吟遊詩人が仲間になった
わけは分からないけれど、飯を奢ってくれるらしいのでほいほい付いて来てしまったわけだが。
昼時はとうに過ぎていたせいか酒場の中に客は少なく、店員も暇そうにこちらのオーダーを待っている。
さて。奢ってくれるというのなら、いつもより高いものを頼んでやりたいところだが。
「あ、肉頼んでいいか。久しぶりに肉食いたい」
「お勧めしないよ。こんな田舎街の場末の酒場で出るような肉なんて、靴底みたいに固いからね」
「マジかよ」
吟遊詩人の言葉に、上がってたテンションが一気に沈静化した。
靴底みたいって、それ噛み切れるのか。
「しかし今のやり取りで坊やのことがますます分からなくなったな」
「坊や言うな」
頬杖をついて笑ってんだか呆れてんだかよく分からない顔で見てくる吟遊詩人。
とりあえず肉がダメなら魚でいくか。
パイとかならハズレの可能性も低いだろ。
「最初は商人の息子なのかと思ったけど違うね。物の流通というものがまるで分かってなさそうだ。かといって貴族にしては品がない」
「悪かったな。俺は農家の息子だよ」
「ハッハッハ。面白い冗談だ」
何か全然笑ってない目で笑われた。
何この人恐い。
何でこんな観察されてんだ俺。
「農家の息子が読み書きや暗算なんてできるわけがないだろう。いやそこらの町人でも無理だ。何せ子供だって貴重な労働力だからね。学び舎に行かせる時間なんてありゃしない。時間はあったとしても今度は金が足りないさ」
「え? 教会の神官とかがタダで教えてくれたりしないのか」
「何だいその慈善事業は。少なくともこの辺りでは聞いたことないよ」
「マジかよ」
神父様はマジで聖人だった?
それと同時にロイスさんが「この村で育つと異常が日常になるわけか」と言っていたのを思い出す。
もしかして俺物凄く世間一般からズレた世界観で生きてますか?
「そうだね。一食奢ってあげようと思う程度には珍しいよ」
「えー」
「それで。君のそのアンバランスな教養は神官に習ったという事でいいのかな。どんなもの好きだいその神官は」
「どんなって。結構有名らしいぞ。アンタみたいに上から下まで白目以外は真っ黒で神父様って呼ばれてて」
「は?」
「ひっ!?」
何だ今の威圧感のある「は?」は。
思わず情けない悲鳴が漏れたぞ。
「冗談……を言う賢しさは坊やにはなさそうだ」
「坊や言うな。やっぱ有名なのかあの人」
「むしろ何故知らないんだ……いや、自分の過去を武勇伝のように話す人ではないか。私がさっき唄っただろう。白の騎士の仲間の黒の神官だよ」
「マジかよ」
もしかしたらそうかなーとは思っていたが、ここに来てマジで神父様が魔王倒した白騎士の仲間だと確定した。
白騎士の孫なクラウディアさんが神父様と似たような雰囲気だったのは、やはり同類だからなのか。
「え。魔王倒されたの百年近く前だろ。やっぱ不老不死なのかあの人」
「そう言われているね。何でも魔王の部下の一人を倒した時に呪われたとか。まあ本人が何も語らないから憶測混じりだがね」
「へー」
じゃあ少なくとも百年前は普通の人間だったのか神父様。
いや魔王倒しに行ってる時点で普通じゃないだろうけど。
「となると坊やの出身は東の赤の国ことピザン王国か」
「あ、そうだ。ちょっと事故的なもので飛ばされて帰り道探してたんだけど。東に行けばいいのか」
「なるほど。地理を全く理解してないね。東になんて行ったら死ぬよ」
「何故に!?」
やっと故郷の位置が分かったと思ったら死亡宣告された。
何でだよ。まさか内乱やってるの東側なのか。
「この国とピザン王国の間にはゼザ山脈というのが横たわっていてね。この街からでも見えるだろう」
「ああ。あのはげ山」
「そのはげ山は大陸を分断するように南東から北西へかけてのびていてね。越えるのは自殺行為とされている」
「何で?」
「何もないからだよ。植物なんて一切生えていないし、目印になるようなものもない。何で山として形を維持できているのか分からない巨大な砂山だ。素人が入ったら間違いなく迷うし、食料を補給する術もない。生きているものは近付かない死の山だ」
「何それ恐い」
何その夢もロマンもない山。
踏破難易度の割に得るものが何もないじゃねえか。
「迂回しようにもあのゼザ山脈は先ほども言ったように大陸を東西に分断している。東側に行くなら海路しかないよ」
「じゃあ北か南に行けばいいのか?」
「南は南で今は内乱の真っ最中だ。まあ一番無難なのは北だが、先ほども言ったようにゼザ山脈は北西へ向かって伸びている。つまり山を添うように北西に進むしかなく、かなりの遠回りになるね」
「……あれ? もしかして俺めっちゃややこしい場所に居る?」
「ああ。ピザン王国に一番近くて遠い場所に居るね。いや何をどうしてそうなったんだい。傑作だな。アッハッハ」
そう言ってマジで笑いやがる吟遊詩人。
薄々感じてはいたが、いい性格してやがるなこのアマ。
「はあ。笑った笑った。さて。お困りのようだし何なら私がピザン王国まで案内してもいいが」
「何企んでやがる」
「おや。私の事が分かってきたようだね。感心感心」
そう言ってニヤニヤと笑う吟遊詩人だが、本当に何を企んでいる。
俺を助けて何か得があるか。
「交換条件だ。黒の神官に、神父に会わせてほしい」
「え? アンタ旅慣れてるみたいだし、勝手に会いに行けるだろ」
「無理だね。神父が居るとされている近辺は結界で守られている。許可がないと入ることはできないのさ」
「あー」
確かに村を覆う結界はあったが、アレそんな機能までついてたのか。
……あれ? 神父様地獄に居たのに結界ちゃんと維持されてたよな?
だからこそヴィオラも神父様の異常に気付かなかったわけで。
本当にどうなってんだあの人。
「分かった。会ってくれるよう頼んでみる」
「ありがとう。交渉成立だ。……ふふ。やっと会える」
俺が了承すると、先ほどまでとは違い恍惚としたような笑みを浮かべる吟遊詩人。
……早まったか? これ会わせて大丈夫なやつか?
「では改めて自己紹介といこうか坊や。私はカムナ。私たちの古い言葉でヤドカリを意味する名前だよ」
「へー。そりゃ名を体を現わすというか。俺はレオンハルト。呼ぶならレオンでいい」
「そういう君は似合わない名前だね。少年」
「そこは呼ぶ流れだろ!?」
頼る相手を間違えたかもしれない。
いやでも他に旅慣れてて、しかも無償で案内してくれる人間とか見つかる可能性低いしなあ。
ともあれようやく帰る目処が立ったのだから良かったのだろう。
そう前向きに考えておくことにした。