爺無双
アルフ爺さんの言葉は嘘ではなかったらしく、ちゃんと屋根伝いに頂上の神殿まで来ることはできた。
屋根から降りるのにちょいと手間取ったが、神殿の中に入ってしまえばこっちのもの。
多少フーハンが待ち構えていても蹴散らして、水を止めればそれでおしまいと思っていたのだが。
「多すぎだろ!?」
「ハッハッハ。口より手を動かせ坊主」
神殿に入るまでは影も形もなかったというのに、突然水の中から飛び出して来て襲いかかってきた苔の生えた人型のフーハンども。
神殿に追い込まれる形になってしまい、もしかして爺に嵌められたのではと思ったが、そのアルフ爺さんが率先して手にした金槌でフーハンどもを驚くほどの手際のよさで撲殺していっている。
……いやおかしくね?
何で金槌で戦ってんだこの爺さん。
石工だから手に馴染んでるとか?
それでもフーハンが腕ぶん回すの避けながら、カウンターで的確に頭部を粉砕してるのおかしいだろ。
「よし前があいた走れ!」
「こっちの状況も確認しろよ!?」
神殿の内部を知ってる爺さんが前に立ち、俺が殿を務めているわけだが、こっちはまだフーハンを斬ってる真っ最中なのにいきなり走れと言われても。
まあそれでも状況はそんなに悪くない。
神殿の中は明かりが灯されていたので、真っ暗闇の不利な中で戦うことにはならなかった。
同時にカムナが危惧した通り、太陽光ではなく火の灯りでは怯まないことが分かったが、まあそれは今はいい。
それ以上にこの場が有利な理由は……。
「――眠れ良い子よ。私の腕の中で。優しい眠りへ、穏やかなまどろみへ。ゆりかごに揺られながら」
カムナがいつもの弦楽器かきならしながら歌ってる。
歌ってるの子守歌なのにジャカジャカ音立てるのはいいのかと思ったが、実際フーハンどもには効いているらしくこちらに近付くほどに動きが鈍くなっているし、中には辿り着く前に倒れて動かなくなってるやつもいる。
ちなみに俺は才能がなさ過ぎてカムナの歌魔法が効かないが、アルフ爺さんは普通に魔法の類に耐性があるから効かないらしい。
マジで何なんだよあの爺。
石工と名乗ってたの何かの比喩で、実は「おまえの墓をたててやるぜ」的な暗殺者じゃねえのか。
「ほらほら行くよ少年」
「ちょ。歌とめんなよ!?」
「はあ。走りながら歌ったら息が切れるだろう」
「そうだな!」
ごもっともすぎて素直に返事をするしかなかった。
全力疾走しながら楽器弾きつつ歌うとかそれだけで芸の一種だわ。
しかしカムナが子守歌をやめれば、当然眠りかけていたフーハンたちも目を覚ますし、ビタビタと濡れた体毛を床に叩きつける音を立てながらこちらへと追いすがってくる。
その足自体は遅いのだが、恐いのはその腕をぶん回す速さだ。
多分ユニコーンより速い。
しかもその腕力はおっさんの死体の凄惨さからして一撃でもくらえば命が危ういレベルだ。
カムナの子守歌で鈍っていなければ、二体以上を同時に相手するのは俺では不可能だ。
つまりカムナのバックアップがなかったら俺は死ぬ。
「よし中に五体。片付けるまで後ろは任せた」
「まだ居んのかよ!?」
頑丈そうな扉を蹴破り中を確認するなり言い放ったアルフ爺さんの言葉に、思わず愚痴じみた言葉が漏れる。
水の元栓とやらが神殿の奥にあるとはいえ、水の排出口自体は神殿の入口すぐそばにあった。
だというのに神殿の奥にまでフーハンが入り込んでいるという事は、中に居た人たち追い回されて殺されてるんだろうなあ。
今のところ死体は見かけてないので、もしかすればどっかに籠城してるのかもしれないが。
「――眠れ良い子よ。私の腕の中で」
立ち止まるなりすぐさま歌い出したカムナだが、直前まで走っていたせいか声が少しかすれてる。
やべえ。カムナが力尽きたら主に俺が。
というか爺さんカムナの歌が始まる前にフーハンに踊りかかって一体撲殺してるし、どこが隠居なんだよ全然元気じゃねえか。
「クッソ! しつこいんだよおまえら!」
