なんか飛んできた
カムナの言う通り、いきなり旅立つわけにもいかずそれなりに準備に時間をとられたが、その間衣食住の心配がなくなっただけでもかなり心労は減った。
減ったはずなんだが……。
「いきなり剣舞やれって、できなかったらどうする気だったんだよ」
「できないことはないだろう。少年の足取りを見れば腰の剣が飾りじゃないことくらい分かるさ」
「剣が使えたら剣舞できるわけじゃねえよ!?」
奢られっぱなしは性に合わない。
そう言った俺にカムナは「じゃあ私が歌ってる横でそれっぽい剣舞をやってくれ」と無茶ぶりしてきやがった。
神父様との稽古の動きを思い出しエア神父様と戦うのをイメージしながらやってはみたが、幸いそれなりに観客には好評だった。
というか好評じゃなかったら、あの街のガラの悪い野郎どものことだから石でも投げられてたに違いない。
そうしてカムナが金を稼ぐのを手伝い、準備も住ませていざジレント共和国へというわけだが。
「しかし鎧まで買ってよかったのか。結構高いだろこれ」
「全然。胸当て程度なら安いもんだよ。少年には護衛としてもそれなりに期待してるからね。それより靴の具合は大丈夫かな?」
「あー。なんかえらい時間かけさせられたけど、そんな気にすることか。農村育ちなんだからやわな足はしてないぞ」
「長時間歩くというのは自分でも分からない所に負担がかかるものなんだよ。荷物もそれなりの量だしね。特に靴擦れはダメだ。痛いし歩きづらいしストレスがたまる」
「へーそんなもんか」
靴擦れとかガキの頃に貰い物のぶかぶかな靴履いてた時くらいしかなったことないな。
神父様の稽古で森の中走り回ってても豆すらできなかったし。
「あとは食料と水は節約すること。次の街まで三日ほどだけど、何が原因で足止めをくらうか分からない。それにしばらくは何もない荒野が続くからね。現地調達というわけにもいかない」
「あー。本当に何もないなこの辺」
周囲を見渡してみるが、目立つものは右手に見えるはげ山くらいで、後はでひたすら固く乾いた灰色の地面が続いている。
外からの輸入が止まったらあの街滅びるんじゃないか。
そう思いながら辺りを観察していたのだが……。
「……オイ。何か飛んできてるぞ」
「ん? ハゲワシじゃないかい」
「いやもっとデカいというか……人型? 何だアレ。ガーゴイルか?」
はげ山の方からこちらへと近付いてくる人型の何か。
ガーゴイルかと思ったが、俺が見たことのあるそれに比べると何だか翼の部分が大きい。
いやそもそも全体的に鳥っぽいというか。
「……ハルピュイアかい。面倒なのが来たね」
「はるぴゅいあ?」
※ハルピュイア
いわゆるハーピー。
神々から生まれたとされる娘だが、鳥のような下半身に老婆の顔とその姿は醜く、怪物として描かれることが多い。
セイレーンと混同されることもあるが、こちらの方が圧倒的に汚い。
食料を見れば食い散らし、残飯の上に汚物をまき散らして去っていく。
汚い。
「……なんか恨みでもあるのか?」
「恨みはないが近寄りたくはないね。アレの本質はそれこそハゲワシだよ。私たちのような旅人を見つけては死肉を貪るのさ」
「え? 野垂れ死ぬまで付き纏うつもりかアイツ」
こちらへと近付いて来ていたハルピュイアだが、一定の距離まで来るとこちらを警戒するように旋回を始め、ぐるぐると回り始めた。
これアレじゃん。完全に獲物狙ってる動きじゃん。
「そうでなくても隙を見せれば襲ってくるだろうね。ああやってわざとらしく存在をアピールして、こちらが疲れるのを待ってるのさ」
「うざっ。どうすんだよ。倒そうにも弓もないし」
ガーゴイルと違って弓で射れば落ちるだろうが、肝心の弓がない。
というかこっちに弓があると分かればさらに距離とるんだろうな。意地悪そうな魔法使いの婆さんみたいな顔してるもん。
