第三話 ウォーカー
前回の続きです
「長い旅になりそうだね」
「おまえの感覚なら人間の命なんて短いだろうに」
「いや、十年、二十年だなんてなるととても長く感じるよ」
「おまえは私に協力してくれればいい。時のことは考える必要はないだろう」
「そうかい。とてもよい門出を迎えられそうな朝だし、とっととここを出るとするか」
「私はそうは思わんがな」
『確かに。故郷を滅ぼされて良い門出だと思わないよね』
とノアはおかしくなったのか、くすっと笑っていた。
『ねぇ、ふと思ったんだけど。君、この先の路銀とかはあるのかい?』
「いや、全て燃やされた」
『なら、旅はここで終わり?』
「一か月間だけ隣のサビシ村で働いて、路銀を稼ごうと思う。その後のことは、その時になんとかするさ」
『そうかい。なんというか、君は意外に行き当たりばったりなんだね』
「ここを早く出たい」
『そうか。悪いことを聞いたね』
と言って、ノアはウォーカーの中の触れてはいけないものに触れてしまったのだろうと思ってか、すぐに謝っていた。
「いや、別に。それより、おまえは何故また私の中に戻ったんだ? あのまま姿を現していればいいのに」
『そうしたいのは山々なんだけどさ。僕がずっと外に出ていると、君の魔力が尽きちゃうぜ』
「どういうことだ?」
『単純な話だよ。あの可愛らしい女の子の姿になるのに君の魔力を借りているからだよ』
「そのまま、あの幼女の姿でいれば私は最悪死に至る可能性すらあるということか」
『そういうことになるね。だから普段はこんな感じで、君の心に語りかけちゃうってわけだよ』
「成程。それなら今後は無理して出てこなくてもいいぞ。私の魔力を無駄に扱われたくないからな」
『そんな……僕が姿を現さないというのはこの国にとって大きな損失だよ。ロリの需要を舐めないほうがいいよ』
「下らん」
『君。今、全国のロリコンを敵に回したからな。夜道には気を付けなくちゃなっちゃうからな』
「仮に私が殺されたとしたとしたら、またお前は契約出来る人間を探さなきゃ行けなくなるぞ。ここら辺では無神論者なんていないにも等しいからな」
『ぐぬぬぬ。僕の揚げ足を取るだなんて、こざかしい人間め』
「悪魔と契約する人間が素直な訳があるか」
『君は一つ勘違いをしている。皆人間だったんだ。白い翼を持つ天使はそのまま”天使”、黒い翼を持つ天使は”色憑き”あるいは”悪魔”、翼を持たない人間をそのまま”人間”と呼んだんだ。つまり天使だとか悪魔だとかなんてのは偏見なのさ』
「悪魔の中にもいい奴はいて、反対に天使の中にも悪いやつはいるということか?」
『そういうこと。理解力が高くて助かるよ』
「結局、人間と同じようなものか。村民達のために復讐をしようと言いながらも自己満足をしたいだけかもしれない私のような人間は善か、悪どちらなのだろうな」
『僕には答えられない難しい問題だよ。僕自身も復讐者だからね。君の復讐を否定することは出来ないよ。出来ないけど、復讐で得るものがあるかには疑問を持っているね』
「得るものなんてあるわけないだろう。あるのは、ただ、自己満足だ。私は村民の死と、姉の苦痛を背負っている。だから、必ずあいつらに復讐を果たさなければならないと考えている」
『僕には君は優しい人に見えるよ。だって、復讐をしようと決意しているのに、誰かの痛みを想像しているだもの』
「なにを言っている?」
『涙が流れているよ』
「めっ、目にゴミが入っているだけだ」
『そう。可愛い子だね、君は』
「茶化すな」
とブンブンと手を振り払ってノアの声を掻き消そうとする。
話が終わると、目的地である隣村のサビシ村へと辿り着いた。
サビシ村はかつてのチビナ村と比べると活気がないように見える。家の一軒一軒も小さく、瓦屋根と木材で作られた一軒家がぽつりぽつりとある上に、段々となっていて、道にも起伏がある。家一軒一軒に距離があるので、どうも寂しく感じるのであった。
