神父様
恐くはなかった。
何処までも続く闇の中は孤独で、孤独だからこそ誰にも干渉されることのない楽園だった。
ゆらりゆらりと。
夢の中を泳ぐみたいに闇の中を漂う。
そうやって自分が何故ここにいて、何者なのかすら分からなくなりかけた時に。
ソレに気付いた。
「……あ」
何かが見ていた。
分からない。
己の手も見えない闇の中で相手が認識できるはずがない。
でもソレが自分を見ていることが何故か分かった。
優しく包み込んでくれていた闇が恐ろしいものに思えた。
孤独なはずのそこに己以外の存在がいることに恐怖した。
見られている。
何もされてない。
ただ見られている。
ただそれだけのことが恐怖で、恐くて、恐ろしくて。
「おや……ここに私以外の人間が訪れるとは」
しかしその恐怖は、聞き慣れた人の言葉で安堵へと変わった。
・
・
・
「……え?」
知れず間の抜けた声が漏れた。
闇の中を漂っていたはずの体はしっかりと地に足をつけていて、見えなかったはずの自分の姿まではっきりと見える。
「まったく。貴方は中々のトラブルメーカーだとは思っていましたが、何があればこんなところまで迷い込むのですか」
「……神父様?」
声のした方を見れば、闇の中に神父様が居た。
以前見た聖剣を足元へと突き立てていて、その周囲だけ結界のような光に包まれて闇から隔離されているのに気付く。
その聖剣に両手をかけて、ここは己の領地であると主張するように、神父様が堂々とした姿で立っていた。
「え……? ここ何処ですか?」
「地獄ですよ」
「……」
「そんな『この人何言ってんだ』みたいな顔をしない」
いやそう言われても。
地獄? ここが?
その割には生温いというか、ただ闇が広がっていて何もない場所にしか見えないが。
「それで何故ここに?」
「えーと。何か妖精の国に行くことになったんですけど、帰る時に門になってる草の輪が千切れて」
「ついにやらかしましたかあの妖精王は」
一応王様の所業はふせたのにほとんど見抜かれている件。
まあいいや。王様が殺されても俺には関係ないし。
というか王様のせいで次元の狭間的なものに吸い込まれた自分はともかく、神父様が何故居るのか。
ここが地獄だというのならもしかして死んだのか。
神父様殺せるやつとかこの世に存在するの。
「うっかり罠にはまってしまいました。死に辛いというのは厄介ですね。興味が先走り相手の攻撃を避けることが疎かになってしまって。まさか生身のまま地獄に落とされるとは」
「ええ……」
そんな「どんな罠なのかわくわくすっぞ」みたいなノリのせいで地獄に落とされたの神父様。
もしかしてそこまで神父様の性質を読んでの罠だったのか。
もし神父様が罠にはまってなくてここに居なかったら、俺死んでただろうからある意味ありがたいけど。
「しかし彼がここまでやるとは思いませんでした。確かに教皇となるには私は邪魔だったのでしょうが」
「え……? 神父様もしかして新しい教皇が決まる前にここに落とされたんですか?」
「そういう質問をするということは、教皇は既に決まったのですね。なるほど。しかも私が行方不明になったのはふせられていると」
「うわあ……」
神父様の笑みが深くなったけど、これ内心で「あの野郎どう落とし前つけてやろうか」と考えてるやつだ。
しかしもしかして神父様は新教皇の就任に反対してたのか。
行く前はあんなにどうでも良さそうだったのに。
「個人的な感情もありましたが、禁術を引っ張り出してまで私をこうして封印したのだから危険人物なのは間違いないでしょう。しかも私が居なくなったこと自体を隠蔽するという事は、まだ何かを企んでいますね」
「さっきから思ってたんですけど。なんか世界レベルの陰謀の話聞かされてませんか俺」
「良かったですね。大冒険の始まりのフラグですよ」
「よくねえ」
というか結局今の状況どうすんだよ。
よく分かんないけど神父様が結界はってるから身の危険はないんだろうけど、食料の類もなさそうだし。
神父様も今まで飲まず食わずでいたはずなのは不死身だろうから無視する。
「……あれ?」
どうすりゃいいんだよと闇を睨めつけていたら、何かがこちらを見返しているのに気付いた。
「……あ」
そして思い出した。
ここは安全なんかじゃない。
何かが居る。
それは正面から俺を見返していた。
同時に後ろから俺を舐め回すように観察していた。
俺の変化を楽しむように。横から俺の顔を覗き込んで……。
「そこまで。見てはいけませんよレオン。完全に目が合ったら縁が結ばれてしまいます」
見えていないのに認識してしまいそうになった瞬間、神父様の片手が伸びて俺の視界を塞いでいた。
すると何か魔法でも使ったのか、俺の感覚がその闇から遮断される。
でも確かに、そいつはすぐ俺の傍に居る。
闇が人の形を持ったような存在が、神父様のはった結界を酒場の入口のスイングドアみたいに気軽に通り抜けて来た。
その大きな体を折りたたむようにしゃがみこみ、頭を揺らしながら新たな異物である俺を観察するように見上げている。
「な、ななな何ですかこいつ!?」
「化物ですよ。この闇の底に封印された。悲しい化物です」
そう言う神父様の声は寂しげだった。
まるでその化物とやらと馴染み深い友であるみたいに、その在り方を知り憐れんでいた。
「どうやら余裕もないようですし、貴方は先に帰りなさい」
「え? どうやって。というか神父様は」
「私が転移魔術を使えるのは見たことがあるでしょう。その応用で貴方を現世へと送ります。私は貴方より存在の格のようなものが大きいので、この場所に引かれる力も大きく抜け出すのに時間がかかりますが、いつかは出られるので気にしないように」
普通なら気にするんだろうけど神父様がそういうのなら多分大丈夫なんだろう。
というか心配してる余裕がない。
一刻も早く俺を観察している何かから逃げたい。
「現世に戻ったら、どうにかして魔法ギルドと連絡を取り教皇の危険性を伝えてください。クロエ・クラインの使いだと名乗り党首に伝われば話はすぐに済みます」
「誰」
「私の名前ですよ。今では知る者はほとんどいませんが、だからこそ私の使いだと党首にはすぐに分かりますし証明になります」
神父様そんな名前だったのか。
みんなが神父様神父様呼ぶから名前ないのかと。
「あれ? どうにかしても何も、ヴィオラに言えば魔法ギルドにもすぐ伝わるんじゃないですか?」
「ああ、すみません。転移魔術を使って現世には戻れますが、狙った場所に出るかどうかは分かりません」
「俺に死ねと?」
村からほとんど出たことない俺をランダムワープさせるとか正気か。
というか俺じゃなくても海のど真ん中とかに飛ばされたら死ぬぞ。
いやここよりはマシなんだろうけど。
「大丈夫。大陸のど真ん中を狙いますから多少ズレても大陸内には収まるはずです」
「山のど真ん中とかだったら?」
「さあ、旅立ちの時が来たのですレオン」
「そんないい話風な雰囲気出されても!?」
せめて、せめて街とか村の近くにしてくれ。
いや神父様にもどうしようもないのは本当なんだろうけど。
「危険ですが、貴方なら大丈夫でしょう。カールもただの人間の割にはしぶとい男でしたからね」
そう久しく聞いていなかった、死んだ曾爺ちゃんの名前を懐かし気に呟きながら神父様は転移魔法を使い、俺は光に包まれて浮き上がるように地獄から遠ざかった。




