『もうあなたは逃げられない』
「はあ?」
色々と予想外なしろすけ……ルーナとやらの言葉に我ながら間抜けな声が漏れた。
娘? 教皇の?
いや待て。神官は結婚できない。だからこそ神父様とレイン婆ちゃんも結婚できなかったわけで。
なのに何で娘がいる?
養女とかか?
「もちろん血は繋がってないよ。どちらかというと貴方と親しいんじゃないかなあ」
「何でだよ」
「本当に何も知らないんだね。でもその方が都合がいいか」
「だから何が」
「レオン。私と子作りして」
「おまえ本当に何なんだよ!?」
話が一々意味が分からない上に明後日の方向にぶっ飛びやがった。
何で俺が出会ったばかりのしろすけとお付き合いとか結婚通り越して子作りせにゃならんのだ。
「あら? 嫌?」
「いや嫌とかそういう問題じゃなくて、大して親しくもない相手とそういうことをだな」
「レオンって意外にロマンチストなのね。大丈夫よ。私と貴方が結ばれるのは運命だから」
「おまえもしかしてわざと俺に意味が分からないように喋ってないか?」
いやマジで。
なんというか、婆ちゃんの昔話と同じ感じがする。
核心をわざと避けてるというか。
「あ、バレちゃった。凄いねレオン。お馬鹿だって聞いてたんだけど」
「おまえそれ誰から聞いた」
まさかゴッタのおっさんか。
教皇の娘だっつーのなら繋がりあってもおかしくないし。
「バレちゃったしお話は終わりかな。私と来てレオン」
「……」
そう言って机越しに手を差し伸べてくるルーナだが、俺がその手を取る理由が全くない。
しかし現状俺に対抗手段がないのも問題なわけで。
ここが結界の中だとしたら俺単独での脱出は不可能だし、レイン婆ちゃんたちを出し抜くやつ相手に物理で抵抗できる気もしない。
様子を見るためにも言う事を聞くしかない。
結局そう判断して手を伸ばそうとしたのだが。
「全く。人の庭で好き勝手やってくれるわね」
いつの間にか、この空間に引き込まれた時と同じように、まばたきする一瞬で世界が塗り替わった。
「あら? 流石白騎士と共に魔王を倒した魔術師ね。私の力に干渉できるなんて」
「貴方の力には干渉できなくても、既に起こった結果には干渉できるわ。もっとも、完全にしてやられたのは認めざるを得ないけれど」
いつの間にか月は消えて、室内は太陽に照らされ明るくなっていて、 レイン婆ちゃんが……いや、ヴィオラやカムナにクラウディアさん、他にも数十人の魔術師たちが俺とルーナを取り囲むように包囲していた。
全員臨戦態勢で、中には既に魔術の詠唱を終えているのか炎やら氷を体の周囲に浮かび上がらせている魔術師も居る。
ちょっと待て。
それ撃ったら俺も巻き込まれませんかね!?
「はじめましてお嬢さん。ようこそ魔法ギルドへ」
「あら。『はじめまして』なんて随分と他人行儀ねレイン。私の事忘れちゃった?」
「ハッ。あの子の真似をするならもう少し『らしい』言葉遣いをしてほしいものね。あの子は私ことを一度も呼び捨てになんてしてくれなかったわ」
「あらら。あてずっぽうじゃやっぱりダメかあ。でも知らないんだから仕方ないじゃない。貴方たちが隠しちゃったんだもの」
何だ?
レイン婆ちゃんはルーナを、いやルーナに似た誰かを知ってる?
そして隠した。やっぱりこいつは魔王と一緒に隠された諸々と関係があるのか。
「今日は諦めて帰りなさいお嬢さん。今なら……今なら貴方の存在を私の胸の内に秘めておくことはできるわ」
「ふふ。優しいのね。でも貴方の言う事を聞く必要があって?」
「何を?」
「だって『この場で私以外は動けない』」
「……え?」
この場で私以外は動けない。
そうルーナが言った瞬間、レイン婆ちゃんの動きが本当に止まった。
抵抗する様子も、それどころか狼狽える暇すらなく、時を止められたみたいに瞬きすらせず立ち尽くしている。
「……マジかよ」
いやレイン婆ちゃんだけじゃない。
ヴィオラたちも他の魔術師も、全員凍り付いたみたいに動かない。
指先すらピクリとも動かさず大勢の人間がつっ立っている光景は異様で、出来の良い蝋人形に囲まれたみたいな不気味さがある。
何だ。何が起こってる?
ルーナの言葉が現実になった?
いや何だよそれ。そんな魔術あるとか聞いたことがないぞ。
「はいおしまい。さあ、行きましょうレオン」
「……マジでなんなんだおまえ」
再び手を差し伸べてくるルーナに対して悪態とためいきが漏れそうになる。
仕方ない。全員動けない。人質も同然の状態では逆らうこともできない。
そう思ったのだが、
「させません!」
「ええ!?」
突然横合いから飛び出してきた大きな影が、俺とルーナの間に割って入る。
「あら? 動けるの貴女?」
「辛うじて……ですが。小娘一人を切り捨てるには十分でしょう」
そう言いながら俺を背に庇うように立つのはクラウディアさんだった。
その姿は普段のそれの見る影もない、鉛の海でも泳いでるようなぎこちなさだが、それでも俺より強いだろうと確信させる気迫をともなっていた。
そしてその言葉通り、本当にこの状態でもクラウディアさんの相手は難しいのか、ルーナは初めてその笑みを消して悔しそうな、不貞腐れた子供みたいな顔をする。
「何それずるい。何でレオンじゃなくて貴女が」
「気合……ではないでしょうか」
「そんなバカな」
クラウディアさんの言葉に思わずつっこんだ。
気合で謎の力に抵抗できたら魔術師いらんわ。
いや今正に魔術師たちは動けないのに騎士のクラウディアさんだけが動けてるわけだが。
「仕方ないか。じゃあ今日は帰るね」
「おー帰れ帰れ。というか結局俺が運命とか勘違いじゃないのか」
「レオンひどーい。でも運命は気のせいじゃないよ」
「何で」
「だって貴方動けてるじゃない」
「……は?」
確かに俺は動けてるが。
いや待て。ルーナは「この場では私以外は動けない」と言った。
その言葉通りの力が働いたとしたら、もしかして俺だけ除外されてたとかじゃないのか。
普通に俺も「動けない」対象だったのに、クラウディアさんと同じで何故か動けてるのか。
「じゃーねレオン。また会いに来るから」
そう言って、ルーナは現れた時と同じように姿を消した。
その場に俺やクラウディアさんに、悔しそうな様子のヴィオラやカムナ。茫然とした多くの魔術師たちと、険しい顔をしたレイン婆ちゃんを残して。




