牢屋に入れられた
街を流れていた水は止められ、フーハンどもは逃げ出し、突然始まった事件はあっさり終わった。
そしてその収拾に尽力した俺たちは感謝されて英雄扱い……なんてことを望んだわけではないんだが。
「いや。どうしてこうなった」
俺の現在地。牢屋。
俺もどうしてこうなったのか分からない。
あの後神殿内を捜索してみたが、数人だがちゃんと生存者はいて、フーハンどもを蹴散らして水を止めたことは感謝されたんだ。
にもかかわらず、夜が明けてしばらくしたら武装した兵士たちが宿に押し寄せてきて、あっという間に拘束されて牢屋にぶち込まれた。
いやマジでどうしてこうなった。
感謝はされても捕まるような真似をした覚えはないぞ。
ちなみにアルフ爺さんも捕まってるのかと思ったが、牢屋の中には居ないし追加で運ばれてくる様子もない。
またまんまと逃げやがったなあの爺。
「逃げて正解だよ。私たちも呑気せずにさっさと街を離れるべきだったね」
「えー何でだよ」
周囲の様子を探る俺と違い、壁にもたれて座っているカムナがいつもより覇気がない声で言う。
しかしボロいなこの牢屋。
石造りの壁や床はところどころにひびが入ってるし、鉄格子はサビサビだ。錠前もかなり古いらしく真っ茶色。
一応ベッドもあるがカビが生えててとても近寄る気にはならない。
多分普段は使われてないんだろうなあ。
何でそんな普段使われてないような牢屋にご招待されたんだろうなあ俺たち。
「恐らくだけどそもそもの発端、水が夜になっても止まらなかった理由が分かってないんじゃないかな。あるいは分かっても公表できるものじゃなかった」
「はい? それで何で俺たちが牢屋にぶちこまれるんだよ」
「公表はできない。だけどそれをそのまま言えば民衆の不満と不信を買う。なら適当に犯人をでっちあげればいいというわけさ。身元がはっきりせず誰も庇わない余所者とか最適だろうね」
「あー」
なるほど。つまり俺たちが犯人として処分される可能性が高いと。
……いやそんな分かる人には分かるでっちあげするか?
「少年は甘いねえ。いやこれに関してはお国柄かな。ピザン王国は白騎士と王家の影響で、すぐばれるような不正をやる人間は少ないからね」
「そうなのか?」
王家はともかく白騎士にそこまで影響力あるのか。
そういえば白騎士の孫なクラウディアさんが、爺さんは貴族の不正を暴きまくってたと言ってたな。
それを王家も援助してたということだろうか。
「逆にこのカンタバイレ王国は策謀裏切り騙し討ち何でもありのオンパレードだ。腹心だったはずの部下が敵に寝返るなんて日常茶飯事。戦場で華々しい戦果をあげる英雄なんて稀で、争いの決まり手が暗殺なんてのはありふれてる。だからこそ民衆に白騎士の話が大人気なんだろうね。要はないものねだりさ」
「そこまでかよ」
故郷のお隣の国が修羅の国だった。
いや例のはげ山があるから、陸路では隣接してるのに隣接してない不思議な位置関係だけど。
「そもそもこの手の街には自警団はあっても、正規の兵なんてのはそう多くは常駐してないんだ。にもかかわらず押し寄せて来た兵士の群れ。事態を知って援軍に来たにしても早すぎる」
「……俺たちを捕まえた兵士の親分は、事件が起こるのを知ってたって事か?」
「それならスケープゴートを立てる早さにも納得がいくね」
そう言って肩をすくめるカムナ。
いや余計にまずいじゃねえか。陰謀の臭いがプンプンする。
「少年。きっとこれから形だけの事情聴取をされるだろうけど、君は何も知らなかったし私に付いて来ただけだと言えば良い」
「は?」
カムナの言葉の意味が分からず間の抜けた声が漏れる。
いや確かに俺は知らないことが多くて、カムナに教えてもらったばかりだが。
「全て私のせいだと言えば良い。運が良ければ君は釈放されるさ。何せ私は黒の民だ。罪をでっちあげるにしても、君より私の方がリスクが少ないとあちらも判断するだろう」
「……はあ!?」
カムナが何を言いたいのか時間差で理解して、思わず素っ頓狂な声をあげていた。
つまり何か。カムナに全部押し付けて俺は逃げろとでも。
そんなこと言われて「はいわかりました」と俺が言うとでも思ってるのか。
「少年。冷静に考えろ。私と心中する意味なんてないだろう」
「だからって、見捨てて逃げるほど腐ってねえんだよ俺は!」
「声が大きいぞ。誰か来てる」
「っ……。絶対言わねえからな」
カムナの言う通り、二人の兵士が通路の奥からやってきていた。
なので兵士たちに聞こえないよう、声量を落として抗議しておく。
それにまだ嵌められると決まったわけじゃないんだ。
仮にそうでも絶対に二人で逃げ出してやる。
そう内心で決意しながら、兵士たちがこちらへとやってくるのを無言で出迎えた。