爺との別れ
「さて。世話になったな坊主」
「そんな世話した覚えもないけど」
ジレントに辿り着いた翌日。
朝早くからアルフ爺さんは何やら旅支度をして、宿を出る準備をしていた。
多分例の「わし今回の反乱に加わっとらんもんね」宣言をやるための準備とかあるんだろうなあ。
それ以前に俺たちと違って亡命希望だから、よく分からんが色々手続きとかあるのかもしれないし
「嬢ちゃんが目を覚ます前に離れるのは不義理かとも思ったんじゃがなあ」
「別にもう会えないわけじゃないだろ。それに急いだほうがいいんだろうし」
まあカムナが目を覚まして知ったら間違いなく憎まれ口をたたくだろうけど。
最初からアルフ爺さん助けるのにも反対してたし、せいせいしたくらいは言うかもしれない。
「しかしおまえさんは本当に市井の子供らしくないのう。爺さんが騎士だったんじゃったか」
「曾爺ちゃんがだよ」
というか俺が変だとしたら、それは曾爺ちゃんではなく間違いなく神父様のせいだと思う。
むしろ曾爺ちゃんは神父様の友人だったらしい割には、まともな人だったんじゃないかなあ。
記憶にある限りは騎士と言われて納得してしまう程度に厳格で公正な人だったし。
「ふむ。ともあれこの恩は忘れん。貴殿に何かあればこのアルフレド可能な限り力を貸そう」
「えー……」
別にいらんというか、俺が困った時にはこの爺さん寿命がきてそう。
そもそも亡命するからもう大公でもなくなるし、ただの爺さんの手を借りても。
「なんと可愛くない坊主じゃ。あとからわしを頼ろうとしても遅いからな!」
「えー」
俺の態度が気に入らなかったのか、捨て台詞を残しながら部屋を出ていくアルフ爺さん。
最後まで愉快な爺さんだったな。
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アルフ爺さんの捨て台詞から二日後。カムナは目を覚ました。
長い二日間だった。何せやることがない。
知らない街を見て回るのはそれなりに楽しかったが、今後のことを考えると無駄遣いはできない。
何せカムナがいないと俺は金の稼ぎ方すら分からないのだ。このままカムナが目覚めなければ、俺はまたしても異国の街で途方にくれるところだった。
「少年なら、なんだかんだでその辺の人間誑かして、味方につけそうだけどね」
「おまえ俺を何だと思ってるんだ」
寝込んでいたせいか少し顔色は悪いが、相変わらず口は絶好調なカムナ。
というかこの黒い肌で顔色の悪さが分かるって、実はまだかなり体調が悪いのでは。
ベッドの上で上体を起こしているから、寝込むほどではないだろうけど。
「というか結局なんで倒れたんだよ。過労にしては魔法使う前から様子がおかしかったし」
「私はマナアレルギーなんだよ」
「マナ?」
マナってあれだよな。空気中に漂ってる魔力的なものだと神父様やヴィオラが言ってたような。
あと妖精の国に行った時は、そのマナが塊になって光って浮いていた。
それのアレルギーってなんだよ。
「魔術師じゃない人間に説明するにも基礎知識がね。少年。君は火が燃えるとき何が起こってるか分かるかい?」
「可燃物と酸素が結びついてんだろ?」
「何で分かるんだ」
「分かったのに何で文句言われてんだ」
聞かれたから答えたのに不満そうに返された。
何だこの理不尽。いや多分一般的な子供は、んなこと学ばないんだろうけど。
……これまた神父様のせいでは?
「まあ分かるなら話は早い。魔術で言えば人間が持ってる魔力が燃料。大気中に漂うマナが酸素みたいなものなのさ。厳密には違うけれど、魔力とマナが結びついて魔術になると思えばいい」
「え? じゃあマナがないところだと魔術使えなくないかそれ?」
「一応使えるけれど、威力は大幅に落ちるね。だから意図的にマナを排除して魔術師を弱らせようとする試みもある」
「へー」
弱らせるだけで使えなくはならないのが厄介だな魔術師。
いやアルフ爺さんによれば、ヴィオラとかカムナみたいな天変地異レベルの魔術使えるの一握りらしいけど。
神父? 多分アレ魔王。
「それで魔力とマナを結びつけるために一度マナを体内に取り込む必要があるわけだけど、私はさっき言ったようにマナアレルギーだ。体に触れるくらいならともかく、体内に取り込むと激しい拒絶反応が出る」
「ええ……何だその体質」
何をどうすればそんな体質になるんだ。
というかそれアレルギーと一緒にしていいのか。
「あれ? でもあの吟詠魔術とかいうのは?」
「アレは声に魔力を乗せているだけだから、マナを取り込む必要がないんだよ。だから普段から魔術の代わりに使っていたのさ」
「はあ。なるほど」
そういえば魔術もどきとか言ってたような。
威力のことかと思ってたけど、仕組みからして普通の魔術とは違うということか。
「あ、もしかして神父に会いたいっていうのはそのためか?」
「察しが良いね。師に神父なら私の体質を治せるかもしれないと言われてね。半信半疑だけれど、現状最高峰の魔術師の一人だ。手掛かりくらいは分かるんじゃないかと思ってね」
「え? アレと同レベルが他にもいるの?」
カムナが神父様に会いたい理由よりもそっちに驚いたわ。
聖職者という立場で縛られてるはずの神父様ですらあのフリーダムっぷりなのに、野放しであろう他の奴らは大丈夫なのか。
「手近なところではその神父の姉とされる魔女ミーメ・クラインだね。ジレントに居を構えていて、この国に他国が手を出さない理由の一つだよ」
「神父様の身内じゃねーか」
そういえば以前ロイスさんが、神父様の姉は魔女だと言ってたような。
一部の人は知ってるレベルじゃなくて、そんな有名な魔女なのかよ。
「あれ? ならせっかくジレントに来たんだし、そのミーメさんとやらに頼めばいいんじゃないのか? 神父様と同レベルなんだろ?」
「言っただろう魔女だって。身内には優しいらしいけれど、気に食わない人間は目が合っただけで氷漬けにすると言われてる氷の魔女だよ」
「何それ恐い」
そりゃ魔女とも呼ばれるわ。
むしろ神父様は聖職者の鑑だった……?
「そういうわけだから。私は必ず少年を故郷まで送り届ける。代わりに、分かるね?」
「そんな目力入れて言われなくても分かってるよ。神父様は普通に良い人だから、話せば聞いてもらえるだろうし」
しかしこれは現在神父様は地獄に落ちてますとは言わない方がいいかな。
その内自力で出てくるらしいけど。
というか神父様に魔法ギルドの党首に伝言頼まれたたじゃん。
ジレントに来たんだからそれも済まさないとな。
しかしこの時の俺は分かっていなかった。
そう簡単に魔法ギルドの党首になんて会えないし、会いたいのならアルフ爺さんが去る前に頼んでおけば少しは手間が省けたのだと。




