おっさんが倒せない
目の前の神官のおっさんの気持ち悪さにも困ったが、他にも困ったことがある。
このおっさん明らかに素人だ。
歩き方からして武術の類の心得はないのが分かるし、何より無防備にも程がある。
きっとこのまま無造作に剣を突き出しただけであっさり刺さるだろう。
だからこそ、現時点で気持ち悪いだけで脅威ではないこの神官を攻撃していいものかと一瞬躊躇ったのだが。
「さあ! 私と共に!」
「よし。寄るな変態」
だがそんな躊躇いは目の前の気持ち悪さで吹っ飛んだ。
それでも斬るのはまずいので、剣の腹で殴ろうとしたのだが。
「は?」
首筋を狙って振り抜いた剣は、寸前で見えない壁のようなものに弾かれた。
「ッ!?」
「おや。即座に距離をとるとは。流石は彼の人の末裔。判断が早い」
咄嗟に後退った俺を見て神官のおっさんが両手を広げ何やら感に入っているが、つっこんでいる余裕もない。
一方剣を向けられたのに動じなかった神官のおっさんの余裕の正体は。
「……結界」
「ええ。一応神官ですので、神聖魔術は嗜んでいますよ」
そう言って微笑む神官だが、神官なら全員神聖魔術を嗜んでるわけがねえ。
神聖魔術は神の力を借りて行使される魔術らしいが、神様もノーコストで力貸してくれるわけもなく、本人の魔力も要るって神父様が言ってた。
つまり神聖魔術が使えてる時点で選ばれし者だ。
俺と違って!
「さて。抵抗はしないでいただけると私も楽ができて助かります。『剣士は魔術師に勝てない』……この世界の常識ですよ」
「だろうなあ」
その常識は神父様に何度か注意されたし、ヴィオラ相手に何度も喧嘩して俺も学んだ。
魔術師の使う結界や障壁の類は、普通の人間の力ではまず破れない。
不意打ちならともかく、よーいドンで戦い始めた時点で非魔術師の敗北は確定すると言っていい。
まあそれは一定以上のレベルになったらの話で、実際には普通の人間でも破れるような結界しかはれないへっぽこ魔術師の方が多いらしいが、目の前の神官はそんなその他大勢ではないらしい。
「もっとも、白騎士のように只人でありながら魔術師を打倒する魔術師殺しも稀に現れます。しかしカール殿は優れた騎士でしたが、残念ながらその域には辿り着けませんでした」
「ほっほう」
それ曾爺ちゃんが残念なわけではなく、比較対象がおかしいだけだよね。
しかしだとしたらますます何故俺に拘るのか。
狙うなら白騎士の孫なクラウディアさん狙えよ。
あの人なら結界ごと斬って返り討ちにしてくれるぞ多分。
「……神父様に魔術師と戦うことになった場合の対処法も教えられててさあ」
「ほう。神父が。興味がありますね」
まあまず戦うような羽目になるなと最初に言われたが、それでも戦闘になった場合の対処法。
「最善は魔術を使われる前に倒すこと。それが無理なら……」
「無理なら?」
「逃げる!」
「は?」
踵を返して全力疾走。
なんか神官のおっさんが呆気に取られてるがむしろ好都合だ。
一気に距離をとってまくる!
「ごは!?」
しかし走り始めて十歩も進まない内に、顔面から何かにぶつかり跳ね返された。
「……結界!?」
「神父に言われませんでしたか。逃げ道は常に確保しておけと」
「あー言われたような」
顔面の痛みに耐えつつ声につられて振り向けば、先ほどより意地の悪さを隠そうとしない笑みの神官のおっさんがゆっくりと歩いてきていた。
つまり最初から俺に逃げ道なんてなかったってことだな!
「そもそも他の人間が居なくなったことを疑問に思わなかったのですか? 最初から貴方は私の作った籠の中の小鳥ですよ」
「小鳥て」
男を捕まえてよりによって小鳥って。
いやこのおっさんからすれば俺なんて小鳥も同然という事か。
実際対抗手段がまったくねえ。
「さて大人しく」
「する気はない!」
「おやおや?」
駄目もとで今度は剣の腹で殴るのではなく本気で斬りかかってみたが、やはり体に届く寸前であっさりと弾き返される。
これどうやって白騎士は突破してたんだ!?
「無駄ですよ。その剣は確かに業物ですがあくまでただの剣。結界を突破するには魔力を帯びた魔剣や聖剣の類でなくては」
「つまり私の出番ですね」
「え?」
神官のおっさんの言葉に応えるように、聞き覚えのある、しかしこの場に居るはずのない人の声が聞こえた。
「ガハァッ!?」
「ええ!?」
そのことを疑問に思う暇もなく、何かが振ってきて神官のおっさんが弾き飛ばされ石畳の地面を転がっていく。
いやまさか。でもこの状況になんだかとても既視感が。
「まるであの時の焼き直しですね。大丈夫ですかレオンさん?」
「え? あ、はい。大丈夫です」
状況は把握できないが、かけられた優しい女性の声に反射的に答えを返す。
まさかと思う。だけどこの状況は確かにあの時と似ていて。
「お久しぶりです。探しましたよ」
女性にしては高い背。
見上げたそこにはどこぞの神官とは違い裏のない微笑みを浮かべるクラウディアさんが居た。




