爺再び
話は割とすんなりと通った。
俺たちが客たちに向かって「フーハンが襲ってきた!」とか言っても相手にされないだろうなあと思い、まずは酒場の店主に外の状況を話したのだが、その店主が思いのほか迅速に状況の確認と客への説明をしてくれた。
そして魔物が襲ってきたと知り酔っぱらい共も酔いがさめたらしく、見事な連携で酒場の頼りない両開きのドアの前にバリケードを設置。
もう俺たちが出る幕もなく朝まで籠城の体勢ばっちりだ。
「人の首を捩るやつがあんなお粗末なバリケードで止まると思うかい?」
「おまえ何でそんな冷静に恐いこと言えるの?」
椅子もテーブルもバリケードに使われたため、がらんと広くなった部屋のすみっこにカムナと二人で座っていたのだが、この女不吉なことを言いやがる。
籠城してるところを強引に破壊して突破してくるってどんなホラーだよ。
酒場の中には客らしき男たちが二十人ほどいるが、足運びからして戦いの心得がありそうな人間は一人も居なかった。
もしフーハンがバリケードを破って入って来たら、俺一人でどうにかなるはずもなく虐殺が始まるんじゃないか。
というか何で一人くらい剣術とか体術の心得あるやつがいないんだよ。
それでも男か。
「君は無辜の一般人に何を求めているんだい」
「そんな俺は一般人じゃないみたいな」
「……」
「なんか言えよ」
というかまたあの口角下げた嫌そうな顔してる。
何その顔。ヴィオラの冷たい目に比べればダメージは低いけど、何か凄い不安になる。
「でもフーハンは光を嫌うんだろ。ならもしバリケードが破られても、この中は一応明るいんだし大丈夫なんじゃないのか」
昼間の太陽のそれに比べれば頼りないとはいえ、酒場の中には幾つかランプが置かれており、ゆらゆらと影をつくりながらあたりを照らしている。
仮にバリケードが破られても、その破ったところから光が漏れて退散しそうだが。
「そこなんだけどね。先ほど私はフーハンは光を嫌うと言ったけれど、アレは正確には陽光を嫌うという話なんだ」
「吸血鬼かよ」
「うん。吸血鬼みたいだろう。つまりは蝋燭や油の灯りでは怯まない可能性があるのでは?」
「おまえ……」
何でそんな恐いこと言うんだよとは続けて言えなかった。
むしろ危惧して当然のことじゃねえか。
言ってもどうしようもないから、俺にだけ聞こえるように言ってるんだろうけど。
「そう。危機的状況であるのは間違いないけれど、打開策がない。どうしたものか」
「それならわしの話を聞いてみんかね?」
「は?」
部屋のすみで二人して顔を突き合わせて話をしていたはずが、突然第三者の声が割り込んできて思わず顔を向ける。
「……貴方か」
「え? 誰?」
そこに居たのは、見覚えのない爺さん。
だがカムナは心当たりがあるらしく、何か呆れたような顔をしている。
「少年。君、人の顔を覚えるのは苦手かい」
「え? 分からん。村の人間全員顔見知りだし、知らない人と会う方が珍しいというか」
「ああ、なるほど。しかし何となく分からないかい。あの恩知らずにも連絡先も知らせず消えた、食い逃げ爺だよ」
「はい?」
そう言われて改めて爺さんを見るが、カムナの言う食い逃げ爺――アルフ爺さんとは違って髪は短く刈り込んでるし、髭もない。
でも言われてみればこの好々爺然とした顔は……。
「ええ……。何それ変装?」
「おお。おまえさんらも話しかけられるまで気付かなかったろう」
「とっくの昔に他の街に逃げたと思っていたからね」
つるつるになったあごを撫でながらカカと笑うアルフ爺さんに、そもそも探す気がなかったからだと負け惜しみのようなことを言うカムナ。
というか変装してるなら何故話しかけて来た。
「いやはや。この件わしとしては早く解決した方がいいと思ってな」
「解決も何も。朝まで籠城して日が出れば終わりだろう」
「そうさな。しかし今この瞬間にもフーハンとやらのことを知らず襲われている人間はいるだろうし、朝まで街の人間全てが持ちこたえられると思うかね?」
「え……?」
「思わないね。だがそれが?」
アルフ爺さんの言葉に俺が呆気にとられるのも構わずに、カムナは知ったことかとばかりに言葉を返す。
いや。確かに知ったところでどうしようもないけど。
俺たちが町全体をどうこうできるわけがないし。
「確かに町全体をわしらで守るのは無理じゃろう。だが大元をしめれば?」
「大元?」
それはつまりこの街を流れる水の源。
頂上にある神殿みたいな建物の中にあるという湧き水の出口のことだろうか。
「わしは石工だと言っただろう。この街の建設にも関わった経験があってな。『元栓』のしめ方も当然知っておる」
「馬鹿げてる。それが本当だとしても、この水に溢れた中をどうやって移動する。仮に水を避けたって、フーハンが出てきて襲ってこない保証はない」
アルフ爺さんの言葉に即座に否定を返すカムナ。
実際俺が水辺に近付いたらフーハンは飛び出してきたんだし、こちらを確認すれば水の中から出てくる可能性は十分にある。
だけどここに居たってフーハンが襲いかかってくる可能性はゼロではなくて、何より上手くいけば大勢の人を救える可能性があるわけで。
「……それを俺たちに話したってことは、何かやってもらいたいことがあるんだろ」
「少年」
「おう。坊主はやる気じゃな。ならついてこい!」
そう言って立ち上がり歩き出すアルフ爺さん。
それを追おうと立ち上がったところで、カムナがじとーっと何か言いたげな目で見ていることに気付く。
「いや。俺だって馬鹿じゃないんだから、話聞いて無理そうなら断るぞ?」
「君自分が馬鹿だという自覚なかったのか」
「オイ」
そんな付き合い長いわけでもないのに、人を馬鹿だと断言しやがった。
いやごめん。俺も馬鹿だという自覚はあるし、今のは言葉の綾みたいなもんだった。
「まあ話だけなら私も聞こう。案外現実的な手段かもしれないしね」
「おう」
そう言って立ち上がったカムナと共に、何故か酒場の奥に引っ込んだアルフ爺さんを追いかける。
はてさて。何を企んでるんだかあの爺さん。