ウォーカーは子供の頃から祭りの時に酒の買い出しで世話になった酒屋を尋ねる。看板は経年劣化で所々欠けていたり、薄汚れていたりするが”グロウリコー”とだけ辛うじて読み取れた。ここもまた、例の家々のように瓦で、木造で小さい。だが、店前の青色の扉はペンキ塗りたてのように鮮やかな色合いを醸し出している。ランプの灯りが扉を照らしているからだろう。
それをノックすると、扉が開けられた。
屈強な短髪の男性が苛立ったような顔をしながらウォーカーのことを見つめてくる。顔は赤くなっている。体がふらついているため壁に寄りかかっていた。
「おまえ。客か?」
「祭りの時はいつもお世話になっている。ウォーカー・ホーインだ」
「ウォーカー・ホーイン? チビナ村の没落貴族か」
「ああ。いつもこの酒屋で酒を買わせてもらっていた。皆が、ここの酒を飲みながらご機嫌に酔っぱらっているんだ」
「村のことは気の毒だったな、ウォーカー。だが、何もしてやれないんだ、すまねぇな」
と男性は懐かしい客に優しい笑顔を向けながら話していた。
「ああ。色々と落ち着いたらここの酒を飲みながら旅してきたことを語るつもりだよ。ローエン」
「そうかい。だが、ここに何をしに来たんだ? おまえが酒を飲むというわけでもないんだろう?」
ローエンは怪訝そうな顔をして、ウォーカーのことを見ている。
「ああ、違う。旅の路銀がないから稼ぐために働かせてほしいと思っている」
「そういう話か……それは難しいが、ミルクだけでもごちそうしてやる。中に入りな」
と言ってローエンはウォーカーを中に招き入れた。
「おう。元気にしてたかい、お嬢ちゃん」
顔も体も大きい女性が笑顔でウォーカーの方を向いてくる。ローエンの妻であるアルだ。 そんな彼女は自分の体にウォーカーを埋めようとせんばかりに思い切り抱擁してくる。
「恥ずかしいし、息苦しいぞ。アル」
「あら、ごめんなさい。で、今日はお酒を買いに来たのかしら?」
「いや、違う。ここで働かせて欲しい。路銀を蓄えたいのだ」
「そうしてやりたいのはやまやまなんだけど……ローエン、大丈夫?」
「俺は無理だと断ったんだ。だからミルクの一杯でも飲んでもらって帰ってもらうつもりだ」
「そういうことなの。ごめんなさい」
「私達の村が潰れたせいで経営難か?」
とウォーカーはアルに問う。
「いいえ、そういうわけじゃないのよ。別に、チビナ村以外にもお酒の需要はあるわ」
「なら、どうしてだ? 私の人柄が気に入らないのか?」
「いいえ、そういうわけじゃないわ。しっかりしているあなたが手伝ってくれたならきっと戦力になると思うわ」
とアルはまるでウォーカーに理由を隠しているかのような様子で話す。
「なにか私には言えない理由があるということか」
「そういうことだ。ウォーカー、これは家庭にとって重要な事情だから多少所縁のあるお嬢さんに包み隠さずお話しするっていうわけには行かないんだ」
「そうか。ここしか当てがないと思って来たのだが……分かった。ミルクを一杯ごちそうになって帰るとしよう」
とウォーカーはミルクをゆっくり飲みながら、次のことを考えていた。
すると、またもや店の扉が開けられた。黒いローブに、黒塗りにされたロザリオを首に掛けている男が二人入ってきた。一人は白髪に彫りの深い顔が印象的な男性で、もう一人は茶髪で痩せこけた頬に長身で痩せていることの他に、この世の中に疲れ切っており、不幸が全身に刻まれたかのような暗い印象が窺えるのであった。
「あんたがたがウォーカーか」
ローエンが黒いローブを着た男達を見て言葉を発する。
「ええ。そうです」
と彫りの深い男性が答えた。
「そうか。ということでウォーカー、もう店を出てくれないか?」
とウォーカーの方に向けてローエンは言う。
「あ、ああ……」
自分と同じ名前の組織に所属されていると思われる二人組がどのような仕事をするのかに、好奇心がそそられた。しかし、そこで食い下がってローエンを怒らせるのは悪手だと割り切り、店を出ることにした。
「いや、ちょっと待ってください。この子にも私の仕事を協力してもらってもいいですか?」
ウォーカーの方を見ながら言う。