祭りは始まらない
――強くなりたい。
男だったら一度は憧れるだろう。
主のために戦う戦士に。
姫を守る騎士に。
竜すら打ち倒す英雄に。
僕だって憧れた。
憧れた背中があった。
だけど僕は特別なんかじゃなくて。
見送った背中には追いつけず。
焦がれた人の隣にも立てず。
いくら足掻いても越えられない壁があった。
英雄と呼ばれる者たちが立ち上がる中で、あと一歩が足りなかった男が居た。
そんなよくある平凡な話だ。
僕という男の紡いだ物語は。
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「うわあ……」
祭りの当日。
冬の王役の衣装を受け取り着替えてみたのだが、我ながら似合わない。
教会にある大きな姿見に映るのは、黒い襤褸布を重ねたようなローブを纏い杖をもった、王にはとても見えない姿。
というか何この衣装。どちらかというと鎌持った死神とかの方が似合うのでは。
「冬は死を象徴することもあるから、あながち間違っちゃいないんじゃないか。地域によっちゃ春の女王に殺されるのは冬の王ではなくて古い精霊だったりするしな」
「さらっと王とか精霊が殺されてる」
やることがなくて暇らしいロイスさんが酒瓶片手に言うのに思わずそう返す。
もしかしてしばき倒されるのってぶっ殺すのをオブラートに包んだ儀式だったのか。
人間が演じてるんだからそりゃ殺すわけにはいかないだろうけど。
「このぶっとんだ儀式他の場所でもやってんですか」
「ああ。大体の流れは一緒だが、さっきも言ったように春の女王に殺される立場は色々あるし、最後は殺すんじゃなくて燃やす場合もあるな」
「何でそんな一々殺意高いんだよ」
いや多分死と再生とかそういう意味合いがあるんだろうけど。
春の女王だけ安全圏なのはやはり特別だからなのか。
「というかロイスさんそんな色々知ってるってどこの出身なんですか」
「忘れたなあ。まあ大陸の南半分は大体周ったが、西の方ほどこの手の儀式めいた行事は多いな」
「北半分は?」
「さあな。俺は見たことがないし、そもそもそんな余裕はないだろうよ。あっちは国の形すら保ててるのか怪しい辺境だ」
そう言うロイスさんだが、十年以上前にはその北から攻められて戦争になってるわけで。
もしかして食糧難とかが原因で攻めてきたのだろうか。
それなら傭兵とか雇う余裕もなさそうだし。
「にしても神父様が破門ねえ。元々クソ真面目な神官には受けが悪い人だったが、ついに爆発したか」
「そうなんですか?」
少なくともこの前頭下げに来ていた神官には一応敬われてたみたいだが。
いやアレもちょっと「なんとかしてくれこの不良神父」という本音が態度から見え隠れしてたけど。
「そもそもの出自がな。おかしいと思わなかったのか。神官のあの人に魔術師が弟子入りに来るってのが」
「あーでも神父様だし」
そりゃ普通に考えたら神官に魔法使いが弟子入りするのはおかしい。
一般人の俺たちからすれば大差ないように見えるが、神官が使う魔法と魔術師が使う魔法は成り立ちからして別物らしいし。
でもそういう疑問は大体神父様だからで流されてきた実情があるわけで。
「なるほど。この村で生まれ育つと異常が日常になるわけか」
「異常て」
そんなこの村が異常の塊みたいな。
……異常の塊だな!
「まず神官が魔術師系の魔術を使える時点で異端一歩手前なんだ。その上神父様の姉は高名な魔女ときてる。本人の実力と後ろ盾がなければとっくの昔に追い落とされてただろうよ」
「むしろなんで神官やってんの?」
姉が魔女て。色眼鏡で見られるの確実だろうに何で大人しく魔法使いにならなかったんだ神父様。
いやあの人が魔法使いだったら今以上にフリーダムで手が付けられなくなってそうだけど。
「しかし支持者が多いのも事実だ。だから普通なら敵対するのを恐れて気に入らなくても黙ってるもんなんだがなあ」
「なんか秘策でもあるとか?」
仮にも教皇にまで登り詰めるような人間が、無計画に神父様に喧嘩売るとも思えないんだよなあ。
実際どうかなるは別にしても、本人は勝てると思ってないと動かないだろうし。
そんな考えても仕方ないことをぐだぐだと話していたのだが。
「ちょいと! レオンにロイスいるかい!?」
「うるせぇ!? どうした婆さん」
いきなりドアを開け放ち駆け込んできたゲルダ婆が、耳をつんざくような声で俺たちを呼ぶ。
何事だよ。いつにもましてうるさいぞ。
「ヴィオラの様子が変なんだよ! アンタら何か知らないかい!?」
「はあ? おかしいって何だ具体的に言え」
「急に人が変わったみたいなんだよ! 話し方がいつもと違うし、顔つきだって別人で、あんな愛想がいいのなんて初めて見たよ!」
愛想がいいのを別人みたいだとか言われてしまうヴィオラ。
いやでも実際愛想のいいヴィオラとか想像がつかない。
俺以外には比較的やわらかい態度だけど、笑ったのなんざほぼ見たことないぞ。
「とにかく見りゃ分かるからさっさとおいで!」
「はあ。分かった分かった」
だるそうに立ち上がるロイスさんに続き、俺も歩きづらいローブを引き摺りながら教会を出る。
どうせゲルダ婆さんの気のせいか勘違いだろう。
この時はまだそう思っていた。