村だけではなく街も変だった
実を言うと野宿もちょっと楽しみにしていたのだが、幸いというべきか馬車はあっさりつかまった。
といっても目的地である街に向かうという商人の馬車なのだが、俺を見て微妙な顔をした後にロイスさんを見て納得顔になり「じゃあ無料で」と只で乗せてくれた。
只なのはいいが何だ途中のあからさまな反応は。
「アンタみたいな一目で駆け出しと分かる子供を乗せるより、ロイスさんみたいな歴戦の猛者を乗せた方が護衛代わりになるからでしょ」
「おまえ何で自分も子供なのにそんな客観的に俺をこき下ろせるの?」
穀物が入ってそうな袋だの日用品らしき雑貨だのが積み込まれたゴトゴトと揺れる馬車の中。
乗せてもらったときのことを口にしたら、ヴィオラが冷静に事実を陳列してくれた。
やめろ。それこそ子供のように泣くぞ。
しかし実際俺の装備は親父に貰った剣と丸盾に胸当てだけという貧相さであり、どう見ても強そうには見えないだろう。
それにロイスさんは商人に言われて外の御者台に乗ってるわけで。
あからさまに強そうなロイスさんを目立つ場所に乗せることで、野盗の類が襲撃企んでても諦めるのを期待してるんだろうなあ。
少なくとも俺なら背中にバトルアクス二本も背負ってる筋肉の塊とかこちらの数が多くても襲いたくない。
「というか何でおまえついて来たんだよ。俺と違って街なんか慣れてるだろ」
「おばさまに頼まれたのよ。馬鹿なことしないか見ててって」
「馬鹿なこととは」
当然のようにそれを受けるヴィオラもだが、母さんも母さんで何で俺より年下の女の子にお目付け役頼んでんですかね。
母さんの中で俺の信頼度が底値なのか、ヴィオラの評価が異様に高いのか。
あと微妙にロイスさんも信用されてないんじゃないかコレ。
「それもあるでしょうね。昼間ならともかく夜中に酒場とかいかがわしい店にアンタを連れ出さないかって」
「いかがわしい店?」
酒場は食堂にもなっている場合が多いけど、夜遅くともなれば客の質も変わるから警戒するのは何となく分かる。
しかしいかがわしい店とは。
ギャンブルとかやってる店か。
「……ロイスさんに聞きなさい」
「ええ……」
そう聞いたら何故かぷいっと顔ごと視線をそらされた上にロイスさんに丸投げされた。
大丈夫か? 聞いたら「よし。いい機会だ!」とそのいかがわしい店に連れ込まれるのでは。
そう思ったものの「これ以上聞くな」と全身からオーラを発しているヴィオラが恐かったので黙っておいた。
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そうして馬車に揺られることしばらく。
特に賊や魔物に襲われるだとかいうアクシデントもなく無事に街についた。
とはいえ日も暮れ始めているし、教会に行くのは明日にして宿を探すことに。
「うわーでっけぇ壁。本当に街って壁で囲われてるんだな」
馬車から降り立って最初に目に入ったのは、建物の屋根よりも遥か上までそびえ立つ壁。
話には聞いたことがあるけど、こんなもんで町全体を囲うなんてどんだけ時間がかかったんだろう。
まあ魔物に襲撃されること考えたら、これくらいして当然なのか。
うちの村みたいに見た目フリーなのに実は結界はってあるとかいう方がレアだろうし。
「壁自体は凪の時代が終わって魔物が出る前からあるわよ。賊の襲撃への備えや、戦争でも異民族相手なら民間人が襲われる可能性があるし、街ごと守る必要があったの」
「恐。え、そんな備えなきゃいけないくらい頻繁にあったのかそんなこと?」
「少なくとも今よりは多かったらしいわよ。魔物が出たおかげというのも変だけど、余裕がなくなって人間同士の争いは減ったと言われてるし」
減っただけで無くなってはないのか。
まあ俺が生まれる前にも北の国と小競り合いがあったらしいけど。
「いいか。夜は絶対に一人で出歩くなよ」
「そんなにここ治安悪いんですか?」
心なしかいつもより鋭い目付きで周囲を見ながら歩くロイスさん。
その後ろをカルガモのようにヴィオラと二人でついて行ってるのだが、こんな街中でいきなり襲撃されたりするのか。
そういえば妙に兵士が多いような。
街の入口とかならともかく、街中までこんなに兵士がうろついているものなのか。
「この街は時期によっては夜になると魔物が出る」
「俺が知ってる街と違う」
え、何それ。
街って普通冒険の合間に立ち寄る安全地帯じゃないの。
街にも魔物が出るなら冒険者はいつ休めばいいの。
あとそんな街に住居構えてる住人は正気か。
「この街はシュヴァーンと言ってな。百年くらい前まではこの王国の首都だった。しかし魔王に襲撃されて城を含む多くの建物が崩壊して遷都したんだ」
「当たり前のようにお伽噺みたいな話が出て来た」
というか魔王が王都を襲撃してきたのかよ。
魔王名乗るならそんなフットワークの軽さ見せなくていいから、自分の居城でどっかりと待ち構えとけよ。
「当時は城と街が崩れただけで済んだがな。問題は凪の時代が終わった後だ。魔王の爪痕が残るここは『そういう』土地になったんだろう。定期的に魔王が襲った廃城から魔物が湧き出るようになった」
「何でここ街のまま残ってんの?」
もうそれダンジョンじゃん。
呑気に住んでないで放棄した方がいいじゃん。
「湧き出てくる魔物を放置するわけにもいかなかったんだろう。国は魔物を退治し外に出さないために大量の兵を駐留させ、その兵たち相手に商売をするために街は形として残った。実際兵士たちが目を光らせてるから、廃城から魔物が出てくることなんて滅多にないが万が一もある」
「ええ……逞しいというか何というか」
よりによって最寄りの街がその内魔王が復活してきそうな曰く付きの場所だったなんて。
いやうちの村の異常性を考えればむしろ妥当だった……?
「とにかく丘の上にある廃城には絶対近付くな。フリじゃないぞ絶対に近付くな」
「分かりましたって」
ぐるんと振り返って顔面近付けながら念押ししてくるロイスさんにそう返す。
でもちょっと見てみたいな魔物が出てくる廃城。
そんなことを考えたのがバレたのかヴィオラに「こいつ絶対やらかすわ」みたいな目で見られた。
流石の俺もそこまで考えなしじゃねえと反論したかったが、実績を考えたら仕方ない気がしてきて、もっと慎重に生きようと思った。




