第四話 ハイレーンは白か黒か
前回の続きです。
「なに? ウォーカーは子供だぞ。悪魔祓いを子供にやらせるなんて、舐めているにも程があるだろう」
ローエンは白髪で彫りの深い男性の判断に嫌悪感を示した。
「いえ、ウォーカーという名前に運命めいたものを感じてしまいましてね。この仕事にはそういうものはとても重要なのですよ。まぁ、占いと似た側面があるということですね」
と茶髪で痩せている男性は仕事仲間の言葉をフォローするように言う。
「そうかい。まぁ、俺は仕事の結果があればウォーカーをウォーカーが利用しようとどうでもいいがね」
とローエンは理屈は了承しかねないが、結果を出すならと言う風に妥協した。
「ありがとうございます、寛大なるご主人。私はリタ・クレイ。隣にいる彼は、まぁ、ホーネストと称しておきましょう」
「ふん。随分珍妙な紹介だな。まぁいい。俺はローエン・リキッド。隣にいる女は妻のアルだ」
「よろしくお願いします。リキッド夫妻」
とリタはローエンに微笑を向けた。
「お子様はどこにいらっしゃいますか?」
「倅は部屋に閉じ込めてある。いきなり気が狂い始めないか心配で堪らないから一切外出出来ないようにしているんだ」
「ほぅ。随分厳重なんですね」
「当たり前だろ。倅が悪魔だとばれてしまったら、この店の評判が下るなんてもんですまなくなる」
「確かにそうですね。悪魔が棲む酒場と言って、呑気に酒を飲める程肝の座っている方は珍しいですからね」
とリタは答えていく。
「まぁ、子供を閉じ込めてしまっているあんたも悪魔に近いなにかだろうよ」
ホーネストと呼ばれていた青年はくくくと嫌味に笑いながら言う。
「なんだとこの野郎。俺を悪魔に仕立てるつもりか」
「いや、失敬。本音がついつい出てしまった」
とホーネストはローエンに怒鳴られても笑顔を絶やすことはなかった。
「気色の悪い」
「偽ヘシオドス。嘘を付くのはお止めなさい」
「偽ヘシオドス? こいつの名前はホーネストじゃなかったか?」
ローエンはリタの奇妙な発言に対して詰問を行う。
「ホーネストは正直者と嘘つきの人格を持ち合わせているのです。先程まで黙りこくっていたのが正直者のホーネスト。そして、たった今ローエンさんに無礼を働いたのが偽ヘシオドスという奴です」
「悪魔を体に飼っているという噂は本当か」
「あまり深く詮索しない方がいいと思いますよ」
とリタは慎重で穏やかな口調で警告をする。
「ふん」
とローエンは鼻息を荒くしてそっぽを向いた。
「レディウォーカー。あなたも偽ヘシオドスの後についてきて下さい」
「ミスと呼んでくれ。リタ・クレイ殿」
「失敬。ミスウォーカー」
とリタは頭を丁寧に下げる慇懃な仕草で謝った。
そのやり取りをホーネストと思しき男性がじっと見つめていた。
三人は階段に上がり、ローエンの倅が引きこもっている部屋の扉の前に立った。
「私はリタ・クレイ。君とお話をしたいと思って来たんだ」
とリタは穏やかな口調で、部屋の中にいるであろうローエンの倅に声を掛けていく。
「ええとだね。君のお父さんに頼まれて、悩みを聞くように言われているんだ。リキッド君、扉を開けてくれないか」
「僕はハイレーン・リキッドだ。僕は正常だ。悪魔なんて憑いていない」
「悪魔に憑かれている奴は皆そう言うさ。ハイレーン・リキッドとやら」
「僕を信じないというのなら部屋に入れないぞ」
「偽ヘシオドス。ひとまず、発言を控えてくれ」
とリタは注意をする。
「こりゃ失敬。それとついでに言うが、ハイレーンとやらは嘘をついていないと思うぜ」
「それは本当だね。オーネスト(正直者)に懸けてもいいね」
「ああ、オーネストに懸けよう。こいつは嘘をついていない。これ以上調べるのには、どうしても本人に接触する必要がある」
「そういうことなら信じるよ」
とリタは偽ヘシオドスの言葉を信じた。オーネストは強い約束事の役割を果たしているのだろう。
「疑問に思うのだが、何故ハイレーンが嘘をついていないということが分かった?」
「それは俺の能力が嘘を見破る能力だからさ。皮肉にも嘘を付き続けていたら人の嘘が分かるようになったっていうことさ」
「偽ヘシオドスはホーネストに憑いている悪魔なんだ。ちょっとした事情でほとんどの時間、偽ヘシオドスが出続けているんだけどね」
とリタは解説を補足してくれた。
「そういう人間は結構いるのか?」
「局長の僕を含めて、今はたった二人しかいない」
「その割にはローエンも知っているということはかなり有名な組織なのだろう?」
