タイトルが行方不明
ヴィオラの家でお世話になり始めてから一週間。
何事もなく日々は過ぎていっているのだが、一つ問題が出た。
暇すぎる。
いや。村に居た頃は神父様の授業とか家の手伝いとかあったけど、お客様扱いでいたれりつくせりで逆にやることがないというか。
「だったら自習でもしなさいよ」というヴィオラの言葉は聞こえないふりをしておいた。
が、あまりにも暇すぎるのでちょっとは頑張ろうかと、例の世界一の所蔵数を誇るという図書館に行ってみたのだが、本が壁みたいになってるのを見て回れ右した。
いや流石にしばらくは粘ったけど、そもそもの本が多すぎてどの本を選べばいいのか分からないという異常事態に遭遇したし。
何でうちの国の歴史書だけで俺の背の倍以上はある高さの本棚数個が埋まってんだよ!?
まあその後ヴィオラが呆れながら幾つか本を見繕ってくれたが、一日中本を読むのも無理だ。
そんな俺を見かねてか、クラウディアさんが「稽古でもしませんか」と誘ってくれたのだが……。
「……一撃すら入る気がしねえ!?」
「おや? やる前から諦めてはダメですよ」
ヴィオラの屋敷の中庭で木剣構えてクラウディアさんと対峙しているのだが、マジで打ち込める隙が欠片も存在しない。
何だコレ。神父様でもここまで絶望的な鉄壁具合じゃなかったぞ。
まさか剣術なら神父様より強いのかクラウディアさん。
「このまま待っても面白そうですが、稽古にはなりそうにないのでこちらから行きますよ」
「ちょっまっ!?」
そう言い終わるかどうかの一瞬で、目の前に木剣を振り上げたクラウディアさんが居た。
いや十歩分くらいは離れてたのにどうやって近付いた。
というか一瞬で近付けるのに大きく剣を振り上げているという事は……。
「ホアァッ!?」
「お見事」
一瞬受けようかと思ったが、クラウディアさんが手にした木剣が巨大な金槌に見えたので咄嗟に横っ跳びで逃げた。
すると木剣が振り下ろされると同時ゴオッと獣の唸り声みたいな音が鳴り、風圧で砂や小石が飛び散り体にビシバシ当たる。
うん。これ受けたら木剣ぶち折られて体が左右にお別れしてたな。
というか殺す気か!?
「いえ。意図が分かったから避けたのでは?」
「そりゃそうですけど!?」
本来なら俺なんか気付かれない内に斬れるだろうに、わざわざ目の前に近付いて剣を振り上げて見せる。
もうどうにかして対処して見せろといわんばかりだよ。
というか多分今この瞬間にも「レオンさんどこまでできるかなー」と見極めて、どれくらい手加減するか考えてるよこの人。
「それなら!」
「おや?」
見極められたらギリギリを攻められる。
ならその前にイチかバチかで攻勢に出る。
一瞬頭の中で「見極め終わる前に行ったらうっかり手加減し損ねて殺されるのでは?」とも思ったが、流石にそこまでやらないだろ。多分。メイビー。
「そこ!」
とりあえずはとにかく体勢を低くし、足元を攻める。
以前カムナにも言ったが、剣術というのは下からの攻撃というのは基本的に想定してない。
何よりクラウディアさんは女性にしては他で見ないほどの長身だ。普通よりもさらに対応は鈍くなるはず。
なので地を這うように接近し、足元に一撃入れようとしたのだが。
「うおぉっ!?」
「いい判断です。思い切りもいいし、何より目がいい」
射程内に入ったと思ったら、こちらから攻撃する前にクラウディアさんの足が振り上げられ、体をねじって避けたのに目元ギリギリをかすめていった。
え? 蹴るの? 騎士なのに?
「しかし避けた後のことも考えなくてはいけませんよ」
「……あ」
突然の蹴りを避けたはいいが、無理やり体をねじったせいで無様とも言える体勢で地面に転がる俺。
そんな俺を見下ろすクラウディアさん。長身なのもあって凄い威圧感だ。
「うおおおおっ!」
「ほらほら。早く立ち上がらないと反撃できませんよ」
結果。さらに蹴ろうとしてくるクラウディアさんから、全力で転がって逃げる俺。
興味があると言って稽古を見ていたヴィオラの目がとても冷たい気がするが、無視だ無視。
生き残るのが先決だ!
・
・
・
「私が思ってた騎士の戦いと違う」
稽古が一段落ついて。
見学していたヴィオラの感想。
うん。俺もまさかあそこまで躊躇いなく足出してくるとは思わなかった。
「いやそこじゃないわよ。アンタが下から奇襲まがいの攻撃したり、地面転がり回ってるのにクラウディアさんが肯定的なことよ」
「俺かよ」
騎士らしくない戦いというのは俺の事でした。
仕方ねえだろ農民なんだから。
「でも実際いいんですか俺みたいな戦い方で」
「祖父の代ならいざ知らず、最近ではあまり戦い方に文句をつける人間はいませんよ。何せ主な相手が人間ではありませんし」
「ああ……」
なるほど。魔物相手に戦い方の美学や騎士道なんざへのつっぱりにもならんわ。
親父によると曾爺ちゃんも魔物相手には容赦なかったらしいし。
「というかクラウディアさんってもしかして神父様より強いんですか?」
「剣術に限定すればそうかもしれませんね。そもそも神父は剣術は嗜み程度で、本職は魔術師ですので」
「嗜みとは」
なんか親父とも似たようなやりとりしたな。
というかその親父が「神父様相手でも魔術抜きなら勝率五割いく」と言ってたが、それが本当なら同じ条件で勝てると断言しないクラウディアさんと並ぶほど強いということになるのでは。
何で農民やってんだあの親父。
「恐らく神父がレオンさんに剣術の基礎だけ徹底的に教えたのも、自分の我流混じりのそれの影響を減らすためでしょう。同じ我流でも、レオンさんは基礎さえあれば後は自分で最適解を見つけていける才能があるようですし」
「えー、才能あるんですか俺」
「何故懐疑的なのかは分かりませんが、少なくとも筋力体力瞬発力判断力、どれをとっても同年代の人間と比べれば頭抜けていますよ。仮に今すぐ騎士として叙任を受けても、勝てる同期の人間はいないでしょう」
「……?」
「何故何を言われているのか分からないみたいな顔をするのですか」
「こいつ周りが凄すぎるのに、その凄さが分かってないから評価の基準が行方不明なんですよ」
あれ? 俺はスライムにも勝てない人間の雑魚のはずでは?
いつの間にそんなことに……?
「レオンさんの腕ならスライムなど片手で一刀両断できるはずですが」
「いつの話をしてんのよアンタは」
「あれ?」
俺は実は凄い剣士だった?
いやこれ俺がやる気になるようおだててるだけでは?
実際その後クラウディアさんにいくら挑んでも、全く勝てるヴィジョンが見えないので、俺は俺がどれくらい強いのか全く分からなくなった。
求む同年代の剣士。