レオン魔王説
しろすけことルーナが魔法ギルドのお膝元でやりたい放題やりやがった後。
一体全体何が何だか分からないわけだが、肝心のレイン婆ちゃんは消沈した様子で「少し考えをまとめるわ」と言って部屋にこもってしまったので完全に意味が分からない今日この頃。
少し老け込んだように見えたが大丈夫だろうか。
いや元々歳の割に元気過ぎただけのような気もするが。
「そこで何故少年は真っ先に自分の身の心配をしないのかねえ」
「こいつ物事を深く考えられないもの」
「おっと。何で俺が罵倒されてるんだ?」
あんなことがあった後に一人にしてもらえるはずもなく、幾つかのソファが置かれたリビングのような部屋でだらけているわけだが、女子二人が容赦ない。
いや実際俺にどうしろと。
あのしろすけに対抗する手段が全く思いつかないんだが。
クラウディアさんはルーナの「命令」を受けても辛うじて動けたみたいだけど、あれは敵がルーナ一人だから何とかなっただけで、他に敵がいたらいよいよどうしようもないだろうし。
「そもそもなんでクラウディアさんは動けたんですか?」
「レオンさんは自分が何故動けたのか分かりますか?」
「……分かりません」
うん。あの中で動けたのは俺とクラウディアさんだけなわけだが、揃って自分が何で動けたのか分かってないというな。
レイン婆ちゃん心当たりあるならその辺だけでも説明してくれないかなあ。
「まあ動けた理由はともかく、あの少女の力については一応目星はついているよ」
「おお。流石くろすけ」
「そのあだ名はやめてくれないかな。もっとも荒唐無稽な話だから、笑い話だと思って聞いてくれ」
そう前置きするカムナだが、それ逆にどんなとんでも話が飛び出してくるのか気になるんだが。
というか本当に荒唐無稽ならカムナって言いそうにないんだよなあ。
「アレは恐らく神子の力だ。女神教会の始祖とされているね」
「神子ぉ?」
「だから荒唐無稽だと言っただろう」
「いや納得してないんじゃなくて」
そもそも神子の力って何だよ。
あの「命令」のことか。
「少年だって寝物語に聞いたことくらいはあるだろう。千年以上前にも一度魔王が現れて、神子と彼女に従う騎士たちがそれを打ち倒したというよくあるお伽噺」
「あーまあ大まかには」
というかお伽噺て。
それ女神教会的には聖典にも記されてることじゃなかったか。
でも神父様は神官なのにそのあたりの話あんまりしてくれなかったんだよなあ。
「その神子は魔術の類を使えなかったにもかかわらず、一声かければ神羅万象あらゆるものが彼女に従ったとされている。一般には彼女の説得によって人類が結束したことを指すとされているが、その言葉通りに敵も味方も、自然現象すらも彼女の言葉通りに変化したのではという解釈もある」
「……自然現象もすげえけど、人を強制的に従えるって洗脳の域では?」
「だからこの解釈は女神教会は認めてないんだよ。神子に従っていた人々は洗脳されてましたなんて言えると思うかい」
思わない。
むしろ神子が非難される立場になるのではそれ。
いや巨大な敵を前にすれば大事の前の小事と言えなくもないか?
「しかしこの解釈は解釈で疑問が出てくる。神子が言葉で全てを従えることができたなら、わざわざ魔王と戦う必要なんてないというね」
「ああ。魔王も従わせればいいだけだもんな」
つまり神子の力は魔王たちには効かなかったということか。
……ん? つまり……。
「……俺は魔王だった?」
「どうして少年はそう阿呆なんだ」
「アンタが魔王だとしたら史上最弱の魔王になるわね」
女子二人が容赦ない(二回目)
いやそりゃ半分冗談だったけどさあ。
「理由は幾つか考えられる。まず聖戦を演出するためにあえて従わせなかった」
「最悪の理由じゃねえか」
戦いに巻き込まれた人間がうかばれねえ。いや神子の助力がなければ、そもそも負けてたかもしれないけどさあ。
「無難に考えれば単純に神子の力が効かない存在もいるということ。実際神子の仲間の中には彼女に必ずしも従順ではない人間もいたようだしね。神父の先祖とされている異教徒の神官なんて正にそれさ」
「ああ」
確かに完全に神子に従ってたら異教徒のままじゃなくて女神教会に改宗してただろうしな。
ならもしかしてその子孫の神父様も神子の力が効かないのでは?
もしかして最優先で封印されたのそのせいか。
「でも結局あのルーナって子が何で神子の力を持ってるんだという話にならないか?」
「仮説をたてるとするなら、百年前の魔王は彼女が倒すはずだったとかかな」
「え? つまり神子が遅刻したのか?」
「いや。神父や白騎士をはじめとした人外が多すぎて、神子なしでうっかり魔王を倒してしまったとか」
「人の祖父を人外呼ばわりしないでください」
クラウディアさんは抗議してるけど、結構納得してしまうというか。
つまり本来なら魔王は百年前に倒されず、この時代まで恐怖をふりまいてから満を持して登場した神子に倒されていたはずだったと。
それはそれで何で大人しくしてないで教皇の娘なんかになって意味の分からん動きをしてるんですかね。
「そのあたりはそれこそレイン様が心当たりがあるんじゃないかな。まああの様子からして簡単に話せるものじゃなさそうだけど」
「うーん」
まあカムナの推測でしかないし、全然違う可能性もあるしなあ。
そう考えている内にも時間は過ぎ、レイン婆ちゃんが姿を現わしたのは夕食が終わりしばらく経ってからだった。