「悪魔を飼っているっていう噂があるからだね」
「悪魔祓いが悪魔を使役しているとは変な話だ」
「悪魔全てが悪だというのは暴論のような気がするけれどもね」
とリタはそちらの方が馬鹿馬鹿しいと、常識の方に疑問を投げかける。
「”天使”と”悪魔”、善と悪を分けているのは今生きている人間か」
「そうだね。人間が決めていいものなら私達が決めてもいいんじゃないのかな?」
「ふん」
とリタの考えを肯定するでもなく、否定するでもなく鼻で笑った。
「ところで話は変わるけど、君は悪魔を飼っているだろう? しかもとても強力な奴をね」
とリタは好奇心を少し剥き出しにしてウォーカーに近寄ってくる。
「だったらどうした?」
ウォーカーは、リタのことを少し警戒して、彼を睨みつけた。
「君ならどうする?」
リタはそんなウォーカーのことを露知らず、じっと彼女のことを見つめていた。
「私達の持っている力を使えばいいだけだ」
「どういうことだい?」
とリタはウォーカーの言葉の意図が分からずに質問を返す。
「おい。ハイレーン・リキッド。早く出ないと、ここら一帯を吹き飛ばすぞ」
とハイレーンを脅迫するのであった。
「その声はまさか……ウォーカー・ホーイン?」
「そうだ。お前とは直接話したことはないがな」
「おまえまで何故そこにいるのかは知らないが、僕に悪魔が憑いていると思っているなら出て行ってくれないか。ここにいられても困るんだ」
「ハイレーン。お前が普通の人間というのならとっととここを開けることだ。このまま黙っていても無駄な時間が過ぎていくだけだ」
とウォーカーは、ハイレーンに冷たい声で返す。
「もし。もし、僕に悪魔がいなかったら? 眠るたびに見せられる悪夢はなんだ? 見知らぬ傷は? 僕の中に囁きかける謎の声は? 悪魔がいないなら僕はただ、気が狂っただけになるじゃないか。仕事もなにも出来やしないのに、そんな風に思われるのは嫌だ」
「カウントダウンは五秒だ」
「嫌だ、無理。怖い」
「5……4……3……」
「脅したって開けないぞ」
「2……1……」
「そんなちんけな脅しには引っかからないぞ」
「0」
とウォーカーがカウントダウンをし終えた瞬間に思い切り扉を蹴飛ばす。扉はばたんと倒れて、部屋の全容が明らかになった。窓は木の板に釘を打ち付けたもので閉じられているし、家具もなにもない。何もないまっさらな部屋であった。
「うわぁぁぁぁ。本当に扉を打ち破りやがった。ウォーカーはこんなにイカれた女なのか?」
ハイレーンは酷く動揺している。彼は若い割には頭髪が少ない。頬にも体にも肉が付いていた。血行も非常に良いのか、体中が赤みを帯びている。
「リタ。接触には成功したがどうするつもりだ?」
「いささか乱暴ではありますが、まぁいいでしょう……」
とリタはウォーカーの成したことに疑問を持っているが、そのことは考えないようにしているようだ。懐から黒塗りのロザリオを取り出す。
「なんだその十字架は?」
「この黒ロザリオでハイレーン君に悪魔が憑いているかを調べます」
「俺には悪魔はいない」
とハイレーンが主張するが、リタはそれを無視して、彼に十字架を近づける。その後、呪文めいた言葉を呟く。
すると、黒塗りのロザリオが左右に揺れ始める。
「ロザリオが揺れた?」
「悪魔よ。このロザリオに言葉を語りかけるのです。悪魔よ、この黒ロザリオに語りかけて本性を晒しなさい」
と言っても黒塗りのロザリオに様子の変化は見られなかった。
「ハイレーン君は白ですね」
「白? 僕に悪魔は憑いていないというのか?」
「黒ロザリオ暗示法は色憑きに憑かれている人間にしか反応を示さないんです」
「そんなはったりに騙されないぞ。適当に話して、僕の悪魔祓いをさぼるつもりなんだろ」
とハイレーンはリタの発言を否定する。
「黒ロザリオに一定の揺らぎを与えることにより、本性を炙り出すものなんです。東洋に伝わる催眠術と組み合わされたもので、これにより催眠術を掛けられた人間は深層心理を表現し始めるのです」
とリタは混乱するハイレーンに対しても、専門用語をかみ砕くということはなく、興奮した調子で一気に話し始める。。
「催眠術がなんだか分からないから反論が出来ないじゃないか」
ハイレーンはまるで悪魔が憑いていた方が良かったとでも言わんばかりに駄々をこねる。
「別に憑いていないなら、憑いていないでいいと思うんだが。そこで、突っかかる必要性が感じられないのだが?」
とウォーカーはハイレーンに対して疑問を呈した。