子守歌が効きかけているのか、酔っぱらいみたいな足取りで近付いてきたフーハンを斬りつけ、ついでに蹴り飛ばす。
恐いのは死に際の悪あがきだ。
首をはねでもしないと即死なんてそうそうしないし、こちらの攻撃を受ける前提で掴みかかられたら突き放すのは至難の技だ。
そこで前蹴りが距離をとるのに便利だと神父様が言ってた。
神父様の前蹴りとか距離とるどころか地平線の彼方まで吹っ飛ばされそうだけど。
「よし片付いた! 今止めるからもう少し頑張れ!」
「よっしゃあ。来いやあ!」
爺さんが何やらハンドルのようなものがついた装置を弄り始めたのを尻目に、半ばやけくそ気味にフーハンどもに向かって咆える。
実はさっきから斬りまくってて腕が重い。
切れ味も鈍ってるような気がするし、これ以上何体も相手してられねえ。
そう思いながらも奮起してフーハンどもへと向き直ったのだが。
「……あれ?」
何故かフーハンたちが某立ちして、伽藍洞みたいな目でこちらを見つめていた。
何だ? カムナの歌で眠りかけてる様子はない。
何で突然攻撃をやめて……。
『何故だ』
「……は?」
フーハンどもの様子を訝しんでいたら突然聞こえて来た声に、知らず間の抜けた声が漏れた。
え? 今の何? 何故だってむしろこっちが何故かだよ。
いやもしかして今のフーハンか?
喋れたのかこいつら。
『おまえは無関係だろう妖精の加護を受けしもの』
『何故我々を害する』
『何故妖精たちと友誼を結びながら我々を殺す』
「はい?」
もそもそと、くぐもった声で次々と語りかけてくるフーハン。
突然話し始めたのにも驚いたが、その内容も意味が分からなくて剣を構えたまま首を傾げてしまった。
妖精の加護……というのはもしかして妖精の女王が言ってた「一度だけ助ける」というやつだろうか。
もしかしてそれが契約的なものになってて、実際に助けるまで加護をくれてるのだろうか。
なんという太っ腹。
それは置いといても何で殺すのかって。
「おまえらが人間襲ったからだろうが!?」
『何故だ』
『最初に奪ったのは人間だ』
『我々は返してもらっただけだ』
「……ほーん」
うん。なんとなく分かった。
多分このフーハンたち元々ここに居たんだな。
それを人間が制圧して街を作った。
だから自分たちが人間を殺すのは正当な報復だと言いたいんだろうが。
旗色悪くなったら一番話が通じそうな俺に話しかけてくるのが何とも小賢しいというか。
そもそも俺は成り行きで妖精と関わる羽目になっただけなので、一応妖精の仲間らしいフーハンの言う事聞いてやる義理もない。
それに俺自身も攻撃されてる以上、今更なにを都合の良いことをとちょっと腹がたつわけで。
「ふざけたことをぬかすな!!」
しかし口から出かけた言葉は、アルフ爺さんの怒号にかき消された。
「この街は一千年以上も前から我らのものだ! それを突然現れ血で染めあげたのが貴様らだろう! 無辜の民を殺し我が物顔で街を荒らしまわる貴様らを散々蹴散らしてやったというのに、懲りもせずまた現れるとは!」
思わず振り返れば、アルフ爺さんが目を釣り上げ歯を食いしばり、今まで見たことのない憤怒を宿した顔でフーハンどもを睨めつけていた。
以前にもフーハンが出た?
しかもそれをアルフ爺さんが蹴散らした?
ちょっと待て、それなりに物知りらしいカムナが知らなかったのに、それ何十年前の話だよ。
『まさか……』
『鬼……』
『鬼がでたあぁ!?』
「はあ!?」
突然のアルフ爺さんの咆哮に呆気に取られていたら、今度はフーハンどもが情けない声をあげ、隠れていた石をのけられた虫みたいに一斉に逃げていく。
鬼て。
一体何やらかしたんだこの爺。
「ええ……。どういうこと」
「おお。栓はしめ終わったぞ。これですぐに水もひいていくだろう」
「いや鬼って……」
「わしはただの爺じゃよ」
「無茶言うな」
神父様がただの神官と名乗るくらい無理があるわ。
フーハンは逃げていったし、水もひくならこの件は解決したのだろうが、謎の爺に新たな謎が発生した。




