白い少女
今日も今日とて暇すぎる。
あまりに暇すぎて再び図書館へとやってきてはみたが、俺は元々そんなに集中して本が読めるタイプでもない。
なので適当に見繕ってもらっていた本を流し読みしていたのだが、ちょっとばかり興味をひかれるものを見かけて、珍しく食い入るように文字を追うことになった。
「……マジで曾爺ちゃんの名前じゃん」
それは約百年前の、魔王との戦いが始まる前後の世界を記した本。
というかほぼ白騎士の本だったのだが、そこに見知った名前があった。
カール・フォン・アルムスター。
俺の曾爺ちゃん。
白騎士の従騎士だった少年。
どうやら曾爺ちゃんが正式に騎士になった時期と、白騎士が狂った王の不興を買って罷免された時期は重なっていたらしく、しばらくは白騎士の下を離れて当時の王女の臣下になっていたらしい。
というか、その王女様が王女様とは思えないほど武闘派で、狂った王を止めるために軍を起こしたのもその王女様だとか。
え? 何?
クラウディアさんみたいな女性騎士って珍しいと思ってたけど、俺の国ってもしかしてあんな女傑ばっかりなの?
何それ恐い。
「しっかし何か不自然なような……?」
そのまま曾爺ちゃんが絡んでそうな所だけ読み進めていたのだが、どこか違和感を覚え何度か同じ部分を読み直し、さらに関係がありそうなところまで読む範囲を広げていた。
白騎士には妹とも言える少女がいたらしい。
血の繋がりはないが、白騎士を実の兄のように慕っていた、親子ほども年が離れた少女。
その少女の描写が何かおかしい。
いやそもそも何で白騎士の妹分でしかない少女にそう何度も言及する必要がある?
実は何か活躍でもあったのかと思えば、特に戦や政治には絡んでこないし。
軽い動向には触れるのに、具体的に何をしていたのかがすっぽ抜けている。
「えー? まさか検閲でもされてんのかこれ」
そう思いながら本の背表紙裏に書かれた情報を見たのだが――。
――著者:クロエ・クライン。
「神父じゃねえか!?」
え? 何やってんのあの人?
いや思いっきり当事者だからこういう本書くのには確かに向いて……いや私情入らないか?
もしかして私情が入って後から直した結果が白騎士の妹の妙な出現頻度なのか。
どんな関係だったんだよ神父様と。
「図書館では静かにしないとダメだよ」
「あ、すいませ……ん?」
思わず叫んでしまったが、確かに図書館で騒いだら怒られるのは当然だ。
なのでヤベエと思い謝りながら周囲を見渡したのだが。
「……アレ?」
一緒に来て近くに座っていたはずのヴィオラが居なかった。
それどころか人の気配がないような……?
「どうしたの?」
「え? あ、いや、連れが見当たらなくて」
「ふーん。君もしかしてピザンの人?」
「そうだけど?」
「やっぱり。体つきとかこの街の男と全然違うもんね」
しかし代わりのように、いつの間にか対面の席に一人の少女が座っていた。
一瞬警戒したが、どう見てもヤバそうな人種には見えない。
腰まで届く白い髪に白い肌。目の色まで白銀で、着ているのは純白のワンピース。
歳は俺と同じくらいだろうが、全く邪気のない人懐こそうな笑みを浮かべながら俺を見ている。
なんだこの神父様やカムナの逆バージョンみたいな色素の薄い子は。
「じゃあレイン様が特別扱いしてる騎士候補っていうのも君のこと?」
「え? 何で知ってるんだよ」
「だって君有名だよ。あのカールの曾孫だって」
「それ有名なの曾爺ちゃんじゃん」
そういやヴィオラが軽く俺のことがこの街で噂になってる的なことを言っていたような。
素性まで広まってんのかよ。
いやもしかしてレイン婆ちゃんと曾爺ちゃんが友人なのもそれなりに有名だったとかか?
「それに神官に狙われてるって。迷惑でしょ。ピザンは神官嫌いが多いし」
「え、そうなのか? でも神父様とかいるぞ?」
「あの人は特別じゃない? 何せ白騎士を手伝うために命令に逆らって、ダメなら神官辞めるって啖呵切ったらしいし」
「何やってんだあの人」
前々から信仰心とかあるか怪しいなあと思ってたが、一歩間違えれば神官やめてたんじゃねえか。
当時はまだ不老不死でもない見た目通りの年齢で実績もなかっただろうに、よくそんな無茶押し通せたな。
それにしても……。
「えらい楽しそうだなおまえ」
「うん? そうね。楽しいかも。だって貴方に会ってみたかったもの」
「えー何で俺に」
「貴方があの人の曾孫だから」
「?」
アレ? 何か今違和感あったぞ。
いやこの子が出てきてから違和感ばっかりだが。
「そろそろ怒られそうだから帰るね。また会いましょうレオン」
「あー会えたらな」
その内俺この街から出てピザンに戻るかもしれないし。
そう思いながら少女を見送ったのだが。
「……名前」
俺名乗ってなかったよな?
いや俺の名前まで広まってるのか?
そう考え直しはしたが、やはりあの無邪気に見える少女に言葉にしがたい違和感がある。
その違和感はのどに刺さった小骨のようにずっと俺の中に残り続けた