おとぎ
「そもそもあいつは元は魔術師なのよ。得意なのは精霊の力を借りる精霊魔術だし、悪魔の力を借りる暗黒魔術にだって通じてる。むしろ神聖魔術は一番苦手なはずよ」
「なんだその神官」
明けて次の日。
宣言通り図書館でレイン婆ちゃんの昔話が始まったのだが、今更だが図書館で雑談してていいのだろうか。
いや魔法ギルドの元党首にして代理に注意できる人間とかいないだろうけども。
「私もそう聞いたことがある。だからこそ神父が神官になった動機が分からないのですが」
そして予想通りにというか、レイン婆ちゃんの話にカムナが一番食いついている。
あとヴィオラはともかくクラウディアさんまで居るんだが、まさか護衛か。
どんだけ戦力揃ってんだよこの空間。
「教会とクロエ双方に利があったからね。クロエの先祖は、女神教会の始祖とも言え女神が遣わしたとされる神子に従った、聖人とも言える騎士たちの一人なのよ」
「それは知っています。ですが神子と協力はしても変わらず異教徒であっため、神父の代までは女神教会とは相互不干渉を決め込んでいたと」
「ええ。つまりはそれを破るに値する取引があったということね。具体的なことは言えないけれど」
何か神父様が凄い血筋の人だった。
なるほど。十代で魔王倒せたのも神父様がすげぇ血筋の人だったからなのか。
「まあクロエ側のおおまかな事情は割と簡単なものよ。元々クロエは魔王と呼ばれた男と因縁があったの。あの戦いが始まる数年も前から、魔王と戦うための準備を進めていた。その一つが女神教会を戦いに引きずり込むことだったわけね」
「因縁?」
「それも言えないわね。墓まで持って行くと決めたもの」
この昔話、割とそこらへんに地雷が埋まりまくってそうだなオイ。
大丈夫か。レイン婆ちゃんうっかり何かヤバいこと漏らさないだろうな。
「では何故魔王を倒した後も神父は女神教会に?」
「神官が嫌いだからよ」
「……矛盾してませんか?」
「いいえ。他の神官たちを牽制するのに、女神教会内での地位が便利だと気付いてしまったのよ。まあそのせいで私との結婚はお流れになってしまったのだけど」
そう言葉では恨みがましそうに、けれど笑顔で言うレイン婆ちゃん。
神官って結婚できないもんなあ。
そうでなくても魔法ギルドの党首と教会のお偉いさんが結婚となったら結構な騒ぎになりそうだし。
「まあそのおかげで助かった人たちも多いわ。コンラートさんやカールだってそう。クロエや私。ピザンの女王陛下。多くの人たちが協力して、あの戦いで表に出すべきではないと判断されたことを魔王という闇と一緒に封じた」
「そう。だから私たちが生まれたの」
「……」
突然レイン婆ちゃんの話を遮るように響いた声に、背を悪寒が走った。
無垢な子供のような声のはずなのに、それは直前にレイン婆ちゃんが言葉にした「闇」を思わせるドロドロと煮詰めた感情の渦みたいで。
「ふふ。何とかなると思っちゃったのかな。きっと今この世界に居る誰よりも、私が何なのか分かっているはずなのに」
瞬きする間の一瞬、紙芝居の絵がめくられたみたいに、目の前の景色が変わっていた。
大きな窓から日の光を取り込み明るかったはずの室内を微かな月明りだけが照らし、ヴィオラたちの姿は消え失せて、正面に座っていたはずのレイン婆ちゃんは似ても似つかない小柄な少女へとすり替わっている。
「こんばんはレオン。今回は演出に凝ってみたんだけど、どう?」
「……月が綺麗ですね」
微笑みながら聞いてくる白い少女に辛うじて言葉を返したが、自分でも何言ってるか分からん。
え? 何? どうなってんだこれ?
結界の中に引きずり込まれた? レイン婆ちゃんが居たのに?
嘘だろ。もしかすればレイン婆ちゃんでもなんとかならないんじゃないかという可能性は考えてたが、全く、予兆すらなく、あっさりと世界が変わったそ。
伝説レベルであろうレイン婆ちゃんが抵抗するどころか、気付く素振りすら見せないってあり得るのか。
「ちなみに教会が神父の取引を受け入れたのは、彼の父こそが魔王だったから。聖人の子孫が魔王になったなんて醜聞を隠蔽して、さらにその息子に魔王を討たせて新たな聖人に仕立て上げる。それが女神教会の利」
「なんだって?」
そしてこっちが混乱してるのもお構いなしに、さらに混乱することを言ってくる少女。
神父様が理不尽すぎて神父様こそが魔王なのではと何度か思ったが、まさか本当に魔王の息子だったとは。
いやこれそんなあっさりばらしていいことか?
「よくないんじゃない? 女神教会も、魔法ギルドも、ピザン王家も、みんな揃って事実を知りながら隠したの。神父の事だけじゃない。たくさんたくさん、たくさんのことを隠したの。所詮は人同士の凄惨な戦争でしかなかった魔王との戦いを、おとぎ話みたいな英雄譚にするために」
「戦争……」
言葉一つ違うだけで、受ける印象も違うのは何故だろうか。
魔王は人間だった。なら彼の配下にも居たのだろうか、多くの人間が。
いったい彼らはどんな思いで魔王となった主に従っていたのだろうか。
「で? その隠された『たくさん』のこととおまえが何か関係あるのは察しがついた。でも何で俺に拘るんだよ」
「だってあなたも私と同じだもの」
「……は?」
俺が? この子と同じ?
何でだ。俺は隠されてなんかいない、カールという英雄の曾孫で……。
「知らないのは仕方ないわ。だってそうでなければ私は生まれなかった」
「……おまえは一体何なんだ」
こいつの言ってることは一々遠回しで意味が分からない。
ただ何となく「普通の人間」に括ってはいけない「何か」なのは分かった。
そう。きっと最初から対等な存在じゃない。
人間が努力したからといってどうこうできるものじゃない。
それこそまるで魔王みたいな――。
「私? 説明するのも難しいから、とりあえず分かりやすい立場を教えておこうかしら」
そう言うと、少女は椅子から立ち上がり、宮廷に出入りする淑女みたいに気取った礼をする。
「私の名前はルーナ。貴方のよく知る神父を陥れた、教皇グエンの『娘』よ」




