幽霊が斬られた
まあ最初は混乱していても、時間が経てば冷静になってくるもので。
「ここもしかして現実じゃない?」
そんなことに気付いたのは、曲がり角曲がったら幽霊に先回りされる回数が二桁を越えたあたり。
なんだか周囲のものに違和感があるというか、中身がないというか。
決定的だったのは、逃げ回っている内に放置されてた樽の山に幽霊の出した火柱がぶつかった時。
火が樽に燃え移り火事になるんじゃないかと焦ったのだが、樽は燃えるどころか焦げた様子すらなかった。
幽霊がわざわざ街に被害が出ないように結界の類をはるとも思えないし、こう俺と幽霊だけ次元とか存在がズレてるみたいなそんな感じなんじゃないかなあと。
いかんせんその辺りは魔法使いでもない俺にはよく分からないが、問題は「これ逃げてもどうにもならないんじゃね?」ということだ。
なんなら怪談の類みたいに、逃げ切ったと思ったらスタート地点に戻ってるとかいうループ現象まで起きそうだ。
「けど見えて来たぞ! 勝機が!」
ともあれ逃げ回っている内に幽霊の対処にも慣れて来た。
奴は瞬間移動はするけど、俺が見ている間は動かない。
要するに俺の死角から死角へと移動する。
だったら角は幽霊を視界に入れながら曲がればいいわけだ。
幽霊見過ぎて進行方向に注意がいかず壁にぶつかって「ふごっ!?」となったけど気にしない。
火柱くらうよりはマシだ。
「よっしゃついた!」
そうやって攻略法が分かってしまえば後は簡単だ。
大通り沿いにある教会に辿り着き、はやる気持ちを抑えながらその木製の無駄に大きな扉を体当たりするように押し開く。
「――火の精霊よ。古の契約に従い我が声に応えよ」
「何でだよ!?」
しかし開け放った扉の先に居たのは、相変わらずどす黒い顔で血涙流している男の幽霊。
うんまあ扉明けるまで死角になってたんだから、瞬間移動の条件を満たしていたのは分かる。
でも幽霊が教会の中で平然としてるのは納得いかねえ!?
「――其は我が手にあり。刃となりて駆け抜けよ」
「ふおうっ!?」
扉を勢いで開けたせいで前のめり気味になっていた体を、無理やり横に転がすようにして火柱を避ける。
マジで弱った様子とか全然ないな。
これここが幽霊の作り出した空間だからなのか、それとも実は教会にそんな神聖な力なんてなかったという残念なお知らせなのかどっちだ。
「あー! もう面倒くせぇこいつ!」
ともかくこちらからの攻撃が効かないのが面倒くさい。
今から教会の中あさって効きそうなものを探すにしても、こいつ絶対ドア開けるたびに先回りしてるぞ。
ここが現実世界ならいっそここで瞬間移動しないように見張りながら教会ごと燃やしてやりたい。
教会を薪にした炎とか凄い神聖そうだし。
そんなむしろ罰当たりなことを考えていたのだが。
「む。なるほど。ここに出ましたか」
「え?」
不意に場にそぐわない(ある意味そってる)落ち着いた女性の声が聞こえて、幽霊が瞬間移動しないよう見張るのも忘れて視線を向ける。
「助けにくるのが遅くなりましたが無傷とは。なるほどロイスの言っていた通り優秀なのですね」
「え? あ、はい。ありがとうございます」
そこに居たのは、礼拝堂を背に佇むクラウディアさん。
何で居るの。
というか俺が優秀ってロイスさん厭味か。
というかどっから出て来た。
「手短に言うとここは精神世界の類でしょう。自覚がないようですが、貴方は少し前に歩いているところを突然意識を失い倒れて教会に運び込まれています」
「マジかよ」
え。じゃあいきなり他の人がいなくなったと思った時に、精神だけ引っこ抜かれたとかそんな感じか。
というかそういうの普通寝てる時にくるもんじゃないのか。
何で白昼堂々幽霊の精神世界に引きずり込まれてるんだよ俺。
「でも精神世界ならどうやってクラウディアさんは」
「ヴィオラ様の魔術のおかげですよ」
「ヴィオラすげぇ!?」
ヴィオラって魔法でそんなこともできるのか。
俺が見たことあるのって攻撃系の魔法ばっかりだから、てっきり補助的なものは使わない脳筋系魔法使いなのかと。
言ったら間違いなく冷たい目で見られるから言わなかったけど。
「……てぃる……」
「ん?」
不意に地獄の底から響いてくるような低い声が聞こえ、そういえば幽霊が大人しいなと振り返る。
「りーと……シュティルフリートオォォッ!」
「ええ!?」
なんかいきなり叫んだと思ったら、幽霊の体から黒い靄みたいなものが吹き出し始めた。
あれ? もしかしてこの幽霊さん今まで手加減してくれてました?
