入口に案内された
突然「案内する」と言って家の外に出たヴィオラ(妖精)を追いかけたものの、まだ状況はハッキリしない。
恐らくはヴィオラが妖精の王とやらに惚れられて連れ去られ、代わりに今目の前を歩いている妖精が置いて行かれたんだろうが、何故突然協力する気になったのか。
「コマドリはツグミの恩を忘れない」という言葉からして、俺の孫とやらに恩があるからなんだろうけど、何やったんだ俺の孫。
それにコマドリとツグミ。
何か聞き覚えがあるんだよなあその組み合わせ。どこで聞いたんだったか。
「……」
黙々と歩く妖精は、どうやら西の森に向かっているらしい。
こんな夜中に森とかあまり近付きたくないが、ヴィオラが行方不明なんだから放っておくわけにもいかない。
いや俺が助けに行かなくてもあいつ平然と帰ってきそうだけど、万が一があるかもしれないし。
「なあ。俺の孫ってどんなやつなんだ?」
しかし森に入っても目的地には中々つかないらしく、とりあえず気になったので、妖精の後を追いながらその孫とやらについて聞いてみたのだが。
「貴方の孫? 知らない」
「何でや」
おまえさっきあの子のお爺ちゃん言ってただろうが。
やはり未来のことを話すのは制限があるのかとも思ったが、振り返った顔には分かりやすく疑問が浮かんでてとぼけている様子でもない。
むしろこっちが疑問だらけだわ。
「あー俺が爺ちゃんだって言うあの子は?」
「あの子? 三毛猫」
俺の孫は猫だった……?
いや多分コマドリと同じで比喩なんだろうけど何故に三毛猫。
「ついた。ここから私たちの国に行けるの」
「あー案内するってそういう……?」
妖精たちの国への入口を教えてくれたのかと指示された方を見たのだが、ちょっとその入口が予想外で言葉が途切れた。
「草を結んで輪っかにしてるだけに見えるんだが」
「草を結んで輪っかにしただけだよ?」
俺の言葉に不思議そうに首を傾げる妖精さん。
可愛いなオイ。ってそうじゃなくて。
そこにあったのは、子供が悪戯とかで足引っかけるために作ってそうな草の輪。
まあ余程の間抜けでないと足は引っかけないであろう大きさだが、それでもそんな特別なものには見えない。
「嘘じゃないもん」
「あーごめん。ちょっと俺の常識から外れてただけだから」
拗ねる妖精だが、ヴィオラの見た目でヴィオラはまずしないような顔するのが結構面白い。
これ本人が見たら嫌そうに顔しかめるんだろうなあ。
記録に残せないのが残念だ。
「こりゃ俺や他の男共では通れんな」
「うをう!?」
不意に背後から声が聞こえてきて飛び上がりそうになる。
振り返ればそこには神妙な顔をしたロイスさん。
相変わらず気配ないなこの人。元傭兵とかいうの嘘で盗賊とかだったのでは?
……いやこんな筋骨隆々な盗賊いたら恐いわ。
「いつのまに」
「おまえ一人で行かせるわけないだろうが。これをとってきて少し遅れたんだ」
「え?」
そう言いながらロイスさんが渡してきたのは、俺がいつも使っているピローソード。
確かに武器も持たずに動いたのは不用心だったかもしれないが、仮に戦いになったら妖精の王とやら相手に剣とか通用するのか。
「妖精は冷たい鉄を嫌うとされてる。魔除け代わりくらいにはなるだろう」
「魔除けて」
妖精相手にその言い方はいいのか。
いや当人(?)は気にした様子もなさそうだが。
「でも通れないって……うん通れないですよね」
あらためて草の輪っかを見るが、やはりそれほど大きいものではなく俺でもぎりぎり通れるかというくらいだ。
ロッドさんや幸せ太り中なフーゴさんは論外だし、他の男衆も厳しいだろう。
無茶をすれば行けるかもしれないが、うっかり草の輪を引きちぎってしまったら取り返しがつかない。
「とにかくヴィオラと合流しろ。無理そうなら状況だけ見てさっさと帰ってこい。最悪神父様を呼びつければ秒で飛んでくる」
「本当に来そうで怖い」
ヴィオラにセクハラしたユニコーンにあれだけブチギレた神父様だ。
妖精の王に花嫁としてさらわれたとか聞いたら、妖精の国滅ぼすのでは?
俺の行動に妖精の国の未来がかかっている。
「じゃあ先に行くね」
一方自分たちに危機が迫ってるのにも気付かず、腹ばいになりずりずりと草の輪っかへと入っていく妖精。
すると草の輪を境に空間が切り取られているみたいに、その姿が消えていく。
信じてないわけではなかったが、マジで妖精の国に繋がってるのか。
こんな状況でなければわくわくしたんだろうなあ。
女の子を助けるために単身異世界に乗り込むって凄い王道なはずなんだけど、いざその立場に自分が立ってみるとプレッシャーの方が強い。
「じゃあちょっと行ってきます」
「おう。まあ余程悪辣な妖精でもない限り悪戯される程度で済むだろうが、用心はしろ」
それ悪辣なやつなら命にかかわるやつですね分かります。
まああの妖精の言葉を信じるなら俺は子供生まれるまでは死なないらしいし、あの妖精が俺の孫の代まで生きてるなら妖精の国が滅ぼされる可能性も低いのだろう。
そうなるべく気楽に考えながら、俺は妖精の後を追い草の輪を潜った。
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※フェアリーリング
妖精の世界への入口であり、過去や未来へすら行き来できる扉であるともされる。
作中では草で作られた輪だったが、一般的には環状に生えたキノコを指す。
妖精が踊って踏みならした跡だとされるが、地域によっては魔女の仕業であり魔女の集会所であるともされる。