「はあ。面倒くさい。ちょっとこれ持っておくれ」
「おお。どうすんだ?」
「こうするのさ」
そう言って荷物を俺に預けたカムナが構えたのは、街中で歌う時にも使っていた洋ナシみたいな形の弦楽器。
……何で? まさか歌勝負でもするのか。
いや歌うのが得意なのってセイレーンの方じゃなかったか。
そんな俺の疑問をよそに、カムナはいつものように確かめるように何度か弦を鳴らすと、すっと息を吸い込んで今まで聞いたことのない曲を歌い始めた。
「――私は今までいろんな国を旅したよ。マーモットと一緒に」
「はい?」
何だその歌。
いや歌詞の意味が今までそれと方向性が違うのもそうだが、曲調もえらい軽いし何の歌それ。
「――私は今までいろんな男性を見て来たよ。マーモットと一緒に。彼らは若い娘さんたちに大人気な素敵な人たちだったよ。マーモットと一緒に」
「何その怒涛のマーモット推し!?」
全然関係ないとこにまで挟まるそのマーモットは何なの。
というか結局何で歌い始めたんだよと思いながら、そういえばハルピュイアはと空を見上げたのだが。
「……あれ?」
「――さあ、私はもう行ってしまうよ。マーモットと一緒に。若者たちは食べたり飲んだりするのが大好きだから。マーモットと一緒に」
何かハルピュイアがすっごい苦しんでた。
時折落下しそうになりながら翼をばたつかせ、もがくように足を振り回している。
そうしてついに耐え切れなくなったのか、こちらへ背を向けて何処かへと飛び去ってしまう。
……つまりどういうことだよ。
「行ったか。全く無駄な時間をとらされたね」
「いや。そうじゃなくて」
ハルピュイアが去ったのを確認して弦楽器を仕舞うカムナだが、結局何だったんだよ今のマーモット。
「え? 知らないのかいマーモット。祭りとかだと私たち吟遊詩人と並んで見世物の定番だよマーモット使い」
「いやそこもだけどそこじゃなくて」
「ああ。今のは私の師匠直伝の吟詠魔術というやつだよ。まああれくらいなら歌う曲は何でも良かったから適当なものをね」
「吟詠魔術?」
何だその聞き慣れない魔法。
いや名前とさっきの様子からして、音楽を媒介にした魔法なんだろうけど。
「まあ大体その通り。魔術の素養と音楽の技術が必要だからね。使い手なんて大陸でも数えるくらいしかいない、マイナーな魔術だよ」
「え? じゃあおまえ普通の魔術も使えるのか?」
「いいや。そういう技術や知識は魔法ギルドが管理してるからね。私みたいなどこの馬の骨とも知れない吟遊詩人が知る機会なんてないさ」
「へー。そんなもんなのか」
ん? でもそれって教えられれば使えるってことだよな。
もしかして神父様に会いたがってるのその辺りが理由なのか。
「しかし少年の方はその手の才能はまるでないようだね。さっきの歌を聞いても平然としてたし」
「あれ効果範囲無差別なの!? どうするつもりだったんだよ俺にも効果あったら!?」
「我慢してもらうに決まってるだろう」
そう「何言ってんだ」みたいな顔で言うカムナ。
むしろおまえが何言ってんだよ。血も涙もないのか。
「さあさあ。また来られても厄介だからさっさと進もうじゃないか」
「ええ……」
まあカムナが敵に吟詠魔術とやらを使っても、俺には効果がないという事だからある意味相性がいいのか。
そうなるべくいい方に考えながら、再び何もない荒野を歩き始めた。
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以下ちょっとメタな説明
※マーモット
ドイツの詩人ゲーテの風刺劇のワンシーンに、かのベートーベンがメロディをつけた曲。
当時はマーモットに芸を仕込んで各地を巡る旅芸人が多かったとされる。
日本ではモルモットと誤訳されていることもある。