本気だったら俺とっくの昔に殺されてます?
というかシュティルフリートって何?
「私の家の名ですね。なるほど。目的は私で、しかし手が出せないのでそれなりに縁が強いレオンさんを引きずり込んだと」
「え? それならロイスさんとかの方が縁が強……いや何でもないです」
俺が幽霊でもロイスさんとか手出さんわ。
あの人幽霊でも気合で殴りそうだし。
ヴィオラは論外だろう。普通に魔法で対処する。
いやそれでも俺よりクラウディアさんとの縁が強い人間なんて、この街ならゴロゴロいるんじゃないのか?
「――火の精霊よ。古の契約に従い我が声に応えよ!」
「げっ」
教会全体を覆いそうな勢いで黒い靄を噴出している幽霊が、幽霊とは思えない元気な声で呪文を唱え始める。
憎いって言ってたし、何かクラウディアさんちに恨みでもあるのか。
「――灼爛たる大地を覆うものは、彼岸に集い蠢動する」
そしてその呪文は先ほどまでのものとは違っていた。
うん。俺には手加減していた説が濃厚になったな!
「火の上位魔術ですね。なるほど。生前はさぞ高名な魔術師だったのでしょう」
「そんな呑気に!?」
感心するように言ってるクラウディアさんだが、こっちは生きた心地がしねえ。
魔力とかさっぱり分からないけど、肌がチリチリとざわついてこの場に居たらマズイと本能が警告している。
そうでなくても以前ヴィオラが使ったみたいな魔法と同規模の物をこんなところで使われたら死ぬぞ。俺が。
「――蝗旱は流れを呑み尽くし」
「ですが」
「は?」
突然目の前からクラウディアさんが消えた。
いや辛うじて動作の起こりを見ることはできたが、速すぎて目が追い付かなかった。
「いかに剣士と魔術師ならば魔術師が優位であっても、結界もはらず目の前で長々と呪文を唱えるのは下策です」
「あ……ああああっ!?」
真横に振り抜かれた剣と、体を真一文字に斬り裂かれ悲鳴をあげながら消えていく幽霊。
いつ斬ったのかどころか抜いたのすら見えなかった。
え、この人本当に人間?
幽霊斬れたのは剣が特殊だからなんだろうけど、初動からの加速が文字通り目にとまらないって何?
神父様とは別ベクトルで人間やめてない?
「さて。元凶が消えたので後は自然に体に引き戻されるでしょう。お疲れさまでした」
「あーはい。お疲れさまでした」
そう言って軽く頭を下げるクラウディアさんだが、もう何が何だか分からない。
結局あの幽霊どこの誰で何で俺は引きずり込まれたんだよ。
しかしそんな疑問と一緒に薄れていく意識。
どうやら元の世界に戻れるようなので、俺は一旦疑問は置いてその感覚に身を委ねた。
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※レイス
魔術師が幽体離脱に失敗し変質したとされる存在。
そのため死霊の類ではなく生きている場合もあるが、多分どのみち死ぬ。
また魔術師同士の戦いで肉体を奪われレイスになることも。
必ずしも邪悪な存在ではなく、人に危害を加えずむしろ助ける者も存在する。




