分違っている容姿をしている彼女に戸惑っているようである。そんな彼女は小さい顔、大きな目、団子鼻、小さい唇、それに加えて小さい体という特徴を持つ女性で、ナナと言う。
「そう呼ばれているらしいな」
とウォーカーは依頼主のナナの言葉をあまり受け取らずに軽く済ませる。
「ふぅん、愛想のない子ね。綺麗なのにもったいない」
「そう評価してくれるのは嬉しいが、女が愛想よくしなければならないなんての所詮、世間にはびこっている悪しき常識だ」
とウォーカーは冷たく返した。五年前よりも冷ややかな綺麗さを持った彼女が発するためにより一層冷たさを増させる結果となっていた。
「あなた、花嫁には向かなさそうね」
「当分、伴侶を作るきはないな」
「そう? 結婚は幸せなものよ。私はああいう目に遭ってしまったから諦めるけれどあなたはまだ、若いし無垢だわ。女の幸せを追うべきよ」
「私はそんな悠長に生きるつもりはない」
とウォーカーはナナの話を厄介と思って強引に打ち切った。
「まぁ、あなたの話はどうでもいいわ」
とナナもウォーカーの様子を見てか、話を切り替えることにしたようだ。
「あの外道神父を殺してほしいのよ。そのためならありとあらゆる代償を払うつもりでいるわ。金だろうとも、命だろうともね」
とナナは酷く険しい表情をウォーカーに見せた。
「私は殺し屋ではない。悪魔祓いと、宗教の教義に則しているかを審査することが仕事だ。殺しなら別の人間に頼んでくれ」
「あなたは女の味方じゃないの?」
「仕事内容が違うと言っているんだ」
「そう……あなたは残念な女ね」
とナナはストレートに悪口をぶつけてくる。
「依頼書には教義違反をしたというが、本当か?」
「ええ、本当よ。で、依頼書に書いてあることが全てよ」
とナナは、最低限のこと以外は教えたくないようであった。
「どういう教義違反をしたかはきちんと説明されていないから、依頼は遂行できない」
「そう。仕方ないわね」
ナナは溜息を吐きながらも、話をすることに決めたようであった。
「当時の私はね、神父様が嘘をつくことなんてないと思っていたのよ」
ナナ・リタリーの結婚前夜から始まる。彼女はこのコロネにおいて名士であるフランクル・ベイと婚約することとなった。
世間から見ればこれほど幸せな結婚はないだろうというくらいのもので、町の人達は皆、こけからベイ夫妻になる二人を歓迎していた。
それは夜になるまで続いた。そんな熱烈な歓迎に体力を奪われたフランクルは家に帰った途端に革造りのソファに体を投げた。
「私、クローリー神父の下でお祈りしてくるわ。ヘラ様に結婚が成功しますようにとお祈りしにくの。あなたはどう?」
ナナはフランクルをなんてだらしない男だろうと思いながらも、お祈りの誘いをした。
「いや、俺はこの結婚の邪魔はヘラ様はしないだろうと思っているから、明日に備えて休むことにする」
と言った。フランクルは疲れた体を癒すことを選んだのである。
そう、と一言だけ返したナナは夜の町へと出掛けて行った。
ナナは町の中にある小さな教会の神父であるクローリー・アレスト神父の下を尋ねた。
「夜更けに失礼します。ヘラ様に結婚が上手く行くようにお祈りしたいと思いましたので訪れました。神父様、いらっしゃいますか?」
とナナは教会の正面にある扉を小さく、けれども何度も叩いた。
「ええ、いますよ。ナナ・リタリー」
とクローリー神父は扉を開けて、ナナに微笑みかけた。彼は笑顔が眩しい程に似合う高青年であった。肌は健康的な色合いであったし、目は澄んでいた。また、太り過ぎず、痩せ過ぎずの健康的な体型である。食生活も質素なためか、胃を悪くすることもなかったためだろう。息も臭くなかった。
「ああ、良かった。クローリー神父にお祈りを見届けてもらえるならきっとお祈りも上手く通じると思うわ」
ナナは、クローリーの顔をじっと、見て安心感を覚えた。
彼女は悩む度に、ここに来て彼に悩みを話すことにより悩みを解決してきたのだ。そのため、クローリーを信用しているのである。
そんな彼は、彼でナナのことを熱心な信者と感心しているようで、彼女のことを暖かく迎えるのであった。
「いくら夏とはいえ、夜風は堪えるでしょう。どうぞ、お入りください」
とクローリー神父は入るように促した。
「ありがとうございます」
と言って、恭しい態度を見せながらナナは教会へと入っていった。
教会の中には最低限のものしかなかった。礼拝客用の椅子に、神父が使用する壇、ヘラ神教の儀式に使う薔薇を浮かべた小さな水瓶だ。
「ではヘラ様に結婚のお祈りをしましょう。さぁ、薔薇の泉へと来てください」
とクローリー神父は薔薇を浮かべた水瓶の方を指さした。
「さぁ、ここで新婦の若さを捧げて下さい。ヘラ様はカナトスの泉で体を清めて若さを手に入れ、寵愛を受けることを楽しみにしておられます。薔薇に若さを与えるように、自らの血を捧げて、無事を祈ってください」
とクローリー神父は言う。
これは十二神教の内、婚姻の際に関わるヘラ教の教義の一つで結婚する際にはヘラに供物を捧げなければならない。しかし、ヘラは並みの供物では満足しなかった。そのため、カナトスの泉の神聖さを保ち続けるようにカナトスの泉に若さを捧げ続けるということをヘラ教は取り決めたのである。これは婚姻を行う新婦は、当然のように行うものであり、宗教限定の行事というよりも、結婚をする新婦が全員行う儀式といえば伝わりやすい。
クローリー神父はナナに指を切るための小さいナイフを捧げた。彼女はそれで指の皮を切り、血を流した。その血は薔薇へと垂らされる。水は赤い薔薇と同化するように、赤色へと染まっていった。
「ヘラ様、私達に幸せな結婚とその後をお与えください。お願いします」
とナナは祈り続けていた。
すると、クローリー神父はナナに近づいてきた。
しかし、彼女はそれは気のせいだろうと思い、あえて気付かない振りをした。
「ナナさん。あなたはとても美しい方だ。薔薇に垂れる血が、人を超える美しさを演出している。あなたはこれからあの豚のような男と苦楽を過ごし、またあの男に快楽を与えるのでしょう。桜が短い隆盛を迎えて散っていくかのように」
「なっ、なにを言っているんですか神父。私達の人生にけちを付けないでください」
「私は桜であるあなたの美しさの最盛期を堪能したい。あの男にあなたの美しさの最盛期を独占させてはならないのです」
とクローリー神父は熱の籠った調子で言う。鼻息も荒く、彼女の肩を抱く手も強くなっていく。彼はナナに劣情を抱いているのだろう。
「クローリー神父。今、止めるなら見なかったことにします。けど、これ以上するなら私だって容赦しませんよ」
「僕は苦しいんだよ、ナナ。何年も旅をして、何年も我慢した。それなのに、君があの豚と結婚だって?」
クローリーの目はナナの見た中で、鋭いものとなっていた。悪霊に憑りつかれて人間の理から外れたような目をしているのだ。そんな彼の蛮行は止まらない。地下に通じる秘密の石床を開いて、ナナをそこへ連れて行ったのであった。
その後は酷いものだった。朝まで帰ってこないことを心配したフランクルが教会にやってきた時、二人は抱擁して口付けをしていた。決定的な現場を目撃されたものだから、フランクルはカンカンに怒って、ナナをコロネの郊外に追放してしまった。
その時クローリー神父も詰問されるものの、記憶が無いの一点張りだった。
フランクルや、フランクルの派遣した調査隊も彼女の中に潜むサキュバスに誘惑されてしまったのだろうと結論付けたのであった。
実際にサキュバスに誘惑されて姦通してしまう事例は多かった。責任の矛先はというと、不貞を働くように誘惑したナナの方で、夜中に男性のいる場所に訪れる際に発生する可能性というのを考慮していなかったことが悪いという風に結論が付けられてしまった。つまり、ナナが不貞行為の主因になったという風に結論は落ち着いたのだった。
「そう。あいつは儀式を行った後に、神父という立場を利用して自分の劣情を解消した外道なのよ。だからウォーカー、あなたに彼の人生を終わらせてもらいたいの」
とナナは自分の過去を話すと、同時に過去の感情も蘇るのか、さっきよりも熱と怒りの籠った口調でウォーカーに語り掛ける。
「成程。それが事実だとすると教義に反しているな」
「ね、でしょう。だからクローリー神父のことを調べてちょうだい」
「分かった。教義違反審査料は20万アース貨(20万アース貨は中流の商人の一月の額である。教義を審査するという特殊で、競争性のない仕事だということと、ウォーカーが慢性的な金銭不足のため、市場の平均よりもかなり多くの額を要求している)を頂くがいいな?」
「ええ。私の全財産から出して見せるわ。だからお願い」
「なら、この契約書にサインをしてくれ」
とウォーカーは懐に入っている羊皮紙の契約書をナナに差し出した。
ナナは自分の指を噛んで血を出して、母印をした。